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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第九章 ルテチア解放
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ルテチア西郊ブローニュの森

 坂井美春伍長はルテチアへの帰路において、多数のルシファーの苗床の痕跡を見つけていた。餌がなくなって子実体を形成しているルシファーであれば、十分に注意することで危険を回避することはできる。それだけにルシファーの苗床が、ルテチアに近づくほど、その数が減っているのに気づいていた。本来なら、ルテチアに近づけば近づくほどに、人間という寄宿可能な餌が多くいるのであるから、数は増えるものと予想していたので、疑問が増すばかりであった。

 トゥーロン・イエールが十年間生き残れたのは、閉鎖政策によりルシファーの侵入を阻止できていたのが理由かもしれないが、閉鎖政策がなかったルテチアにルシファーの侵入がなかったのは、単なる偶然であったとは、とても思えなかった。そもそも、ルテチアでは、ルシファーの存在すら知らない人がほとんどである。かん口令が徹底していたのではなく、本当にルシファーがいないのである。何か理由があるはずであると坂井伍長は考えるようになっていた。

 第2機甲旅団が、ドラゴン・キュノプロソビの包囲戦に集中している時、もともとルテチアで戦っていた経験から、ドラゴン・バシリクがブローニュの森に残っていることを知っていたため、好奇心からブローニュの森へ来ていた。この世界の謎について、何か分かるかもしれないと思っていたのである。

 ドラゴン・バシリクは、やはり、ブローニュの森にいたが、翼の深い古傷により飛ぶことを避けているようであった。ドラゴン・バシリクは坂井伍長の姿を見かけても、全く関心がないようであった。もともと、比較的温和な性格であり、ドラゴン・バシリクは手を出さなければ攻撃を受けないという噂があったが、本当のようであった。しかしながら、攻撃してくる者に対しては、容赦をしないことでも知られているので油断はできない。

 坂井伍長はドラゴンを再び間近にみることになった。しかし、恐怖心を感じられなかった。それどころか気持ちが高揚さえしている。不思議といえば不思議である。こんなことを他の人に話せば気が狂っているとしか思われないであろうが、ドラゴンに強い興味があったのが理由かもしれなかった。

 ドラゴン・バシリクを刺激しないように、ゆっくりと近づくと、彼女の予想どおり、一向に攻撃してくる気配がなかった。さらに近づくと、左脚の鱗の合間にリング状の糸のようなものが覆うようにくっついているのが見えた。脱皮した皮がはがれずに残っているようであった。リング状に残っている皮が、左脚を圧迫しているようで、その部分から先の脚を血行不良にしていた。坂井伍長はリング状の皮を切って、剥がしてあげた。

「無理なことを言っているのは分かるわ。ここは私たち人間が住んでいる場所なの。でも、このままここにいれば間違いなく戦いが始まることになるわ。傷を負っているのは知っているけれども、ここにいられたのでは、命が危ないのよ。お願いだから、このまま何も起きないうちに、あなたたちの世界に戻って欲しいのよ」

 坂井伍長はドラゴンの瞳に向かって哀願した。知性があるのだから、言葉は通じなくても言いたいことは理解できるはずである。全く不思議なことに彼女はそう信じていた。涙ながら訴えていた彼女にはドラゴンの傷の痛みが、まるで自分のことであるかのように感じられるに違いない。それだけ彼女の訴えは真剣そのものであった。

 そして、第2機甲旅団の先遣隊が現れると、ドラゴン・バシリクは動いた。戦いに巻き込まないように、そっと坂井伍長をどけるしぐさをした。まず、ゆっくりと翼を広げて坂井伍長を遠くに押しのけた。それはドラゴン・バシリクが自分の離陸時に、小さな人間に怪我をさせないように気を使ったとしか思えない動作であった。

「私に気を使ってくれたのね。ありがとう。あなたが無事に帰れるように祈っているわ」

 ドラゴン・バシリクは坂井伍長の言葉には興味を示すこともなく、翼を持ち上げて軽く羽ばたきすると、ひと吠えとともに飛び上がった。すさまじい突風が彼女を襲ったが、ドラゴン・バシリクによってどけられていたため、怪我を負うこともなかった。

 坂井伍長は始めて別のドラゴンが近くにいたことに気づいた。ドラゴン・タラスクが頭上で旋回しているのである。

 もしも、ドラゴン・バシリクを人間が攻撃すれば、おそらく、ドラゴン・タラスクを引きつけることになり、怒り狂った二頭のドラゴンと統合軍の正面対決になるかもしれなかった。逆に、もしも、上空のドラゴンが仲間を救うために人間に先制攻撃を仕掛けていたら、まっさきに人間に反撃されるのは傷ついて地面にいるドラゴンの方になる。それは統合軍が基地を守るために先制攻撃を控えたように、ドラゴンも仲間の命を守るために先制攻撃を控えたとしか考えられなかった。

 実際には、第2機甲旅団は今までの二回の戦いにより弾薬を使い果たし、補給なしで戦闘が続行できる状態ではなかった。もしも、ここで二頭のドラゴンと統合軍の正面対決が火ぶたを切った場合、統合軍陸上部隊は弾薬が不足する状態での戦いとなり、二頭のドラゴンの吐き出す炎によって、ブローニュの森周辺だけでなくルテチア西部が焦土と化すかもしれなかったのである。

 ドラゴン・タラスクとドラゴン・バシリク、寄り添うように飛び去る二頭のドラゴンを坂井伍長はずっと見守っていた。その行先は西の方角である。西の方角には、アーサー王伝説の舞台であり、いくつもの伝説が伝わる地であるブロセンドリアの森がある。ドラゴンにもっとも相応しい地である。伝説の地であれば、ドラゴンにゆかりの何かがあってもおかしくはない。そこに向かっているとして思えなかった。

 坂井伍長は、解放されたルテチアに残るつもりであったが、セリア・ケイ少佐から託されたミネラルウォータの件もあった。ケイ少佐が言っていた異変の震源地のル・アーヴルは、ブロセンドリアの森へ行く途中にある。異変の震源地と伝説の舞台の地、そこで疑問を解決できるかもしれないと向かうことを決めたのである。

(第十章へ続く)


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