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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第九章 ルテチア解放
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112/154

ルテチア北郊スタッド・ドゥ・フランス

 6月15日、エデュアール・ガンベタ中将は、ルテチア防衛軍から入手した情報として、ドラゴン・キュノプロソビが甲高い鳴き声で同族と意思疎通を行ない、ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの群れの行動を統制している可能性があるとの情報を入手した。ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルのリーダ的な存在であると考えられるため、次の優先攻撃目標に設定されることとなった。

 第2竜騎兵連隊のうち右翼を進んでいた一隊はルテチア北郊に進出し、スタッド・ドゥ・フランスにドラゴン・キュノプロソビの所在を確認すると、ただちにその報告がされた。スタッド・ドゥ・フランスは、その名が示すとおり、サッカーフランス代表およびラグビーフランス代表のホームスタジアムであり、収容人員は可動座席込みで8万人であり、かつては代表戦の大半が当スタジアムで開催されていたこともある巨大な建築物であった。

 ドラゴン・ガルグイユとの戦いの経験から、ドラゴン・キュノプロソビが多数のドラゴン系型亜生物ヴイーヴルを統率するのであれば、さきのドラゴン・ガルグイユ戦以上にドラゴン系型亜生物ヴイーヴルとの接近戦が避けられないことが予想された。また、今度は森林地帯ではなく、市街地の戦いとなるため、建物の崩壊による下敷きも懸念しなければならなかった。

 スペルウェール無人航空機による高高度偵察により、スタジアムの状況が画像によってもたらされた。ドラゴン・キュノプロソビを中心に数え切れないドラゴン系型亜生物ヴイーヴルが確認された。スタジアムの中央のフィールドだけでなく、観客席にまでドラゴン系型亜生物ヴイーヴルがあふれていて、まるで蜂の巣の中を覗いているようなありさまであった。概算ではドラゴン・ガルグイユとの戦いの数倍のドラゴン系型亜生物ヴイーヴルが集結していると予想された。このため攻撃に先立ってドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの動きを封じる作戦が採用された。

 まず最初に、周辺上空には阻害気球が上げられた。阻害気球とは、別名に空気球とも呼ばれ、金属のケーブルで係留された気球で、低空から侵入する敵の攻撃を防ぐために使用されるものである。また、スタジアムの周囲は4~5階の建物が建ち並ぶ碁盤目状の市街地であるため、直線的な道に沿って敵に侵入されやすいので、敵に絡ませて行動を阻む目的で、テグス等の細い糸で作られた網を建物の合間に幾重にも張り巡らした。

 ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの対策が整うと、第2機甲旅団は盾となるルクレール戦車を全面に展開し、ドラゴン・キュノプロソビをスタジアムごと包囲した。

 もはやルテチア解放が時間の問題になると、同6月15日正午、第二次世界大戦の解放時を真似てエッフェル塔の頂上に真新しい三色旗が掲げられた。同時刻、第2機甲旅団がドラゴン・キュノプロソビの攻撃を開始した。

 ルクレール戦車の戦車砲の発射する高速弾は、弾道が低い水平軌道を描くため、スタジアムの中心に集まる敵を射撃する場合には、スタジアムの外壁が邪魔となる。そのため、ドラゴン・ガルグイユの勝敗を決めた戦法と同じく、接近戦による正面攻撃ではなく、ドラゴンからは視認されない遠距離からあらゆる火砲を動員した徹底的な砲撃を行なうこととなった。弾薬の消費が大量となるが、人的被害は抑えられるからである。

 砲撃の合図は、先進空対地ミサイル(AASM)による精密誘導兵器が務めた。異変以後はGPS衛星との通信が途絶えているため、GPS誘導を使用しない慣性誘導のみで誘導された。慣性誘導は搭載するセンサーのみによって自らの位置や速度を算出するが、半数必中界10mである。

 統合軍航空部隊のラファール戦闘機から発射された複数の先進空対地ミサイル(AASM)は、スタジアムの上空に近づくにつれて、次第に垂直に降下となり、狙いを外すことなく、スタジアムの中心に編隊を維持したまま落下した。標的に命中する直前に、ロケットモーターで加速し、その運動量とともに激突に近いかたちで着弾する。低い爆発音とともに、4つの黒い煙の爆発が沸き上がり、すぐに1つの巨大な煙の塊となって、スタジアムに立ち上がった。その煙の中には炎も垣間見えていた。

 ドラゴンから見れば、先進空対地ミサイルは空に点のような何かが見えたとたんに、落下してきたのである。避ける時間すらなかったであろう。しかしながら、もともと高価な先進空対地ミサイルの保有数は異変前でも多くなく、現在まで残っている残弾数は非常に少なかった。効果が高いからといって、ふんだんに使うことはできなかった。

「立ち去れ、さもなくば、私が立ち去らせる(Begone, or I will make you go)」

ガンベタ中将は、まるでこの時がくることを知っていたかのように、ドラゴン・キュノプロソビに要求した。それを合図にスタジアムに向けて、あらゆる火砲によって一斉に砲撃が開始された。スタジアムが次第に崩れ、がれきの山に変わっていくとともに、残されていた可燃物が燃え、スタジアムからは黒煙が立ち上がった。

 それに先立つこと少し前、ルテチア防衛軍は、虎の子であったかつての列車砲として保存されていたM1915 370mm榴弾砲すらも作戦に投入するべく運搬していた。370mm榴弾砲は、その編成を含めて大きさに運用そのものに多大な制限を受けるが、最大射程が長く、ドラゴンには想像を超える遠距離からの攻撃が可能であり、適切な状況で運用できれば圧倒的な威力を発揮した。

 先進空対地ミサイルの着弾を合図にして、列車砲は巨大な轟音と振動とともに、巨大な榴弾を打ち出した。周囲が煙に包まれ、列車砲すらも隠してしまう程に煙が盛り上がり、その煙から一条の煙が突き出ると、その先から榴弾が空のかなたへ消えていった。そして、スタジアムの直上で、ほぼ垂直な落下に移行し、スタジアムの中心で大爆発を起こした。

 ドラゴンといえども無事であるわけがない。少なくても、爆圧により、耳と内臓に損傷を与えている可能性は高い。

 ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルが、砲撃を潜り抜けて、群がりながら飛び出し、まるで鳥雲のような群れを成し攻撃してきたが、張り巡らした網によって封じることに成功した。これらの網に衝突したドラゴン系型亜生物ヴイーヴルは反射的に網を足で掴むが、その体の構造や本能により、足で掴んでいる物を蹴って空中に飛び出してから羽ばたき始める。しかし、細い糸で作られた網はヴイーヴルの体を空中に投げ出すのに充分な反動が得られず、いつまでも網を掴んでは蹴る動作を繰り返さざるをえない。そこを建物の陰で待機していた歩兵が12.7mm重機関銃などで銃撃した。

 ドラゴン・キュノプロソビは咆哮をあげると、ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルは戦法を変えた。いくつものドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの鳥雲が上空に集まると、直上から垂直降下により、第2機甲旅団を襲い始めた。ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルがルクレール戦車に霰のように降り注ぐと、車内では体当たりするコンコンと音が聞こえてきたが、戦車の厚い装甲を破ることはできず、戦車を覆い尽くすように群がり始めた。しかしながらオープントップの車両は瞬く間に兵たちが餌食となり、歩兵は建物の奥で身を隠すしか術がなかった。

 ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルは、ルクレール戦車1台1台に団子のように取り憑き、ひたすら激しく羽ばたきを続けていた。

 戦車の砲身は長すぎて自分を取り憑く敵を攻撃できない。ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルは各種センサーにも覆いかぶさっているため、中の乗員からは外の状況がわからないまま、遠隔操作によって車長用の7.62mm機関銃をめくらめっぽう撃ち始めた。しかし、あまりにも敵の数が多すぎた。7.62mmによって弾き飛ばしても、すぐに他のヴイーヴルによって取り囲まれた。

 次第に、ルクレール戦車の内部が熱くなっていることに乗員が気づくのに時間はかからなかった。ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルは、激しい羽ばたきによって自分の身体を熱くするとともに、ルクレール戦車のエンジンの排気口すらも塞いでいた。排熱が妨げられたルクレール戦車は、オーバーヒートを起こしやすい状態になっていた。

 ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルのこの程度の攻撃では、ルクレール戦車を破壊することはできない。だが、ドラゴン・キュノプロソビはこの時を待っていた。動きが鈍くなった第2機甲旅団に反撃の狼煙をあげた。

 ドラゴン・キュノプロソビは、先ほどの大規模な砲撃で大きな傷を負いながらも、戦う意思には全く衰えが無かった。獲物を見定めるために上空へ飛翔すると、被害を免れていた部隊から打ち出された地対空ミサイルを避けながら、巨体に似合わない見事な宙がえりを行なうと、一気に降下してきた。狙われた地上の兵には、なすすべもなくなかった。ルクレール戦車は、まるで止まった的であった。身近で発生した巨大な振動に危険を覚えながらも、市街地の障害物の中では、しかも各種センサーを塞がれ、オーバーヒートを起こす寸前のエンジンでは、機動性を発揮できなかった。

 ルクレール戦車を援護している部隊は、攻撃することで次々と位置を知られ、網を避けるように地上を這って迫ってくるドラゴン系型亜生物ヴイーヴルに一斉に逃げ出す事態となった。

 ドラゴン・キュノプロソビの攻撃は蹂躙という言葉が当てはまっていた。移動に沿って一斉に兵が逃げ出すさまは、まるで魚群の中を泳ぐ大型魚のようであった。

 それでも第2機甲旅団の威信をかけた途方もない量の砲撃で、ドラゴン・キュノプロソビの翼を損傷させることに成功すると、地上に落下したドラゴンに一方的な攻撃となった。

 スタジアムが完全に崩れ落ちる頃には、生き残ったドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの数もかなり減り、ルクレール戦車の前にドラゴン・キュノプロソビは、ついに曝け出された。戦いの優劣は決まった。それでもなお、ドラゴン・キュノプロソビは戦いを止めようとはしなかった。

 止めに徹甲弾をいくつも撃ち込まれ、ドラゴン・キュノプロソビは深い傷をいくつも負い、ついには致命傷となり絶命した。そのドラゴンの最期の表情は、モンスターでありながら、誇りを持ち続け、敵に対して怯むことなく、命の火が消えるその時まで、攻撃の手を緩めようとはしなかったのである。その姿は、ドラゴン・ガルグイユとまったく同じくであった。

 ドラゴン・キュノプロソビが絶命すると、興奮した兵たちが、ドラゴン・キュノプロソビの屍によじ登り、フランス国旗を振り始めた。再び、お祭り騒ぎになりかけたが、ドラゴンの勇姿に礼をもって答えるようにと、ガンベタ中将から厳命が出され、屍は丁重に扱われることとなった。

 ドラゴン・キュノプロソビが撃退されると、ドラゴン・タラスクは戦いを放棄したかのようにルテチア市内から姿を消していた。残っていたドラゴン系型亜生物ヴイーヴルも、ほとんどがドラゴン・タラスクの後を追って逃げ出していった。残った大きな障害は、ブローニュの森にいるドラゴン・バシリクの一頭を残すのみとなった。


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