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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第九章 ルテチア解放
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ルテチア東郊ヴァンセンヌの森

 統合軍参謀本部は、エデュアール・ガンベタ中将の進軍の遅さに、本来のデュランダル作戦の集結時間に影響が出ると判断して、待機していた第2竜騎兵連隊にルテチア入城催促を要請した。第2竜騎兵連隊は要請を受理し、ただちに実行に移った。

 しかし、ガンベタ中将はその間にルクレール戦車3輌、VAB装甲車5輌からなるルテチア突入部隊を派遣していた。突入部隊は南部のイタリア門とオルレアン門の間からルテチアに一気に入城し、同日14日午後11時55分にルテチア市庁舎前に到着した。これは先の人類同士の大戦において、フランス第2機甲旅団がパリを解放したときに通ったルートと同じであった。

 ルクレール戦車の音を聞いてシェルターに閉じこもっていたイタリア門とオルレアン門近くの住民たちは、恐る恐るシェルターの中から外の様子を窺った。

「まだ、戦車がこんなに残っていたんだ」

 住民は広場を突進していく戦車を見送りながら、戦闘に巻き込まれないように、どこか遠くへ去っていくことを最初は願っていた。しかし、8台の連なる見慣れない塗装の戦車、泥だらけの軍服ではなく汚れていない真新しい軍服を見て、何かがいつもと違うことが起きていることに気づいた。

「援軍? まさか? 援軍だよね?」

 ひとりが起きていることに気づくと、その情報は瞬く間に周囲の地区に広がり、ドアというドア、通りという通りから、男や女や老人たちが飛び出してきた。それはルテチアの生存者たちに何が起きようとしているのか理解を助けることとなった。四方八方から押し寄せてきた人波に、たちまちこの突入部隊の車両は覆い尽くされてしまった。

 ルテチアには、綺麗な女性が多いと聞いていた突入部隊の兵たちは、市内に突入する前に身ぎれいにしておかないと嫌われると思っていたが、それは単なる危惧であった。たちまち、そのルテチアの女性の波に飲み込まれてしまった。老いたるものあり、若いものあり、ブリュネットあり、ダークブロンドあり、女性という女性が突入部隊の戦車の上に勝手に上がり込み、兵たちに抱きついたり、手を握ったり、お祭り騒ぎとなってしまった。

 突撃部隊は車両に乗り込んでしまった熱狂的な女性を乗せたまま、広場を通り抜けて瓦礫となっていたイタリア通りを進み続けた。ドラゴン系亜生物を避けるために、セーヌ河に向かう迷路のような狭い道を選んで走ったため、噂を聞いて駆け付けたルテチアの生存者は、あっという間に消えていく戦車に描かれた国際連合の白いUNの文字を車体上にやっと見分けられるくらいの時間しかなかった。

 ラジオ・フランスは第2機甲旅団の入城を全ルテチアに伝えると、何千人というルテチアの生存者がシェルターの重い扉を開け、恐る恐る外に出始めた。いままで何年となく言葉をかわしたこともない隣人同士が抱き合い、通りに走り出て、歓声をあげた。それから、ラジオ・フランスがフランス国歌〈ラ・マルセイエーズ〉を流すと、驚くべきことが起こった。ルテチアの生存者たちは誰に言われるでもなく、ありとあらゆるラジオの音量を最大にあげ、扉という扉、窓という窓を開いたのである。

 硝煙と瓦礫に包まれていた市内は、人々の歓喜とフランス国歌によって包まれようとしていた。これほどの大勢の人々が、今でも生き残っていたのである。ルテチアの街中が、再び自由と誇りを取り戻し、ラジオといっしょにフランス国歌〈ラ・マルセイエーズ〉が歌われていた。フランス国歌はフランス革命のときの革命歌であるために残酷な内容の詩句であったが、街角から街角へ広がり、繰り返され、それに和する声は時とともに増して、ついにはルテチア全体を合唱で包んでしまった。

 合唱がまるで出迎えてくれたかのように、ある女性が市庁舎に帰ってきていた。それは仲間の死を超えて任務から帰ってきた坂井美春伍長であった。彼女は第2竜騎兵連隊と行動を共にして、ルテチアに帰還を果たしていた。ルテチアのブリエンヌ館にある国防省に出頭し、デリンジャー隊の任務が完了したこと、生存者は自分だけであることを報告し、彼女の任務はついに完了した。

 坂井伍長からそれほど遠くないところに、フランソワ・オードラン元副大統領が立っていた。彼は、歓喜でうるんだ両目に、涙のあふれるのを覚えた。彼の生涯でもっとも記憶に残る一瞬となった。市庁舎の広場には何千という人々が集まり始め、〈ラ・マルセイエーズ〉の合唱に加わった。その歌声は、ルテチアからあふれ出し、市外に待機していた第2機甲旅団のエデュアール・ガンベタ中将のところまで届くほどの大きなものとなった。第2機甲旅団の兵たちは、その歌声を聞きながら、祖国の首都に帰ってきたことを実感したのである。

〈ラ・マルセイエーズ〉の最期の一節がまだ消えもやらぬうちに、ラジオ・フランスは「この放送をお聞きの牧師さんたち、皆さんが知らせに行ける牧師さんたちみんなに、援軍のルテチア入城を知らせるため、力いっぱい鐘を鳴らすように言ってください!」

 この十年間、ルテチアの寺院の鐘は置物のようにぶら下がり、沈黙したままであった。ドラゴンに蹂躙されてから、ただの一度も、市民をミサに呼ぶためにも、イエスの生涯、キリストの復活、死亡したルテチア市民の弔いのときにさえ、その豊かな音色は鳴り響くことがなかった。いま、呼びかけに、十年間の沈黙と苦難のうちに積もった塵を払って、鐘の響きはルテチアの空に戻ろうとしていた。

 ノートルダム寺院は、ルテチア防衛軍が守り抜くことに成功した数少ない建物のひとつである。ノートルダム寺院の南塔の14トンの巨大な鐘が、解放の喜びを奏で始めた。これに答えて、ひとつまたひとつと、市内のすみずみまで、市内に残っていた全教会がそれに加わった。数分もたたぬうちに、ルテチアの空は壮言な合奏に満ちていった。通りに出ていた市民たちはその音を聞いて泣きだす者もいた。

 しかし、ルテチア周辺の4頭の巨大なドラゴンは未だに健在であり、ドラゴン系亜生物ヴイーヴルの群れが新たな血の匂いに触発されて、ルテチア市内に集まりつつあった。このため、街頭に出ていた生存者は再び避難せざるをえなかった。

 翌6月15日午前0時、ガンベタ中将は第2機甲旅団隷下の第501戦車戦闘群の3中隊を三つに分けて市内に突入させた。各中隊は小型ドラゴンの攻撃と、生存者の熱烈な歓迎にあいながらも、午前11時30分には第2機甲旅団の一隊がルテチア南東部を掃討し、第2竜騎兵連隊もエトワール広場、ブルボン宮殿に到着した。

 第501戦車戦闘群はルテチア市内からヴァンセンヌの森へ逆進軍し、第503戦車戦闘群とともに、ドラゴン・ガルグイユの棲み処を包囲することに成功した。

 ヴァンセンヌの森は、ルテチア中心部から東に4kmほどの場所に広がる旧森林公園である。森の北方にはヴァンセンヌ城跡が見えており、森の南西には19世紀、ルイ・フィリップの時代に建てられた砦がある。東にはヴァンセンヌ競馬場と自転車競技場があったが、現在は生い茂った植物にまかせた廃墟と化していた。また西には広さ14.5ヘクタールの動物園跡があり、ムフロンを飼育していた高さ65mの人口岩山があった。

 偵察隊の報告から、ヴァンセンヌの森には4つの湖があり、マルヌ川とつながっているが、ドラゴン・ガルグイユは、これらの4つの湖のいずれかに潜んでいると考えられた。

 公園内の森林は十年間放置され、木々は満員電車のように窮屈になり、林の中は暗く、下草も生えなくなり、雨が降るたびに表面の土が流されて、ひどい場所には根が浮き上がってしまっていた。

 森林のため視界が悪く、湖に潜むドラゴンを遠方から視認できないという問題があった。ルクレール戦車を中心とした包囲を完成させたものの、うっそうと生い茂る森林がルクレール戦車の前進を阻んでいた。

 包囲の輪をじわじわと縮めるためには、木々の狭い隙間を迂回しながら進む必要があり、さらに行く手には廃車がこの先へ進むことを阻むように積み重ねられていた。廃車はドラゴンが集めたものであり、バリケードであろうと考えられた。木々の迂回しながら、さらに廃車を戦車で押しのけるという二重の妨害にあいながら、前進せざるをえない状況であったため、自然と包囲の輪が前後左右に凸凹に乱れる原因になっていた。

 さらに奥に進むにつれ、樹木の陰に潜んでいたドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの群れによって、戦車に随伴していた歩兵が襲われるようになり、被害が出始めていた。

 12.7mm重機関銃でドラゴン系型亜生物ヴイーヴルを蹴散らしつつも、神出鬼没に出現するため、装甲に守られたルクレール戦車とVAB装甲車のみにより前進することで被害を抑えることになった。

 4つの湖のひとつであるミニーム湖にドラゴン・ガルグイユが発見されると、砲撃のためにルクレール戦車が湖岸に集結した。

 ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの群れからの襲撃が続く中、ルクレール戦車の一斉砲撃は、まるで映画のワンシーンでも見るかのようで、無数の砲弾がドラゴン・ガルグイユに向けて飛んでいくのが見えた。ドラゴン・ガルグイユは水鉄砲のごとく水を吐き出して牽制してきたが、ルクレール戦車の重量と装甲には効果がなかった。

 このまま楽勝できると誰もが考えていた。

 ドラゴン・ガルグイユは水を吐き出すのをやめると、廃車の金属の一部をかじり取り、飲み込んだ。すると、その様子を見ていたラゴン系型亜生物ヴイーヴルの群れは一斉に姿を消した。

 勝ち目がなく逃げ出したに違いないと、誰もが勝利を予感していた。しかし、その楽観的な予感はドラゴン・ガルグイユが高温に溶けた金属を吐き出すことで徹底的に打ち砕かれた。溶けた金属は、湖に触れると最初は激しく表面の水をはじき飛ばしていたが、金属によって包み込んだ水を急激に沸騰させていた。ルクレール戦車の砲撃の喧騒に、誰もそんなことを気にかける者はいなかった。

 そして大音響が響いた。その音はルテチア全土にまで響き、噴火のような巨大な爆発が突如起こると、土砂を巻き上げながら白い煙が高く沸き上がった。その爆発に、重量56.5tのルクレール戦車の数台が、おもちゃの車のごとく転がった。

 ドラゴン・ガルグイユが吐き出した高温の金属は、湖の底面で溶けたまま広がり、金属によって囲まれた湖水の一部が急激に熱せられて、一気に1700倍の体積の水蒸気と化していた。水蒸気爆発である。

 水蒸気爆発が起こす風圧は強力であった。大地をはぎとるようにルクレール戦車を軽々と吹き飛ばし、地面に巨大なクレーターができていた。ドラゴンによって集められていた廃車は進路を阻むとともに、水蒸気爆発をおこさせる材料として蓄えられていたのであった。

 何が起きたのか兵たちは把握できていなかったが、ルクレール戦車の砲撃は続行されていた。立て続けに、ドラゴン・ガルグイユは高温に溶けた金属を吐き出すと、再び巨大な爆発が起きた。さらなる水蒸気爆発によって、ルクレール戦車の数台は再びおもちゃのように転がされた。

 ドラゴン・ガルグイユは巨体を起こすと威圧的に敵を見下ろした。それは余裕で次の獲物を物色しているとしか思えなかった。兵たちは歴戦の集団であるにもかかわらず、背筋が凍るような恐怖を覚えた。第2機甲旅団は勝利の予感から死の恐怖へ叩き落された瞬間であった。

「湖から離れろ」

 水蒸気爆発であることに気づいた兵が警告を発した。これによりやっと後退を始めるが、かえって大混乱に陥った。無秩序に後退しようとしたあげく、木々に邪魔され身動きが取れなくなったルクレール戦車は、乗員が逃げ出してしまい無抵抗のままドラゴン・ガルグイユによって叩き潰された。ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの群れは、混乱する第2機甲旅団を見て、これを追撃するために飛び出して、無防備になった獲物を狩り始めた。

 しかしながら、ガンベタ中将は戦況に動じることがなかった。まるでこうなることを知っていたかのように一人で向きを変え、フランス国旗を掲げて、「神の名の元(Ou Nom De)」と叫んだ。神々しく毅然としたガンベタ中将の態度を見て、混乱していた第2機甲旅団の兵は踏みとどまり、ガンベタ中将の下に再集結し、ドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの群れを追い返すことに成功した。

 ガンベタ中将はドラゴン・ガルグイユに接近することは危険であると判断し、口径に関わりなくあらゆる火砲を動員し、ミニーム湖一帯に無差別に砲撃を加える作戦に変更した。

 ミニーム湖一帯は炎に包まれ、地形は完全に姿を変えたが、それでもドラゴン・ガルグイユは生きていた。もはや絶命寸前と思われたが、動くことすらままならないほどに深い傷を負いながらも、身体を支えながら、なお戦い続けようとしたまま仁王立ちとなっていた。

 結局、最後のとどめは残っていたルクレール戦車を総動員して、直接照準による徹甲弾の砲撃により行われた。ドラゴン・ガルグイユは徹甲弾を受けても倒れることなく、命の灯が消えるその瞬間まで地面に崩れることを拒み、ゆっくりと目を閉じると、その巨体はゆっくりと倒れていった。

 戦闘の緊張は、勝利の歓喜に変わり、ドラゴン・ガルグイユの屍の上に群がって、写真をとるもの、戦利品として鱗をはぎとろうとするもの、牙を抜き取ろうとするもの、お祭り騒ぎとなっていた。


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