フランス中東部ラングル
翌6月12日にデュランダル作戦にて進軍中の第6軽機甲旅団隷下の第1外人騎兵連隊は、ラングルでルテチア防衛軍の連絡兵と接触した。ルテチア防衛軍の連絡兵の正体は坂井美春伍長であったが、次の内容を告げ、ルテチア解放のための援軍を要請した。
• ルテチアの防衛軍はいまだに健在であり、秩序を維持して防衛に努めている
• ルテチアのドラゴンの大部分はネーデルランド方面に向かって去っていった
しかしこの情報は事実とは一部異なっており、坂井伍長がルテチアを出発したのは、かなり前のことであるため、情報的には少々古かった。にもかかわらず、正確な最新情報として、ただちにフランソワ・オードラン元副大統領にも知れることとなり、ラングルの南に位置するボーヌに到着していた第2機甲旅団のエデュアール・ガンベタ中将に命令し、統合軍参謀本部の命令が無いまま進路を北西に変更させ、ルテチアに移動を開始してしまった。
オードラン元副大統領との交渉でルテチア派兵もやむをえないと考えはじめた統合軍参謀本部は、ルテチアの防衛軍の連絡員が坂井伍長であることに気づいていたが、ルテチアに生存者が生き残っている事実を、これ以上に全部隊に隠蔽し続けることは不可能と考え、第2機甲旅団のルテチア進軍を許可せざるをえないと判断した。
このため、統合軍参謀本部は作戦部隊を二つに分けた。ネーデルランド方面進軍部隊は、予定どおりラングル、ルクセンブルク、アムステルダムを経由する第6軽機甲旅団、第11落下傘旅団、第31工兵連隊とした。ルテチア方面進軍部隊は、ラングル、トロアを経由し、ルテチアを解放する第2機甲旅団、第2竜騎兵連隊とした。
肝心のヂュランダル作戦については、第2機甲旅団、第2竜騎兵連隊がルテチアの解放後、アムステルダムを経由して、作戦開始前までにネーデルランド方面進軍部隊と合流することとなった。ルテチア入城はあくまでフランス第2機甲旅団が先に行なうことになっていたが、統合軍参謀本部の貢献も示すために第2竜騎兵連隊も同行することとなった。
ルテチアに進軍する第2機甲旅団は、第12胸甲騎兵連隊、第501戦車連隊、チャド行進連隊、第16猟兵大隊、第92歩兵連隊、第40砲兵連隊、第13工兵連隊からなる戦車160両、各種車両1000台、兵員6700名の将兵からなっていた。一方、随伴する第2竜騎兵連隊は、予備役を含めた4中隊から構成されていた。
6月13日、第2機甲旅団、第2竜騎兵連隊の両軍はルテチア入場前で一旦停止し、ドラゴンとの遭遇戦が軽微である場合のみにルテチア市内に入ることと決められた。
第2機甲旅団はスペルウェール無人航空機による偵察を行い、4頭の四天王ともいうべき巨大なドラゴンを中心として、ルテチアが数え切れないドラゴン系亜種生物によって蹂躙されていることが判明した。4頭の大型ドラゴンに、ガルグイユ、キュノプロソビ、タラスク、バシリクの名前が付けられた。
ガルグイユは、長い首を持ち、大きな羽を生やしたドラゴンである。ヴァンセンヌの森を棲み処にして、口から火を吹きだけでなく、水を吐き出すことでも知られていた。ルテチアにもっとも頻繁に被害を与えているドラゴンであり、身体は大きいが、比較的に若いと考えられており、他の大型ドラゴンが近くにいるとおとなしくしていることが多かった。
キュノプロソビは、ドラゴンの身体と足と鉤爪と翼を持ちながら、全身は鱗ではなく厚い羽毛に覆われ、顎鬚をもつ独特な体系であった。ルテチア北部にあるスタッド・ドゥ・フランスに巣くうドラゴン系亜生物を率いるボスとして君臨していた。鋭い叫び声で仲間のドラゴンとコミュニケーションをとっていると考えられており、リーダ的な存在であると考えられた。
タラスクは、足ひれと背板を持ち、ルテチアから離れた場所にあるブロセリアンドの森とブローニュの森の2箇所の棲み処を行き交し、ルテチアには死体を喰らいに来ているとの噂があった。ほとんどを水中に身を隠して過ごし、他のドラゴンに比べ温厚な性格でありながらも、怒らせた場合には、 灼熱の炎を広範囲に撒き散らすことで恐れられていた。
バシリクは、神出鬼没で、ブローニュの森をねぐらとしていることが分かっている。目撃者によると、自らの力を誇示するためか常に牙を見せて威嚇しており、その眉間に皺を寄せた顔つきはドラゴンでもっとも凶暴な顔つきであった。そのために何かと話題にされる存在であり、人間を連れ去っては、ねぐらで食べていると恐れられていた。
これらの大型ドラゴンは同じドラゴン族でありながら、奇妙としかいいようがないほどに体形に個性があった。まるでそれぞれが異なる生物の身体を取り込んでいるかのような体形は、まるでキメラのように、ひとつ個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混じっているようにも思えた。
第2機甲旅団、第2竜騎兵連隊の両軍の出発は当初6月13日中に行われる予定であったが、第2機甲旅団の集結準備に手間取り、6月14日午前6時30分に進軍が開始された。両軍の進軍はいたってスムーズであり、ルテチア周辺部に隠れていた生存者による熱狂的な歓迎を受けるのみであった。目的地の凱旋門への到着予定時刻は6月14日午後5時を予定していた。
一方ルテチア中心部ではルテチア防衛軍による散発的な戦闘が今まで通りに続いていたが、おおむね制地権は維持されていた。同日14日正午過ぎ、ラジオ・フランスで「ルテチア解放」の臨時ニュースが流れた。間もなく誤報であると訂正されたが、これは統合軍陸部隊の進軍を督促するためのオードラン元副大統領による工作であった。
その頃、ルテチア方面の第2機甲旅団、第2竜騎兵連隊の両軍の進軍は生存者の熱烈な歓迎で遅れに遅れ、また、ドラゴン系亜種生物が多く潜むと推測されるガティネフランセ自然公園を迂回したため、クレテイユの到着予定の6月14日午後8時55分にムラン到着がやっとであると連絡が入った。部隊の到着と同じ頃に、オードラン元副大統領もムランに入り、ガンベタ中将と今後の進軍計画について会談した。
第2機甲旅団は独自の偵察から、ルテチアにはクレテイユを超えて進むには、ヴァンセンヌの森の近くを通過しなければならなく、ドラゴン・ガルグイユの棲み処であるため、激しい攻撃を受けることが予想された。このため、クレテイユからルテチアに直接に向かうよりも、旧オルリー空港に向かったほうがルテチアに入城しやすいと考え、オードラン元副大統領もその方針を支持した。
ドラゴン・ガルグイユの警戒のために、ヴァンセンヌの森の東側に第2機甲旅団隷下の第503戦車戦闘群を残し、第501戦車戦闘群は旧オルリー空港に向かって迂回を開始した。そこでもルテチアの市民からも熱烈な歓迎も受けることとなり、この日の進軍により、ルテチアまで約25Kmに迫っていた。




