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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第八章 帰郷
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ポートブリッジ統合軍基地内車両整備所

 6月9日となり、前路掃討部隊の第6軽機甲旅団の一部として編成されたセリア・ケイ少佐の部隊は、出発が明日に迫り、車両の最終的な整備を行っていた。

「例の車は準備できているかしら?」

ケイ少佐は作業員の人込みの中を器用にすり抜けながら、車両整備部の責任者を質問責めしていた。彼女は迷彩服を着ていた。初めての迷彩服姿であるが、華奢でプロポーションが良いために不似合いで、どうみてもコスプレイヤーのように見えてしまっていた。

「本当に持っていくのですか?」

 責任者は、あまり気が乗らない様子であったが、ケイ少佐をとある車の前に連れて行った。目の前の車は、一見普通の4tトラックのように見えているが、コンテナ部分が左右に開いていた。そこには、9セットのラップ式トイレが備えられていた。正式名称は野外支援車であるが、通称はトイレカーである。供えられたラップ式トイレで凝固剤が封入された防臭ビニール袋へ排便し、袋を熱圧着して封印したのち、焼却する。野外用のトイレそのものである。

「本気ですね」

 和田継矢中尉が野外支援車を見ながら、ケイ少佐が若き女性なので、こういうことは重要なのであろうと、この作戦に掛けるケイ少佐の本気度を感じた。

「本気だな」

 マールス・グラディウス少尉も、同意見のようであった。

 ケイ少佐が乗る82式指揮通信車〈コマンダー〉は、統合軍陸上部隊との連携のために統合軍の情報ターミナル・システムを搭載する必要があったため、メンテナンス中となっていた。

 主力となる16式機動戦闘車は、52口径105mmライフル砲を搭載しており、北大西洋条約機構で広く使用されている105mm砲の弾薬と共通使用が可能であったため、幸いにも主砲の換装は不要であった。

 しかしながら共通使用できない備品もあり、特に通信システムが深刻であった。検討の結果、部隊内の通信であればこのままでも可能であったため、時間の都合により通信システムを情報ターミナル・システムに換装することは見送られた。

 軽装甲機動車〈ライトアーマー〉は、ルーフの1つしかないハッチを潰して台座を固定し、RWS(Remote Weapon Station)の12.7mmを搭載することとなった。RWSの利点は、射手がハッチから上半身を晒すことなく車内からリモートで単に射撃できるだけではなく、周囲の警戒や偵察にも十分に活躍が見込めるのである。重量は銃、弾薬箱、リモコン除いて160kg、銃、弾薬箱を含めると約250kgとなり、暗視装置、ビデオカメラ、レーザー測距儀2軸の安定化装置、さらには目標追尾型自動射撃装置などが装備され、近接防御火器システムもかねることとなった。しかしながら、軽装甲機動車〈ライトアーマー〉も情報ターミナル・システムに換装することは時間の都合により見送られた。

「軽装甲機動車に、RWSを搭載中です。これだけでも明日までかかると考えてください。さらに、こちらの機動戦闘車の弾薬の補給にはかなり時間がかかります。第2機甲旅団に優先して補給されているのです。不眠不休で作業をしても、弾薬補給車に満載するだけの量を調達するには明後日一杯までかかると考えてください」

整備所の責任者が報告した。

「時間がないのよ。忙しいのは分かるけれども、燃料が十分であれば、弾薬は今日中に入手できた分だけでいいわ。それからバギーを一台借りるわ。そうね、Polaris MV800バギーがいいわ」

「手配します」

責任者と入れ代わって、坂井美春伍長が近づいてきた。今では、坂井伍長もケイ少佐の部隊の準備を手伝っているが、統合軍には未だ所属していなかった。つまり、ルテチア防衛軍のままである。

「少佐殿、報告します」

坂井伍長は敬礼をしてから報告した。彼女はルテチア防衛軍での軍歴が長いはずであるが、敬礼も軍服もどことなく似合っていなかった。敬礼はぎこちなく、軍服はだぶだぶのセータを着ているように身体に合っていなかった。

「今朝、防衛識別圏の偵察部隊によって蛾の大群が目撃されたとの報告がありました。これで、五度目の報告になります。トゥーロン・イエールから、わずか一キロしか離れていない地点です。動物や昆虫には、危険を予知する能力があるといわれています。それだけに統合軍に不吉な噂が流れているのを御存知でしょうか?」

坂井伍長の注意は、明らかに蛾の大群の後ろに隠されている何かに注がれている。それは嫌がうえでも十年前にあった大きな不吉な影を再び思い出させてしまう。

「どんな噂かしら?」

「もう一度、異変が起こると……」

坂井伍長は声をできる限り押し殺して、不用意に誰かに聞かれることのないように注意していた。それでも、坂井伍長は言ってしまってから後悔した。こんな不吉なことを軽はずみで言うものではない。あの十年前の異変の時、何十万もの人間が行方不明になったのである。しかも被害はそれだけに終わらず、異変によって吹き上げられた塵によって大気を覆い尽くし、地球全体に終わることのない冬が訪れたのである。その影響は今なお続いている。

「それはないわ」

 ケイ少佐はきっぱり否定した。その言動にまったく疑問を感じていないことが分かる。しかも、重い話題にもかかわらず、非常に軽い口調である。坂井伍長が不思議に感じていると、ただひとつの答えがおのずと導かれた。ケイ少佐は何かを知っているに違いない。

「少佐殿は、そうではないと考えているのですか?」

坂井伍長がケイ少佐の表情を覗き込んだ。

「いずれにしても、私は一個中隊を率いて第6軽機甲旅団とともに先に出発することになるでしょう。目的地は、もちろん、ドラゴンの行く先です。産卵なのか何かは知らないけれども、群れをなしている今が最大のチャンスなのです。運がよければ、ドラゴンを根絶やしにすることができるでしょう。そうすれば、ルシファーだけを相手にすればよくなるから好都合だわ」

ケイ少佐は表情を覗き込まれていることに気づいて、話をはぐらかした。

「お言葉を返すことになりますが、ドラゴンを根絶やしにする必要が本当にあるのでしょうか? 私にはその必要があるとは思えません」

坂井伍長はケイ少佐の顔を見据えてはっきりと言い切った。それは自分の意見に自信を持っているからである。

「では、私にどうしろと言うの?」

ケイ少佐は反論することもしないで、ただ意見を求めた。明らかに二人には目に見えない信頼関係が生まれつつあった。そうでなければ、ケイ少佐が意見を求めるはずもない。

「それは私にも分かりません。でも、共存できるかもしれないと考えているのです」

 坂井伍長の言葉は、到着したPolaris MV800バギーの音でかき消されてしまった。先ほどケイ少佐が整備所の責任者に依頼してあったバギーが運び出されてきたのである。バギーは、一人乗りの偵察用車両であり、坂井伍長がルテチアに戻るためにケイ少佐から与えられる車両であった。

 坂井伍長にはやり残していたことがあった。ルテチアに援軍を連れて帰る任務は、まだ続いているのである。ルテチアには、未だに多くの仲間が援軍を待ち続けていた。そのためにケイ少佐は知恵を働かせてくれて、統合軍を動かすための筋書きを考えてくれていた。

 ケイ少佐は食糧の入った袋の場所を教えると、整備所の責任者とともに打ち合わせのために離れて行った。坂井伍長はバギーに荷物の積み込みを始めると、それに気が付いたアルテア・アルテミス少尉が現れた。

「どうしても、行くのですか? 止めはしませんが、もうしばらく、いっしょにいるわけにはいかないのですか? ルシファーの事件以来、あなたは皆に頼りにされているのです」

 アルテミス少尉が袋の積み込みを手伝いながら、坂井美春伍長に尋ねた。

「お世話になりました。今までの恩は忘れません」

 坂井伍長は手を休めようともしなかった。アルテミス少尉が邪魔にならないようにバギーから離れると、坂井伍長は振り返りもしないでバギーに乗り込み、そのまま走り去って行った。アルテミス少尉は無言のまま見送ることしかできなかった。

「バギーが出発します」

 指揮通信車〈コマンダー〉の情報ターミナル・システムの調整に来ていたタチアナ・ベルテンス准尉が、一台だけ早く出発するバギーを見かけて、ケイ少佐に報告をした。

「私が許可しました。坂井伍長には別の任務があります。とても大切な任務です。無事に成功することを祈りましょう」

 もちろん、ケイ少佐には坂井伍長がどこへ行くのかは分かっていた。ルテチアに戻る前に、ラングルでデュランダル作戦に向かう部隊に接触するのである。そこで、ルテチア防衛軍から派遣されたと前線の将兵に直接訴えるのである。あえて坂井伍長にそこへ行くように仕向けたのは、第2機甲旅団であればルテチアに向かうと目算があったからである。これで坂井伍長の任務は達成できることになる。ケイ少佐が坂井伍長にしてあげられる最大限の協力であった。それでも、今の世界では一人でラングルまで行くのは危険であるため、それが非常に気がかりであった。このため、できるだけ統合軍のデュランダル作戦に参加する陸上部隊の傍について移動するように指示してあったのである。

 坂井伍長は一刻も早く出発したいと考えていたに違いないが、それにしても一言もいわずに行ってしまったのは、何か寂しい思いがした。


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