セリア・ケイの明晰夢の中
早朝、彼女は自宅の部屋で、いつのまにか机に突っ伏したて寝入っていた。しかしながら、眼が覚めている感覚であり、意識はあるつもりであった。近くで誰かの声が聞こえている気がした。その声には聞き覚えがあり、とても懐かしく感じられたが、言っていることを聞き取れなかった。
朦朧とした彼女の意識の中では、まだ眠いという感じはあったものの、懐かしい声をよく聞きとるために身体を起こそうとした。そうすることで、何を言っているのか聞き取ることができると思えたからである。しかし身体が動かなかった。理由は分からないが、身体に力が入らないのである。彼女の頭の中に、『金縛り』という言葉が浮かんだ。
彼女は実のところ幽霊が苦手であった。さらに信心深い性格のため、金縛りのような自分に好ましくない状況になっているのは、悪霊に取り憑かれようとしているのではないかと真剣に不安になった。このまま金縛りに負けてしまったら、悪霊によって自分の精神や身体が支配されてしまうのではと恐怖に襲われた。なんとしても抵抗しなければいけない。抵抗する意識を示すことで、悪霊が取り憑くことを諦めさせ、悪霊の支配から逃れることができるのではないかと考えた。しかし、悪霊が具体的にどのようなものであるのか分かっていたわけではなかった。そんな気がするというのが正直な感想であった。
手の指だけでも動かせないか、試してみた。やはり、動かせない。どんなに些細な箇所でもいい。少しでも身体を動かすことができれば、それを続けることで、この金縛りから脱出できるように思えた。必死の抵抗で、腕がほんの少しだけ動かせたような気がした。ただ、そんな気がした。その後も金縛りに何度も何度も抗い続けた。悪霊の支配から完全に脱出するため、必死な努力が続いた。
セリア・ケイは唐突に目が覚めた。意識がはっきりすると、金縛りが夢の中の出来事であり、夢の中で、夢を見ていたことに気づいた。つまり夢が入れ子になっていた。夢の中で少しは身体を動かせていたと思っていたにもかかわらず、目覚めた身体は全く動いていなかったことに気づいた。まったく寝覚めが悪い夢であった。それは、自分の中のどうにもならないある感情が大きくなろうとしているという警告が、金縛りの夢として現れたのかもしれない。
夢の中に出て来た懐かしい人は、きっと妹のサラ・ケイに間違いないと考えていた。彼女は壁に飾られているサラの写真を見つめた。写真であるため、いつも同じ表情のサラが、今日に限ってサラが何かを待っているように見えていた。同じ写真にもかかわらず、表情が異なって見える。それは、単に光の加減であるとか、見る角度の違いにしか過ぎないのかもしれないが、彼女にとっては、自分を見守ってくれている妹のサラ・ケイの気持ちが現れているに違いないと信じていた。決して降霊術や霊占いに興味があるとかではない。たとえば占いや予言には全く興味はない。写真のサラの表情から読み取れる表情だけを特別なものとして考えていただけである。
今までの十年の歳月は、夢の中であったように金縛りであったのかしれない。ドラゴン殲滅戦に参加することを決意した今、夢の時間は覚めた。行動をおこすべき時がきたことを現しているのかもしれない。
彼女は立ち上がった。大切なものを取り戻すには、そして、未来の自分と向きあうには、夢と同じように抗い続けなければならない。
今まで少しばかり、寄り道しすぎたのかもしれない。しかし、この十年間で頼れる友人が確実に増え、まったく無駄な十年間というわけでもないことは分かっていた。単に時が満ちた、それだけのことである。そんな気がした。すると、さきほどの写真のサラの表情が、微笑んでいるように違って見えていた。
「いっしょに帰りましょうね」
ドラゴン殲滅戦は自分の故郷が戦場なのである。目的がどうであれ、故郷への帰還になるのである。ケイは、いつものように写真に向かって呼びかけると、作戦に持っていく数少ない荷物が入った鞄の中に大事にしまった。




