ポートブリッジ統合軍海上部隊事務局
海上部隊事務局の会議室でセリア・ケイ少佐は和田継矢中尉と二人だけで密談をしていた。既に、同様な密談を彼女の部下の他の小隊長と済ませた後であった。アルテア・アルテミス少尉、マールス・グラディウス少尉、そして、最後に和田中尉の番であった。彼をいちばん後にしたのは、彼女がいちばん甘えられるからである。自分に厳しくありたいと考えるケイ少佐は、相手の命を危険に晒す依頼に、できるだけ甘えた気持ちを持ち込みたくなかったのである。
「アルテミス少尉、グラディウス少尉、そして、和田中尉。この三人が私の中隊の小隊長だけれども、三人の中でいちばん心配なのは和田中尉、あなたです。アルテミス少尉は裏の世界にたけているだけあって自分の身を守ることは心得ています。グラディウス少尉は見ためどおりのタフな人間だから大丈夫でしょう。でも、あなたは根っからの技術屋だけに、こういった争いを好まない性格なのが気懸かりです。それは確かに美徳であると思うけれども、今回の作戦では死を招きかねないから、気懸かりなのよ」
「少佐の方こそ、争いは好まないですよね?」
ケイ少佐はこの質問をされるのが3度目であった。
「私は指揮する立場の人間として、そのような甘えは許されないと覚悟を決めているつもりです。それに、これが私の仕事だと考えています。けれども、和田中尉まで危険なことに巻き込みたくない。だから、しばらく私から離れていて欲しいのよ。和田中尉にも、辛い思いをさせることになるとは思うけれども、何も聞かないで黙って聞き分けて欲しいの」
ケイ少佐は本当の気持ちとは裏腹に、和田中尉を安全な場所に残そうとした。心の中では、素直に助けて欲しいと言えない自分に歯がゆい思いを感じていた。しかし、その気遣いも不要であった。和田中尉にはケイ少佐の気持ちが分かっていたのである。
「お断りします。自分の考えは少佐と同じです。この世界を守りたいのは、自分も同様です。自分に何ができるか分かりませんが、今までどおりにいっしょに働きたいと考えます」
和田中尉はいつものように平静の態度のままであった。彼はこうなることをとっくに気づいていて、既に覚悟を決めていたようであった。
「ありがとう。本当なら私一人でしなければいけないことなのに、そう言ってくれると嬉しいわ。三人とも同じことを言ってくれて……。なんてお礼を言っていいのか分からないけれど、とても感謝しているわ」
ケイ少佐は嬉しさが込み上げて、宙を浮いているような気持で礼を言った。やっと素直に自分の気持ちを言葉に言えることができたのであった。
ケイ少佐自身、自分の職務の中でこの情報処理にいちばんの比重をおき、その能力ゆえに和田中尉を一目おいていた。また、個人的な話し相手に選ぶことがいちばん多いのも彼であるのは事実であった。それは、特別な感情というよりは、ただ単に地球の周りを月が回転しているように離れもしなければ近づくこともなく常に一定の距離にいてくれるという単純な理由にしか過ぎなかった。むしろ、二人の中は他人から見れば不器用な感じで、仕事を通じてしかコミュニケーションが取れないぎこちない関係であった。
もっとも、ケイ少佐の性格がお人好し過ぎるために、人の上に立つものとしては逆に不健全であったことがある。つまり、彼女は自分のために一生懸命に働いてくれる和田中尉を失敗があったからといって厳しく叱ることができなかったのである。
「まるで、子供ね!」
この言葉はケイ少佐が和田中尉を怒らせる時に思いついた最高の悪口であった。とても上官とは思えないこの悪口以上のものを、お人好しの彼女は思いつくことができなかったのである。だが、ケイ少佐よりも小柄で童顔を内心気にしていた和田中尉にとっては、その一言にひどく苛立つものを感じていた。結果的に不思議にも二人のバランスが保たれることになったのである。
このような奇妙な関係は、良くも悪くも相手のことを認めているからこそ成立していたのであった。たとえば、ふたりのこんな会話を聞けば、それがよく理解できるかもしれない。
「少佐は、いい上官ですね。部下に何をして欲しいかと聞く前に、先に自分で行動しているのですから。将校なら、自分の怠慢の責任を部下に押し付けて、怒鳴ってばかりいれば済ませることだって可能でしょう」
「そうかもしれないけど、これが私の仕事なのだからやるしかないわ。それよりも、おかげさまで私の仕事は随分と助けてもらっているわ。まるで人の仕事の成果を横取りしているみたいで気がひけるくらいよ。中尉こそ、優秀な技術者だわ」
「技術者ですか? それは、嬉しい気もしますが、それだけでは、ちょっと寂しい感じがしますね」
「そんなことはないわよ。だって、いい上官ですねと言われた私が、中尉に信頼されていることをなによりも誇りに思っているのよ。本当よ。だから、全然寂しくなんかないわよ」
このようにケイ少佐は本心で部下を、いや、自分のそばにいてくれる人たちを大切に思っていたのである。




