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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第八章 帰郷
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トゥーロン北部モン・ファロン頂上旧ドラグーン軍事博物館

翌日になり太陽が高く昇る時刻になったが、異変後の世界では厚い塵の雲によって、天空は相変わらず濁った灰色のままであった。太陽の懐かしい温もりは既に過去のものとなっていた。

しばらく前から、モン・ファロン山頂上にあるドラグーン軍事博物館に慌ただしく人が出入りするようになっていた。ドラグーン軍事博物館は、第二次世界大戦中に行われたドラグーン作戦時の舞台となったことを忘れないように、当時の戦車や大砲を展示していた。これらの展示品はいずれも第二次世界大戦時に使用された骨董品であるため、現在のドラゴンやルシファーの危機でも使用されることがなく、閉館された博物館の片隅に置かれたままであった。

 出入りする人の中に、海上部隊のブルードレスに身を固めた女性が、ひときわ目についていた。セリア・ケイ少佐の軍服の礼服姿である。

 一般的には下位の者が上位の者に対して行なうのが敬礼であるが、ケイ少佐は階級が上にもかかわらず、笑顔を見せながら和田継矢中尉に敬礼をした。彼女は統合軍の将校として、日本国に敬意を示し、日本国代表者の和田中尉に外交敬礼したのである。ケイ少佐はいつでも真面目に取り組む性格が災いして、普段は笑顔を見せる気持ちの余裕がなかったが、お願いする時だけはきまって笑顔を見せる癖があった。損得を計算した笑顔というわけではなく、人付き合いで笑顔を見せる気持ちの余裕が普段はなかっただけの話である。

 上官からの敬礼に戸惑いながらも和田中尉が答礼した。二人は昔話をしながら、軍事博物館の奥へと歩いた。ベームスター干拓地から脱出した十年前の時期は、ケイ少佐の歩く速度がゆっくりで、和田継矢は彼女が追いつてくるのを待たなければならなかったが、現在はケイ少佐の方が歩く速度が速くなってしまっていた。彼女はまるで時間に追われてでもいるかのように、この十年間でせわしく動くことが習慣になってしまっていたのである。

 目的の車両の前に着くと、久しぶりに見る日本国が残してくれた車両は、十年間という月日を感じさせないほどに良好な状態であった。それは彼女が輸送艦〈おおすみ〉の艦上で始めて見たと時とまさしく同じ状態であった。82式指揮通信車1両に始まり、16式機動戦闘車4両、軽装甲機動車1両など、他にも73式中型トラックなどの車両が並んでいた。

「十年前に〈おおすみ〉で、これらの車両を見た時、とっても心強く見えたわ。これでドラゴンもルシファーも、やっつけてくれるのだと思ってた。でも、実際にはそんな簡単なことではなかったけれども……。まさか、私自身が使うことになるとはね」

 これらの車両は日本国が十年前にドラゴン殲滅戦に参加するために輸送してきたものである。しかしながら、ルシファーの混乱の中、搭乗する自衛隊員は予定どおりに到着することなく、車両だけが残されてしまった。そのためにモン・ファロンの軍事博物館に移し、必ず自衛隊員が到着することを信じて、輸送部隊から託された和田中尉によって大事に保管されていたのである。

 結局、日本国から派遣された自衛隊員が到着することがなかったため、今回のデュランダル作戦に際して、ケイ少佐に使用してもらうことになった。その引き渡しが行われようとしていた。

 これらの車両は、統合軍陸上部隊にとっては、どちらかといえば使いようのない余りものであった。機動戦闘車は高角が取れないからである。デュランダル作戦ではドラゴンとの戦いが想定されているため、空を飛翔するドラゴンを射撃するには不向きな車両である。それゆえに誰にも見向きをされず、海上部隊のケイ少佐が使うことができたともいえるかもしれない。

 ケイ少佐は機動戦闘車のまわりを一回りして、これからの共に旅をする車両をじっくり観察した。そして重大なことに気がついたようである。

「これって、乗るのは後ろからなの? なんか入り口がとっても小さいんだけれども?」

 機動戦闘車には車体後部にハッチがあり、車体後部から人が入れないこともないが、どちらかというとメンテナンス用のものである。機動戦闘車は、基本は砲塔上部から乗るのである。ケイ少佐は陸上の車両には、あまり詳しくないようであった。そもそも車両の習熟訓練について、移動しながら実施するという自転車操業的な発想になっていたことからも容易に想像できた。

 ケイ少佐は機動戦闘車の内部を見た時、車内装置がぎっしり詰まっているのが見え、その窮屈感の中の長旅になることを考えて困惑しているようであった。

「指揮官はあっちです」

 和田中尉は指揮通信車を指さした。指揮通信車には運転席や車体後部に出入りするためのハッチがあり、開けっ放しであったため、車外からでも広い内部が見えていた。

 ケイ少佐は、なるほどと状況をやっと理解したようであった。

「日本では万物に神様が宿っているのでしょう? この子たちも、本当は日本に帰りたいのかしら?」

 ケイ少佐にとって、この子たちというのは、どうやら機動戦闘車のことであるらしい。

「帰りたいでしょうね。でも、十年前には一度も戦うことすら叶わなかったから、今度こそお役に立ちたいと考えていると思いますよ」

「そうね。故郷へ錦を飾るためにも、武勲が欲しいのね。なんか見た目のとおりで、そのほうがこの子たちっぽいわね」

 ケイ少佐は久しぶりに心から笑っているようであった。しかしながら、和田中尉がどんな思いでこれらの車両を見守ってきたかと考えると、十年間という時間は長すぎたように思えた。彼女は習慣的に、和田中尉をハグして、その想いを慰めようとした。すると、彼はさっとあとずさりするので、ハグする機会を失ってしまった。

「はぁ……。また、ですか?」

 ケイ少佐は十年前に引き続き、今回も和田中尉に再び逃げられてしまった。その行動になにかひっかかるものがあったが、今度も棚にあげて忘れてあげることにした。

「今まで、お疲れさまでした。和田中尉の日本国の任務は終わりました。これで日本に帰れるわね。そのための協力は、私としても惜しまないわ」

 ケイ少佐は、相手を想った優しい言葉をかけた。しかし、この一言が、この先、とんでもないことを引き受けることになろうとは彼女には思いもよらなかったが、それはずっとずっと遠い先のことである。

「少佐はどうしたいのですか?」

 突然に和田中尉がおかしなことを聞いてきた。どうやら、その質問を先ほどから聞きたかったに違いない。

「そうね、心配? 今までもいろいろな戦いがあったけれども、どんなに強い武器を持った、どんなに強い部隊も、戻ってこなかったわ。私もその一人になってしまうのかしら? でも、私には分かるわ。私はきっと戦いに勝つ。そして必ず帰ってくるわ」

 ケイ少佐の空元気のせいなのか、和田中尉はケイ少佐の考えに違和感を感じていた。そう十年前に会ったばかりの頃のセリア・ケイの考えることとは、何かが違っていた。

 その後、ドラゴン殲滅戦に向かない車両を使用するケイ少佐の中隊は、その特異的な存在から瞬く間に統合軍内に噂が広がってしまった。このため、多くの人がエマ・ブランドの部隊として冷笑されるネタにされてしまったのである。エマはフランスでいちばん人気がある女の子の名前であり、エマ・ブランドとはすなわち女の子の遊びに過ぎないと皮肉っているのである。ケイ少佐にとって、もっとも大事なのは装備ではなく、操作する側の人間なのであるというのが建前であるが、彼女の本当の意図は別にあったことなど誰も気づくことはなかった。


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