77
あれから10日が経ち、学園入学の朝。
王宮生活解放の朝である。
王宮での10日間は長かった。精神修行の連続だった。
レオナルドと王妃様のどす黒い笑顔に騙されたような形で白薔薇の間に滞在したが……
朝から晩までレオナルドが側にいる。
一人になれるのは御手洗いとお風呂と寝るときのみ。
朝。目を覚ますと果樹水を手に持ち、朝日に照らされたキラキラ眩しいとびっっきりの笑顔でベッド脇に座っていた。
着替えを済まして部屋を出ると扉の前にいる。
食事の際も隣をキープ。どこへ行くにも隣をキープ。
王妃様の執務室にも何故かいる。
ずっといるから無効化はバレちゃったかも……と思う……鋭い人だし。気付いていないのを願うのみ。
王妃様はレオナルドの存在を黙認して何も言わない。大公様も通常通り。国王様は苦言を言ったけれど王妃様の鋭い眼光に負けて同じく黙認。
いつの間にか王太子専用の執務室机が置かれていて山のように重なっている書類を手際よく捌いている。
真剣な眼差しで取り組む姿はやはり王太子である。国王のサポート役であり代理で公務をしなければならないときが多いと聞く。
仕事をしていてもこちらのことが気になるようで、数分おきにチラチラと安否確認をしては机に向かい勢いよくペンをはしらせている。ひたすらそれの繰り返しである。
忙しい身分なのだから公務に集中すればいいのに。
普段の仕事とアモーレ関係の処理が大変なんだろうなと思いつつ少しばかり気になった。
裏ヒロインのアモーレの現在の状況、攻略対象や周りの変化など諸々を知りたい。あの机にアモーレ情報はないかもしれない。それでも気になり出したら確認しないとダメな生き物。それが人間なんだと訳のわからない持論で自分自身を納得させる。
休憩する振りをしながら……あくまでもさりげな~くチラ見してこようと席を立った。何故ならば今がチャンスであるから……
数分前からレオナルドは席を離れ退室している。
執務室前の廊下から声がするので誰かと話をしているようだ。
机に広げられた紙の束と日記のような本を放置したまま。ということでそれらをチラリと盗み見た。
あぁぁー……見なければ良かった。見てから死ぬほど後悔してしまった……
ここにはアモーレの情報は一切ない。勿論公務の書類も存在してなかった。
綺麗な文字で記されたアリシアの行動記録と称した観察日記の数々。時間と行動が事細かに記されている。しかも絵柄付き。小学生の夏休みの宿題かー!と思ってしまう。
そのあとも相変わらず、朝も昼も夕方もおやつの時間も空いた時間も何処までもついてくる。
はじめは御手洗いにも付いてきた。さすがに中には入ることはなかったけど少し離れた所で入り口をジーっとみていた……お風呂も同じである。
これをストーカーって言うんだよ。犯罪だよ!と教えてあげたい。
王宮務めの使用人たちが私に向ける哀れみの瞳が忘れられない。
私の所にいないで仕事したら?と文句を言ったら『アリシア専属護衛の任を母上から申し付けられた。いかなる時も側で護り、支えるようにと。君から離れることを禁じられている』と論破される。
王太子自らしがない令嬢の護衛ってあり得ない。““自分よりも強い者がいればこの大事な任を解けるんだけどな~””とかなんとか言ってた。
もう……3日目辺りから諦めることにした。
王宮務めの人たちも常に二人でいる姿に慣れたようだ。寧ろあたたか~い目を向けてくる。
““殿下の穏やかな表情は幼いとき以来だ!漂う雰囲気も柔らかく……時折微笑んで下さる!!アリシアお嬢様がいらっしゃるから!!””と感謝までされた。
とある日の夜中。
なかなか寝付けなくて本を読んでいたときのこと。ふわりと突如姿を現した巨大な生き物。
危なく悲鳴をあげるところだった。問題があったら最後……夜もレオナルドが張り付く事態になってしまう。
巨大な生き物は艶のある黒毛にキラキラの美しい金の瞳を持つ素敵な子。名前は黒蓮。レンちゃんと呼ぶことにした。
愛らしい表情でこちらを見つめている。姿は大型犬のグレートピレニーズに似ている。
なによりもおしゃべりが出来る。可愛いらしい見た目なのに偉そうなおじいちゃんみたいな喋り方に笑いが止まらない。
ものの数分で仲良くなった二人。
レンちゃんはドラゴンレアールの神獣で大公様が管理している森に住んでいる。因みにもふもふちゃんたちとも知り合いみたい。
うちのもふもふちゃんたちはおしゃべりをしないから表情をみて判断している。意思疎通が出来るのは嬉しい。国によって存在する精霊が違うのだろう。
レンちゃんは物知りでこの国のことや他所の国や町のこと、精霊や神獣がいる神秘の森のことを教えてくれた。
話の面白ろさと気兼ねなく久しぶりに弾けて話をしていたら、自分の声粒が大きくなっていることに気付く。隣室のレオナルドに聞こえてしまうのでは!とこそこそ話に切り換えた。
しかし、レンちゃんいわく……隣にはレオナルドはいなくて、毎夜、執務室に籠り鬼の形相で公務をこなしているのだとか。私のことはほっといて日中やればいいのに……と思う。
しかも、この部屋に最上級の保護魔法を掛けているから小さな虫一匹でも侵入すれば駆けつけて始末しにくるようだ。徹底してる。
レンちゃんはバレないのかな?って疑問だったけど『我は別格なり!』とどや顔をしていた。
レオはいつ寝てるんだろうか。体壊すんじゃない?と心配が顔にでていたのか、
『案ずるな。そもそも我が友は幼き頃より余り寝ておらん。数時間程仮眠を取れば何日でも寝ずに持つのだ。現在はそなたが側に居る故に力が漲っているようだな。止めどなく溢れ出す力を夜な夜な机に向かいて発散させておるのだろう。そなたが気にするでない。』
レオナルドの驚愕の睡眠時間に開いた口が塞がらない。
あらためて竜の血凄い!と思った。
アリシアの睡眠時間は毎日きちんと8時間。
早く寝ても、遅く寝てもぴったり8時間後に目覚める。小さい頃からずっとそう。寝ないで動けるのは得した気分にはなるけど、夢の世界を楽しめないなんてなんか可哀想だなとレオナルドに小さく同情。
もしかしたら痣の呪いもあって寝れないのかもしれない。枕に光魔法をこめて安眠枕を作って送ってあげようと密かに思った。
毎夜遊びに来てくれる素敵なお友達のお陰で日中のプチストレスが癒された。
予定していたよりも早く全て徽章の無効化を掛け終わったことで、そそくさと帰宅の準備を始めていたら王妃様の引き留めが凄すぎて帰る機会を逃してしまった。
そして今現在……
ようやくクリストファーが馬車で迎えに来てくれた。一度公爵家に戻り、準備をしたらすぐに学園に出発する。
レオナルドが学園まで同じ馬車で行こう!と派手なロイヤル馬車を持って現れたが即お断り。王宮生活のお礼をさらーっと済ませ公爵家の馬車に乗り別れを告げた。
「あーー………。疲れました……。お兄様お久しぶりです。お会いしたかったてす。」
緊張の糸が切れたアリシアは馬車の中で全身の力を抜いて背もたれにしなだれかかる。
『随分お疲れだね?あちらの国と違った文化を楽しむ余裕はなかったの?アリィの好きそうな物が沢山あったでしょう?』
「えぇ。確かに惹かれるところは多かったのてすが……レオが……ずーっと側にいるので落ち着いて過ごせませんでした。
どうやら妹のような私をひどく心配しているみたいで……
お兄様方以上に過保護な生活を強いられました……お兄様って結構厄介な存在だと身を持って学んできました。
王宮の外には一切出られないし、限られた人としか会えないですし、……どちらかと言うと私は今まで自由にしていたので……帰りたい……」
舞踏会前の自由にのびのびした生活が何十年も前のことのように感じた。
窓から見える生き生きとした生活している街の人達を羨ましそうに生気の抜けた瞳で眺めていた。
『まぁ、レオナルド殿下の気持ちもわかるよ。妹という存在はかけがえのない宝物のようなものだよ。
特にアリィはジッとしていないから常に見張っていないと……兄とは可愛い妹の為に危険や困難を取り除き守ってあげなくては!と本能的に反応してしまう生き物だからね。
今までだって私も兄上もアリィの安全だけを心配し見守っているのわかっているよね?無償の愛と言うやつだ!』
「…………。」
《お兄様たちの愛は果てしなく重い……》せめて人権侵害とストーカー行為はやめてほしいと切に願う。
『レオナルド殿下に““妹をくれぐれも宜しく頼みます””とアリィの面倒をお任せしたんだ!私との約束をしっかりと守ってくれたんだよ。』
レオの謎の行動はクリストファーのせいだった。
《もう!守ってもらわなくても大丈夫なのにー》頬をぷくーっとさせて抗議の目を向けた。
『……それに父上、母上もアリィが事件に巻き込まれたと報告をしたらとても心配していた。アリィの成人に会えないことを残念がっていた。だからそんな顔しないの。』
頭をポンポンと優しく撫でて宥める。
《……お父様とお母様、そしてアルお兄様元気かな。お祝い嬉しいな。プレゼントは私が欲しいと言っていた魔法の時計かな。それともエメラドーナで改良されたワレビの布かな?》
ワレビの布とはワラビという動物の黄金の毛を加工した布地である。この金色の布地は加工が難しい。改良された布は日の辺り方で様々な色に変化する不思議な美しい布である。
現物が欲しいとお願いしていた。布を使って何を作ろうかと頭の中に様々な図案が拡がっていく。プレゼントはワレビに違いない!と気分が回復していく。
「……。しばらくは自由に過ごすお許し下さいね?そうしたら大人しくお父様とお母様からのお祝いを楽しみに待っていますから。」
““よろしいですよね?””と久しぶりの上目遣いで見つめる。おめめをパチパチさせれば……
よしよしと更に頭を撫でてくれる。
しばらくは自分の好きなことがめいっぱいすることにしよう。




