66 【 リカルドside ~No.3~ 】
王太子殿下とアリシア嬢は仲良く視線を合わせながら、楽しそうに談笑していた。
見たことのない弾けんばかりの笑顔で女性と一緒にいる姿に公子たちも驚きを隠せず二人の様子を愕然として眺めていた。
私達が控えている場からお二人とは距離があり、話の内容までは聞こえないが、時折、顔を近付け話をしたり手を繋ぎ見つめ合っている。
王太子殿下から醸し出される暖かい雰囲気をみると、お二人が相思相愛な関係であるのだと伺える。二人の熱々ぶりに見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
私達の一歩前にいらっしゃるセルカーク殿下は、笑みを浮かべてはいるがその瞳を鋭く光らせていた。
『レオ兄様……何で……公爵令嬢なんかに……笑いかけて……』と蚊の鳴くような声が聞こえてくる。
怒りと不安、戸惑いのこもった視線を向けていた。
あのご令嬢が王太子殿下が想いを寄せている特別な方であるとお教えして差し上げたい……
そんな気持ちでうずうずしていると王太子殿下からお声が掛かる。
近くで見るアリシア嬢は驚くほど美しかった。
日の光のように輝くふんわりとした金の髪を横に束ねている。あの紫の花も美しく存在している。
長い睫毛に最上級のアメシストの宝石を埋め込んだようなキラキラした瞳。バラのように赤い唇に雪のように白く透き通る肌。細い腕や足はすらりと長く、全身がきゅっと小さく儚げであり、私の庇護欲を掻き立てる。
凛と美しい容姿の見た目とは裏腹に先程の愛らしい行動を思い出す。挨拶をしてみて感じたのは、明るく、素直で純粋無垢な女性。人懐っこい性格なのだろうか笑顔で握手を求められたのには驚いた。
距離が近すぎて困惑し、私の心臓がドクンドクンと波打っている。普段女性に触れる機会がないから変な緊張をしてしまったようだと自分に言い聞かせる。
王太子殿下に素晴らしい存在が現れたことに感謝だ。お二人がいらっしゃればこの先も我が国は安泰だろう。
何より幸せそうな殿下の姿をみられるのは友として嬉しい限りだ。
いつか私にもそんな相手が現れるのだろうか……こころ引かれる女性が……。あぁ……殿下がうらやましい……
??……なんだか変だぞ……胸が ““ズキッ”” と小さく痛む。何故痛むのだろうか?自分でもわからなかった。
それから暫くして、この度王太子殿下の側近になったグランツ公爵子息のクリストファー・グランツが遅れて姿を現わした。
未来のグランツ公爵で我が国の宰相になる人だ。これから力を合わせ王太子殿下を共にお支えし、次代のドラゴンレアール国を盛り上げていく仲間である。
自分より二つ下とは思えないほど博識で、彼の話は面白く、実直で真面目な青年だ。グランツ公爵に似て人を惹き付ける魅力溢れる公子であった。
人を和ませる穏やかな雰囲気や美しい容姿、心の清らかさはやはり兄妹なのだと思った。
その後も皆で和気藹々と楽しい時間を過ごしていたのだが……
““ バタン!!!””
突然大きな音をたて重厚な扉が勢いよく開いた。
この場所は王族と許された者しか入室は許されておらず、扉の前には腕の立つ護衛らが待機している。他の王族方が入室される場合であっても、必ず先触れがあり断りなく扉が開らかれるなど有り得ないのだ。
そんな扉が開いたのだ……王太子殿下の暗殺が頭を過る。
昔に比べれば数は減ったが、今もお命を狙う輩がいる。
大公家が王位継承を退いてからも王太子殿下を廃して、セルカーク殿下を皇位につかせようと考える愚か者が多々いるのだ。
王太子殿下を護り囲むように私達は前に出る。剣をいつでも抜ける態勢に構えて入室してきた者に射るような視線を向けた。
『 誰だ!!』セルカーク殿下が声を荒らげる。
『『あら!ごめんなさ~い!間違えちゃったみたい★てへぺろ!』』
現れたのはピンク色の瞳と髪を二つに結んでいる女だった。
女は悪びれた様子もなく甘ったるい声を出しくねくねしている。裏がありそうな薄気味悪い笑みを浮かべながら、コツンと自身の頭に右手を持っていき首をかしげている。
なんだ?この女は?
『お前は何者だ。この場は限られた者しか立ち入ることのできぬ場である。なぜお前のような者がここに入れたのだ。説明しろ。』
厳しくセルカーク殿下が問うが女は余裕そうにへらへらとはなし始めた。
『『えー説明しろって言われても……扉にいた騎士さんがどうぞって入れてくれたんだよ~!アモちゃん悪くないのに~お兄さん超こわたん!!アモちゃん泣いちゃうよ……ぴえん……』』
一体護衛たちは何をしているのか!こんな訳のわからない女を通すとは……許されない!王宮内の警備は近衛の担当だろう!!とアクアジークの方に目をやると、部下の失態に憤り、怒りが溢れ出ていた。
『何を訳のわからぬことを言ってるんだ。この場から早く立ち去れ。でないと処罰の対象にするぞ。』
セルカーク殿下が更に語尾を強めて言うのだが……
『『やだーお兄さんまじこわたん。アモちゃんまだこっち来たばっかでマナーとか知らないし~イベントの為にガンダしてきてあげたのにマジがんなえだわー。アモちゃんもう帰る。じゃあねー!』』
一体なんだったんだ……初めて見る女。どこの令嬢なんだ?何故ここに入れた?ただの頭の可笑しいだけの女か?
それとも外国の者か?……いや招待客は国内の貴族だけだ。紛れ込むなどあり得ない。しかしあの女の言葉は帝国語以外のものも混ざっていたよな。半分以上も理解できなかったが……どこの国の言葉なのだろうか……
エリックも聞いたことのない言語だったと言っている。
まぁ、すぐに立ち去ったし実害がなければ大丈夫だろう。それにセルカーク殿下の影が動いているようだから女の正体はすぐにわかるはずだ。
王太子殿下の側にいたアリシア嬢に目をやると、真っ青な顔でで小刻みに震えている。席に座ってからも表情は変わらない。あの女を知っているのだろうか……
あの女の言語について話している際も一人不安そうにしていた。走り去っていった会場下の様子を険しく、強張った表情を浮かべて警戒しているように見える。
小さな白い手を胸の辺りで祈るように組んでいてその手が震えている。
私もアリシア嬢の様子から女の行方が気になり会場を見渡す。異様な雰囲気が漂っていて、子息令嬢達が1ヶ所に集まり言い争いをしていた。
その中心にはピンク色の頭がみえた。
私はその状況に全身を鋭く傾けて事態の様子を感じとる。
令嬢達が““ 非常識だ!恥を知れ! ””と女に向かって批難していた。
一方で子息たちは女を守るように令嬢達と対峙している。
両者のにらみ合いや罵り合いが続き、どんどん過熱していく。
大人たちは子供同士の争いには見て見ぬふりをしていた。
成人を迎えたということは大人とみなされる。出来るだけ自分で考え行動することが求められる。
下手に親が入ってしまうと家同士の争いに発展してしまう可能性があるかもしれないから関わりたくないのだ。
そもそも公を場での争いは初めてではないか?今までも小さないざこざや、妬み、恨みによる嫌がらせは多少あったが、ここまで大々的に揉めるなど考えられない。何かがおかしい……
親たちはこれ以上過激なことをしないか……息子、娘の振舞いに内心ヒヤヒヤしているだろうな。
国王陛下も王妃陛下も面白そうなことが起こっていると興味深そうにしていて、楽しそうな表情でみていらっしゃるからもう少し様子をみていても問題はないだろう。
まったく……立場のある貴族子息令嬢がこのようなお祝いの場所で何をしているのだろうか……とこれからの王国の未来を考えると頭が痛くなってくる。
王太子殿下も困ったように苦笑いをしていた。
しかしアリシア嬢は違った。不安な瞳をさせながらも会場の様子をどうにかしたいと王太子殿下に訴え始めた。ならば自ら行って場を収めてくると……
「ねぇ、レオ……この状態は余りよくないような気がするの誰かが止めないとせっかくのこの舞踏会が台無しになってしまうわ。アモーレ嬢は少し変わった方のようですし、ご子息方の様子もおかしいように感じます。そうだわ!私が行って来ますわ!お許しくださいますか?」
周りのことを考えられる優しい心を持ち併せた方なのだろう。
だとしても、成人を迎えたばかりの聡明で、か弱い女性をこんな馬鹿げたことに関わらせたくない。巻き込まれる可能性だってある。王太子殿下も同じ考えのようだった。
『駄目だ!!それは認められない。わかった……私が行こう。アリシアはここにいなさい。皆、行くぞ!』
争いを止めに入った王太子殿下と我々公子達の登場で令嬢達の興奮が加速していく。話は聞かず、べたべたと体を触り近付いてくる。熱い眼差しを向けていて背筋がぞくりとする。気に入られたいと令嬢の瞳がギラギラと野獣のようだ……気持ちが悪い……勝手に触るな……近寄るな……
我々、誰かの相手に選ばれれば社交界の憧憬の人になれるし、その上次期王妃、大公夫人、公爵夫人の地位も手に入ることになる。近付いて見初められたいのだろう。こんな騒動を起こす令嬢なんか始めからお断りなんだが……欲が深い者たちだ。
女の正体もわかった。周りの者たちの話だとピアニッシモ男爵家の養女アモーレ嬢だった。
ピアニッシモ男爵は正妻を1ヶ月前に事故で失くし、愛人として囲っていた平民の娼婦を後妻に迎えたようだ。
厳格な性格であった男爵が愛人を持っていたのには社交界中が驚いた。愛人を囲うようになってから様子がおかしくなったと周囲から距離を取られていると聞いた。
手のひらで男をコロコロと転がす悪どい女などと言われていて、余りいい噂を聞かない母娘らしい。
やはり……真っ直ぐで純粋な年頃の女性は一人しかいないのだなとアリシア嬢がいるであろう王族専用の場所に目をやる。
ん?…………いない!?どこに……まさか降りてきた?もしかしたら……この場にいるのではないか!?
辺りを注意深く見渡すがアリシア嬢の姿は見えない。やはり上にいるだろう、大丈夫だと自分に言い聞かせていたときだった。
私たちから少し離れた場所に先ほどまで揉めていた子息達が集まっていて、物凄い殺気と冷ややかな目線を一点に集中させていた。
その中心にいたのは怯え震えながらペタりと座りこんで身動きがとれずにいるアリシア嬢の姿だった。大勢の子息達に取り囲まれていているのが目に留まり焦る。睨み付ける子息たちの威圧感は半端ない。
あのままでは危害を加える可能性があると判断し王太子殿下にお伝えし助けに行かなければならない。
『あの……でん……か……』と言い掛けて側まで近付いた次の瞬間……
『『キャ~~~~★★わ♡た♡し♡を♡う♡け♡と♡め♡て~~♡♡』』
気味の悪い猫なで声が聞こえたかと思えば、前方にいた王太子殿下の体が横へさらりと何かを避けた。
そして突然……私の目の前にピンク色の髪のあの変な女が飛び込んできた。それを咄嗟に受け止めてしまったのだ。
その瞬間……
““バチン!!””と頭の中で何かが弾ける音がした……




