第98話 新魔法と、帰還者たち
「あ、いや、ちょっと待てよ?」
ライアスを受け持つという話を受け入れた後で、俺はふとあることに気づいた。
「つまりしばらくの間、俺がマルク・マギカに滞在するってことだよな……」
「無論、こちらで衣食住に関しては提供する予定だ。精一杯もてなさせてくれ」
「あー、いや……それはそれでありがたいんだが……」
正直、レヴィ女王のおもてなしの豪華さも気になるものの、心配しているのは別のこと。
「流石に長期間教室を不在にするのはなぁ……」
そう、今現在いるこの教室の事だ。
「先生はこの教室の責任者ですから……流石に長期間空けるというのは……」
「だよなぁ。かといってサナの時みたいに、まさか教室を休みにするわけにもいかねえし……」
イヴに教室を任せて、もしもの場合は手紙を寄越してもらう……とかか?
と、そんなことを考えているとき、口を開いたのはムゥだった。
「方法、ある」
「え? どうすんだ?」
「新魔法、使う」
「新……魔法? あれか? 前にシンシアと一緒にやってた空間を繋げるとかいう……」
つい先日この教室を卒業していったシンシア。
卒業する瞬間でさえも、『まだ、まだ私にムゥ先生の布教を~!』と泣いていた狂信者と一緒に、ムゥが実験していた魔法を思い出した。
確か、魔塔で勇者の一人がヒントを書いた紙をムゥが解析して、新たに創造した魔法。
防御寄りのもので、収納魔法と同じように空間に亀裂を開くものだったはずだ。
ただ収納魔法だとその中に魔法や斬撃を入れると空間ごと壊れるが、ムゥの新魔法はそれを別の場所に出口を設定することで逃がし、無力化する、みたいな感じだったと思う。
もはや内容が意味不明過ぎて、はえー、すっげえなぁ、ムゥは。みたいなことを言った気がしたが。
「教室、別の場所、新魔法、繋ぐ。その間、一気に、移動する」
「あー……ワープみたいなもんか…………はぁ!? そんなことできんのか!?」
え、それクッソ便利じゃん。どこでも行けるじゃん。もっと早く言えよ。
そう思って驚いてムゥを見てみると、彼女は首を横に振った。
いや、できねえのかよ。どういうことやねん。
「理論上、可能。今は、まだ」
「ま、まてまてムゥくん……そんな事がもしもできたら、世界的にあまりにも大きい偉業になるぞ」
アガートさんの言う通りだ。さっき俺も思ったことだが、もしムゥのいうワープ魔法が完成したら、移動時間をぐっと減らせる。
それこそ他国に救援を送るときに、とても重宝するだろう。
「無理」
しかしムゥは、そんな人類の希望をばっさりと切り捨てた。
「理論上、運搬、多分、最大三人。繋ぐ場所、決まる」
「大人数は無理で、使える場所も限られるってことか……」
「ん。多分、ここ、あと魔塔」
教室と魔塔を繋げるだけでも十分すぎる成果だ。
シエルエイラとマルク・マギカを行き来できるだけでも十分だろう。
それができるなら、ぜひともやって欲しい。
アガートさんやレヴィさんも、目を輝かせてムゥを見ていた。
けれどムゥは、それらの視線は無視して俺に目を向ける。
「エンデー」
「あ?」
「やっていい?」
「あ? なんで俺に聞くんだ? まあやっていいぞ」
そういうと、ムゥは少しだけ口角を上げて、俺の袖をちょこんと摘まんだ。
「エンデー、協力」
「ああ、いいぞ。お前と協力するの、久しぶりだな」
少し懐かしい気持ちになってしみじみとしていると、反対側からも声が響いた。
「せ、先生、私も協力します!」
「おお、確かに三人でやれば早いかもなぁ……前回は二人だったけど、三人で魔法を弄繰り回すのも楽しそうだ」
「「…………」」
二人は答えてくれなかったものの、同じ気持ちだろう。
そう思い、俺はレヴィさんに再び視線を向けた。
「そういうわけで、ちょっと時間をもらってもいいか? ムゥの魔法が完成次第、向かうからよ」
「あ、ああ……もちろん急いでいるわけじゃないから構わないが……なんというか……君は……ふっ、アガートの言っていたことが分かった気がしたよ」
「???」
いまいちよく分からなかったものの、とりあえず問題はないようだ。
ムゥの新魔法が移動の手間を省いてくれることで問題点は全て消えた。
これでレヴィさんとの話はひとまず終わり、俺たちは新魔法の開発に精を出すことになる。
ちなみに、前金でレヴィさんから貰った金は中々の金額で、めちゃくちゃテンションが上がったりした。
◆◆◆
ムゥが考案した新魔法は、間違いなく画期的なものだ。
いくら元となる魔法が既にあるとはいえ、それを改良して全く新しいものを作るだなんて。
言っていることは分かるが、それを実行できるあたりムゥは鬼才なんだな、と改めて気づかされる。
イヴとムゥ、そして微力ながらも俺の三人がかりでも新魔法の開発には時間が掛かっていた。
しかし、ムゥ曰くもうほぼほぼ形になりつつあるらしい。
完成の日は近いと、そう感じていた。
そんなわけで次第に新魔法が完成しつつあったある日の夕方のこと。
俺は不意に、校舎の玄関口が開く音を聞いた。
『えー!? すっごい……廊下伸びてる……』
『イッテツさんが作ってくださったのでしょうか……まあ、教室も増えていますね』
そして聞き覚えのある、懐かしさを感じる声を聞いた。
同時、嫌な予感が急速に湧き上がってくる。
いや、まさか……そんな。
『ここかしら?』
少々生意気な声が響き、部屋の扉がスライドして開く。
現れたのは、勝気な目をした僧侶の少女。
やや大人びたその姿には、確かに面影がある。
その後ろから入ってくる女性二人、そして最後に入ってきた男性にも見覚えがあった。
「先生! お久しぶりです!」
「……ああ、久しぶりだな。ルイ」
努めて冷静に返した。 部屋に入ってきたのは冒険者パーティ『星の牙』。
この教室で以前俺とイヴが教えた元教え子達だ。
そして元気よく挨拶をしてくれたのは、その中でも俺が直接教えたルイだった。
なんだろう、背中がひんやりする。
この感覚、覚えがある気がする。いやでも、まさかそんなわけはない。
きっと。そうだきっと。
「ち、近くを通ったから久しぶりに寄ってみただけなんだよな? な?」
「いえ、以前の誓いを果たしに来ました!」
「ち、誓い?」
え? そんな大それたことしたっけ? 君。
そう思った後で。
「先生、僕たち『星の牙』を、この教室で教師として雇ってください!」
ルイの言葉を聞いて、俺は天を仰いだ。
何かが崩れ去る音が、頭の中で響いた。




