第94話 間章:各国首脳会談(議題、英雄作成教室)
時間だ。
私はそう思い、部屋へと足を踏み入れる。
今日、この時間は各国の王との会談の刻。
シエルエイラ国の国王である私。
マルク・マギカ国のレヴィミール・ミストルティン魔法王。
セイラン国のリュウガ・コンゴウ王。
そしてアーセラス聖国のシルビア・プロミア聖王。
席に座り、マルク・マギカ産の特製装置を起動すれば、私以外の三人の場所に光が浮かび上がる。
「おや、私が最後か。待たせたようですまない」
あいさつ代わりに軽い謝罪をした。
いつもならレヴィ女王辺りから嫌味の一つでも言われそうなものだが、それはなかった。
『待ったぞ、アガート』
『お忙しいところ、お疲れ様です。アガート陛下』
『…………』
「ああ、久しぶりの会談だね……ん?」
首を傾げ、三人の席に浮かぶ光を見る。
リュウガ王とシルビア聖王の声はいつも通りだ。
一方で、レヴィ女王からの返事はなかった。
その沈黙になぜか嫌な予感を感じ、背中が冷たくなる。
その悪い予感を無視して、いつも通りに進行役に徹しようとした。
「さ、さて……早速だが会談を始めよう。まずは――」
『アガート』
そんな私の言葉を、レヴィ女王が遮った。
「……なにかな?」
『一つ、聞きたいことがある』
「どうぞ」
そう答えたものの、嫌な予感は消えることはなかった。
『貴様の国にあるエステルの街外れの教室についてだ』
「っ!?」
『!?』
レヴィ女王の言葉が突然すぎて、思わず反応してしまった。
何故かリュウガ王も驚いた声を出している。
声を発さなかったのは、エンディさんと関わりが今のところないシルビア聖王だけ。
『調べたぞ……素晴らしい教室があるそうじゃないか。私の国で魔塔教授を務めていたムゥ・アスガルドが在籍しているのみならず、彼女に匹敵する人材が他にもいるとか』
「…………」
『?? 何の話ですか?』
唯一話を飲み込めていないシルビア聖王を置いて、リュウガ王が今度は発言した。
『アガート、俺も少し聞きたいことがある。以前協力したエンディ・スカイグラス殿……彼こそが魔法王の言った教室の長ではないか?』
「…………」
こちらもまた、レヴィ女王と同じで確信があるのに尋ねている。
二人の言葉を聞いて、シルビア聖王も合点がいったようだった。
『ああ、噂になっている教室ですか……小耳に挟んだことがあります』
『ふん、自分の国に閉じこもっている優等生は相変わらず情報が遅いようだな』
『あらあらレヴィ女王陛下。以前から言っていますが、そのような発言は国の威信を低下させますよ?』
『何を馬鹿なことを。私たちがいなければ魔災を防げんくせして』
『そういった意味では、私達が予知しなければ被害は大きくなるのですが?』
いつものように口論を始める険悪な仲の二人。
仲裁するのは私の役目だが、今回は下手をすれば一気に糾弾されかねない。
しかたなく、正直に話すことにした。
「……まず、かの教室についてここで話さなかったことは詫びよう。とはいえ分かって欲しいのは、何も独占しようとしたわけではない」
『どうだか。自国内にそのような教室ができれば囲いたくなるのが普通だろう。現に後ろ盾になっているではないか』
「そうは言うがな、あの教室を適当な貴族に渡す方が危険だ……こほんっ。一旦それは置いておくとして、近いうちに件の教室については話すつもりだった」
元々その気だったために、すらすらと言葉が出てくる。
「ただその際に、かの教室の長たるエンディ殿と友好な関係を築くことに重点を置いていた。あの教室の要はエンディ殿であり、レヴィが言っているムゥくんも、もう一人……こちらはイヴくんというのだが……も彼を慕っている。一方で、彼は自由を愛する人物だ」
それと同じくらい金銭も愛していそうだが、それは今は省略した。
ふぅー、と息を吐き、ひらめいた案を述べる。この場を収めるための一手を。
「私はエンディ殿と一つ、約束事を交わしている。もしも将来、教えて欲しい者が現れた場合、それをエンディ殿に相談する権利だ。ただし、その者を生徒として受け持つかはエンディ殿が決める」
『? かの教室は生徒を普通に募集していると聞きましたが?』
シルビア聖王の言葉に、私は首を横に振った。
「それは彼以外の教師……ムゥくんやイヴくんの生徒だ。もちろん彼女たちの教育を受けられるだけでも恩恵は大きいのは間違いない……だが、そもそもその二人を育て上げたのがエンディ殿だ」
そして告げる。おそらく彼らの目の色が変わるであろう言葉を。
「元々はFランクで燻ぶっていたイヴくんを指導し、『勇者』クラスまで押し上げた。魔法学校では落ちこぼれだったムゥくんを指導し、魔塔教授にまで成長させた。そんなエンディ殿の授業を受けられる可能性を、私は所持している」
『『『!!??』』』
三人が息を呑み……おそらくは考え込んでいるのだろう。
『ふむ……確かにムゥ魔塔教授からは底知れぬ力を感じた……』
『あのツカサが畏れるほどの者を育てたのが……エンディ殿……』
『そういえばガイア特務師団長もイヴという女性の名前を報告書で上げていました。ワイバーンの群れを倒すほどの実力者である彼女を育てたのが……』
ここだと思い、私は三人に告げる。
「どうだろうか。私は今、エンディ殿に頼みたい人材が思い浮かばない。だがお三方にそれぞれ一度、エンディ殿に生徒を紹介する機会を贈呈したい。我ら四人がそれぞれ一回、エンディ殿に依頼できる。無論、受けるかどうかはエンディ殿次第だ。あくまでも依頼の権利だけ。生徒によってはエンディ殿が辞退する場合もあるだろう。だが噛み合えば……その時は……」
今三人の中にはそれぞれが出会った、あるいは又聞きしたエンディさんの教え子が居るはず。
その権利を、彼らが欲しがらない筈がない。
『なるほど良い落としどころだ……そういうことなら、隠していた件はこれ以上追求しないでおこう』
「レヴィ、私は別に隠してなどいない」
『どうだかな……まあ良い』
『強者を育て上げたエンディ殿の授業を受けられるというのは、確かに喉から手が出るほど欲しい権利だ。俺はありがたく頂戴しよう』
話題を出したレヴィ女王もリュウガ王も、納得した声を出してくれた。
『アガート陛下、お聞きしたいことがあります。先ほど、イヴという女性は最初はFランクだった。そしてムゥという女性は落ちこぼれだったとおっしゃっていましたが、それは本当ですか?』
一方で、シルビア聖王は意外なことを尋ねてきた。
頷き、詳細を説明する。
「ああ、そう聞いている。いずれも伸び悩んでいた時期もあったが、エンディ殿はその問題を解決し、彼女たちを今の高みまで導いたと」
いずれもイヴくんやムゥくんから聞いた言葉だ。
生徒本人が言うからこそ、説得力もあった。
シルビア聖王は少し考えたのちに、厳かな声を出す。
『アガート陛下、今すぐそのエンディ様にご依頼したい生徒が――』
『馬鹿者』
シルビア聖王の言葉を遮ったのは、レヴィ女王だった。
『この件に関しては私が一番だ。他には譲らん』
『し、しかし――』
『これだから頭の固いだけの優等生は……この一件、誰よりも早く調べ始めたのは私だ。アガートにここで最初に尋ねたのも私。であるならば、エンディ殿への権利行使の順番もおのずと決まるというものだろう。むしろ感謝して欲しいものだ。裏でアガートに手紙を送り、かの権利を独占することもできたのに、それをわざわざこの場まで待ったのだから』
『で、ですが、私にはどうしても――』
『貴様だけがエンディ殿に縋りたいなどと思うなよ』
『っ!?』
いつもは平行線なシルビア聖王とレヴィ女王の言い争い。
けれど今回の口論は圧倒的にレヴィ女王の勝利だった。
それ以上に、二人の言葉にはいつも以上の感情が乗っているように思えた。
シルビア聖王は分からないが、レヴィ女王が声を荒げるのも分からなくはない。
おそらく、彼女は。
『……すまない、言いすぎた。だが私としては、この一件だけは譲れない。各国に共有しつつも、一番最初という順番だけは』
『……分かりました。今回の一件はレヴィ女王の発言が元。順番を譲りましょう』
『感謝する。……アガート、一番目としてエンディ殿に取次ぎを頼みたい……依頼したいのは私の孫娘、ライアス・ミストルティンだ』
予想通りの名前に、どう返してよいか分からなくなる。
返答に困っていると、レヴィ女王は沈んだ声で言葉を続けた。
『最初は私がエンディ殿と話をしよう。特殊な事例になることは百も承知だ。だからこそ、誠心誠意エンディ殿には頼むつもりだ。頼む、アガート』
「……分かった。だが受け入れるかどうかは先ほども言ったがエンディ殿次第だ。そして彼が受け入れなかったとしても、彼を恨むのは筋違いだ」
『分かっているとも……恨むのはいつだって、私自身だ』
「…………」
一番目の予定が決まったところで、シルビア聖王がすぐに声をあげた。
『リュウガ陛下、アガート陛下……二番目を私に譲ってはもらえないでしょうか』
声しか聞こえないけれど、彼女の目が縋るように私達に向いているのが分かった。
『俺は構わんぞ。思いつく奴も今は居ないしな』
「あ、ああ……私もだ」
シルビア聖王の言っているのが誰だか分からなかったものの、彼女にしては珍しく感情が揺らいでいる。
私とリュウガ王が返答してようやく、シルビア聖王は息を吐いた。
この後、私達四人はそれぞれの国の内情や各国の連携についての話を普段通りに行った。
会談はつつがなく進行し、無事に終わりを迎える。
特殊な装置を切ってようやく、私は息を吐くことができた。
「……今日は一段と疲れたな」
魔物が溢れ、天から災いが降る地獄のような世界。
その中で、我ら世界の四大国は手を取り合ってきた。
もちろん、毎回の会談は長時間になるし、疲労も溜まる。
けれど今回は、それとは一味違った疲労が体に圧し掛かっていた。
「まずはエンディさんの元へ伺い、レヴィとの話の場を設けるところからか……それにしても」
今回の会談で、私以外の三ヶ国の王がエンディ殿に注目しているのがよく分かった。
加えて巷では名が知れ渡り始めている。
「英雄作成教室」。その名が世界中に轟くのも時間の問題かもしれない。
現に魔塔ではムゥくんが生徒に指導した魔法式の改良が一つのブームだ。
わが国でも魔法式の改良や戦技の再現に取り組みたい気持ちはある。
だがそのためには、エンディさんやイヴくん、ムゥくんから指導を受ける必要がある。
できるならエンディさんから指導を受けたいが……。
「実力者を指導してくれと頼むのもな……」
例えば宮廷魔導士にして準勇者のシルヴィ・オーバーロードを指導してほしいと頼んでも、彼は受けてくれるかもしれない。
けれどそれでは、彼の指導の神髄を受け継げない気がする。
結局のところ、今までのように兵士の中から有望な者に教室の面接を受けさせて、それで合格し、卒業して戻ってくるのを待つくらいしかできないか。
「エンディさんやイヴくん、ムゥくんを王都の軍にでも招ければよいのだが……無理であろうなぁ……」
そんなことをすれば他国の王三人からの反感もあるだろう。
あまりに過度な干渉はエンディさんの機嫌を損ねる可能性もある。
そうなれば、勇者クラス二人……さらには噂に聞く『星の牙』も敵に回す。
それは最悪中の最悪だが、協力関係にヒビが入るだけでも大きすぎる問題だろう。
そもそもエンディさんはあの教室から拠点を動かさないような、そんな気がした。
「……ふっ」
困っているのは間違いないが、それが逆に嬉しくもある。
悪い内容ではなく良い内容でここまで悩めるなんて、いつ振りだろうか。
「本当にあなたは……どこまで見せてくれるのか……」
やはり私は、あの教室から決して目を離せそうになかった。




