第91話 少女は卒業し、新たな道を歩む
そして、時が流れた。この間、サナはとても熱心に俺の授業を受けた。
刀の授業では熟練度を俺と同じCランクにまで上げ、二刀流も使いこなしている。
イヴ曰く、まだまだ伸びしろがあるとのことで、これから先が本当に楽しみだ。
そしてもう一つの冒険者の知識に関してもイヴと共同で徹底的に仕込んだ。
少し時間が掛かったものの、ソロでやっていくうえで必要なのは、あとは経験くらいだ。
そう、ここで教えられるべきことは教えた。
サナは十分に実力も、心も成長した。もう影のある表情を見せることはない。
つまり、もう旅立つときだ。
「……短いようで長いようで……やっぱり短かったな」
家の前、イヴとムゥと並んだ俺の前には荷物をまとめたサナがいる。
彼女の腰には二振りの刀。二刀流を扱う証だ。
天気は雲一つない晴天。絶好の旅立ち日和だろう。
「サナ、あなたの刀ならまだまだ高みへ行ける。その力を存分に発揮して、世界を見て回るといいわ」
「イヴ先生……はい、いつかイヴ先生のような剣士に……なれるように」
微笑み合うサナとイヴ。同じ刃物を扱う者同士、模擬戦をすることも多かった。
サナのこれからを楽しみにしているのは俺だけじゃない。イヴもだ。
そして、もう一人も。
「サナ、魔法、使えなかった。でも、刀、凄い」
「ムゥ先生……色々家事を教えていただき、ありがとうございます。できれば魔法も使いたかったですが……その代わり、刀で成り上がります」
「うん、頑張って」
ムゥとサナも微笑み合う。この二人は、家に居るときから姉妹のような関係だった。
どちらかというと暴走機関車のムゥにサナが振り回されている形だったが、それもサナにとっては良い思い出だろう。
「……教えられるべきことは全部教えた。あとは……それを発揮するだけだ。今のお前ならかつてのイヴと同じように、あっさり頂点まで行けちまうかもな」
「師匠様……ありがとうございました。師匠様の教えを生かせるよう、精進してまいります」
「ああ……っと、少し待ってろ」
俺はサナをその場に引き留めて家の中へ。
そしてすぐそこの俺の部屋に入り、目当てのものを持って玄関へと戻った。
扉を開けて再びサナの前へ。彼女の前に、一振りの刀を差し出した。
「え? こ、これ……師匠様の……あれ?」
俺の右手と腰に何度も視線を行き来させるサナ。
差し出したのが白い鞘の刀だったから俺の刀だと思ったようだが、俺の腰にはいつもの刀がある。
これは、サナの刀だ。
「イッテツさんに頼んで、ニノテツさんに連絡を取ってもらったんだ。それで似たような刀を作ってもらった」
差し出すと、サナは両手を恐る恐る伸ばす。
そこにゆっくりと置けば、彼女は自分の手の中にある白い刀を揺れる瞳で見ていた。
「う、嬉しいです……師匠様と同じ刀を頂けるなんて……で、ですが、高かったのでは……」
「あー、まあな。……餞別ってやつだ。同じ刀使いとして、な」
「師匠様……」
ぎゅっと、胸に大事そうに刀を抱えるサナ。
そこまで喜んでもらえると、買った甲斐があるってものだ。
「……先生、私にはそんなのありませんでした」
「エンデー、私も」
ただまあ、そりゃあ一人だけ贔屓というわけにはいかないよなということで。
左右から感じる視線に、苦笑いしながら答える。
「分かってる分かってる。お前たちにも常日頃から世話になってるから考えはしたんだ。だがよ、ムゥはムゥで武器なんか使わねえし、イヴは剣持ってるじゃねえか」
もちろんイッテツさんに依頼するときに考えはしたが、用意するものが思いつかなかったのだ。
正直に告げると、ムゥは首を横に振った。
「別に、杖、持てる」
「あ? いやでも無くても――」
「欲しい!」
「分かった分かった……あー、じゃあ今度イッテツさんに頼んでサテツ?さんに杖作ってもらうか」
「でも、実際、見たい」
「あー、マルク・マギカまで行くってことか……遠いから却下だ」
だりぃ、と思って答えると、ムゥは深くため息を吐く。
「別に、今すぐじゃなくて、いい。そのうち」
「うーん……まあ、そのうちな」
「絶対」
「分かった。分かったよ。行くって、そのうち」
「エンデー、お金、だす」
「あ? そりゃそうだろ」
「うん」
なぜか満面の笑みを浮かべて、ムゥは頷いた。
よく分からないものの、特に文句はないらしいし、話も終わったようだ。
「……先生」
「あー、いやイヴは剣持ってるし……」
「今ここで砕いてでも……」
「やめとけ。それ結構良い剣だろ」
「で、ですが……」
サナには刀を渡し、ムゥとは杖を買う約束をした。
この状態で何も買わないのはないな、と思って、妥協案を出すことにした。
「じゃあ、その剣がもし壊れたら、その時は買ってやる。それでいいだろ? 予約ってやつだ」
「よ……やく。ま、まあそういうことなら……」
ムゥと同じように、将来的に買い与えることを約束し、イヴもイヴで納得してくれた。
彼女たちの杖と剣はそれなりに値が張りそうだが、まあいい。それならそれで実は別の考えもある。
(……先生が使ってる武器って、生徒は興味持ったりするんだよなぁ)
同じものでなくても、似たものを例えば教室で購入できるとしたら。
その中で、生徒、教室、武器屋で関わりができる。
関りができれば、教室は中間ということで金が入るかもしれない。
近い将来にイヴ辺りに相談すれば、いい感じのプランが出来るのではないか。
我ながら悪くない考えだ。
「……あの、師匠様」
そんなことを考えていると、サナが声をかけてきた。
左からじっと呆れた目で見るムゥの視線を気にしないようにして、聞き返す。
「どうした?」
「その……一つだけお願いを言っても、良いでしょうか?」
「なんだ?」
聞いたものの、サナは顔を少し赤くして右を見たり左を見たり。
言おうとしているが勇気が出ないような様子だが、黙って待つことにした。
少ししてサナは大きく息を吐く。そして俺をまっすぐに見て、口を開いた。
「さ、サナ・スカイグラスと名乗っても、よろしいでしょうか!?」
大声でそう聞かれ、俺は少し考え、答えた。
「ああ、いいぞ」
「ほ、本当ですか!?」
サナは自分の家に対して良い思い出を持っていない。
クジャクミヤ家の娘というのも、クジャクミヤ家すらも今となっては幻だ。
それを捨てたいのだろう。
冒険者活動をするのに家名があった方が便利というのもある。
それらをすべて解決するために、全く新しい家名を名乗るのは良い案だ。
実際イヴもやった手法だしな。
「…………」
「?」
ちらりと右を見ると、イヴは目を見開いて絶句していた。
一体何に驚いているのか。
「あ、あの、師匠様! も、もう一ついいですか!?」
「お、おお……なんだ?」
大きな声に驚いてサナの方を見ると、彼女はまだ顔を赤くしたまま。
「師匠様の事を……お、お父様と呼んでも……良いでしょうか!?」
「……お?」
おとうさま……? おとうさま……。
「おぉん?」
「も、もちろん公の場では師匠様にしますが、そ、その……こうして家族で居るとき……など……」
「あ、あー……そういうことか……」
これまで偽りの家で偽りの身分で生きてきたサナからすると、俺たちとの関係は大切なもの。
それは普段の授業からでも垣間見ることができた。
つまりサナは家族に憧れているのだ。家族を求めているのだ。
「う、うーん……」
とはいえ……サナにお父様と呼ばれるのはなんというか……嫌というわけじゃないんだが。
サナはそれなりに成長した少女で、俺と年齢差がそこまであるわけじゃない。
いや、前世まで含めれば確かに父と娘くらいの差はあるが。
そしてなにより、その……色々と魅力的な少女でもある。
そんな少女に実の父ではないのにお父様と呼ばれるのは、なんかちょっと危ない感じがするわけで……。
「だ、ダメ……でしょうか? どうか……」
「うーん。ま、まあ……あまり他の人がいない……場所なら?」
色々考えた結果、他に人が居なければまあ、という結論に行きついた。
泣きそうなサナの顔に負けたわけでは……いや、まあちょっとはある。
「サナ、私、お姉さん。お姉様、呼ぶ」
「え……えぇ……?」
そしてこの場で調子に乗ったのは左隣のクソガキことムゥ。
その姿を見て、そしてサナを見て、鼻で笑った。
どう見てもサナがお姉さんでお前が妹だろうが。
「エンデー」
「何も考えてないぞ」
「名前、だけ、呼んだ」
「…………」
ジーッと見てくるので、視線を外して見ないようにした。
「あ、あのサナ? そ、それなら私の事はお母様と……」
「お前は何を言ってるの?」
右隣りのイヴにそう言ったところで、笑い声が聞こえた。
声をの方を見ると、サナがクスクスと笑っていた。
「ごめんなさいイヴ先生……わたくし、イヴ先生と一緒で、譲れないものがありますから」
笑っているけれど、笑っていない。サナの細めた目の奥の瞳は、暗い。
「……へぇ」
「ふーん?」
地を這うような声が、二つ聞こえた。左右から、聞こえた。
なんか今日は晴天なのに空気が重い。どんよりしている。
あれかな? 実は見えないけど曇ってるのかな、なんてことを思って。
「師匠様」
「お、おお……なんだ?」
「これからわたくしは冒険者として頑張ります。もちろんお金も送ります。ただ……もし冒険者として名を馳せたら……また戻ってきてイヴ先生やムゥ先生のように授業をしたいです」
「え、いや……せっかく冒険者で成功したなら、そのまま――」
「わたくしの一生のお願いです。どうか、お願いします。お父様」
「っ……すっー。金……払う……なら……」
退路を断たれた時の気持ちってこんな感じなのだろうか。
仕方なく、本当に仕方なく、俺は顔を背けてそう返した。
なんか、ズルくね? あれ、純真無垢なサナはどこに行った?
そう思った時。
「お慕いしています。お父様。それでは、行ってきます」
サナはそう告げて、荷物を持って去っていく。
玄関前で少し話をしたのに、去るときはあっさりだった。
「……帰ってきたら模擬戦で、はっきりさせる必要がありそうですね」
「イヴ、後。私、先」
「いえ、私が先です」
「……何の張り合いだよ」
口論するイヴとムゥの声を聞きつつ、サナの方を見る。
その背中は、段々と小さくなっていった。
サナ・クジャクミヤ……改めサナ・スカイグラス、卒業




