第90話 選ばれた少女は道を選ぶ
サナは二刀流すらすぐにマスターした。
刀に対する才能は常軌を逸していて、まるでスポンジのようにどんどん吸収していく。
俺としても、毎日が多忙な日々だ。
一方で、残念ながらサナはイヴと違う点が一つあった。
それが魔法の才能だ。
『サナ、魔法、無理』
『え? そ、そうなんですか?』
『魔力、ない、無理』
『ガーン!』
ムゥとそんなやり取りをしていたことからも分かるように、サナには魔法の元になる魔力がほとんどないらしい。
というかこのやり取り、以前もしていたと思うのだが、サナはサナでそのときと同じような反応をしていると気づいているんだろうか。
いずれにせよ、おひさしはサナに剛力だけ与えて、魔力は与えなかったらしい。
どうせなら魔力も与えろよ、と思ったが、それで剛力の方が弱まったらちょっと嫌なので、これはこれで良かったのかもしれない。
いずれにせよ、サナの指導は順調で、このまま行けばCランクはもちろんの事、その上すら行けると思える。
当然ステータスプレートからは嫌な予感はしないし、近い将来、イヴに並ぶ可能性だってあると思えるくらいだ。
だからこそ、予想していなかった。
一日の終わりに居間でくつろいでいた俺たち。
そこに洗い物を終えたサナがやってきて、口を開いた。
「……近いうちに、ここを出ようと思います」
「……は?」
突然の言葉に、戸惑った。
「ど、どうした急に?」
「師匠様やイヴ先生達には本当に、心から感謝しています。こんなわたくしをここまで面倒見ていただいて、返しきれない恩があります」
「お、おぉん?」
え? じゃあなんで出ていくんだ? と思ったものの、サナの言葉を待った。
「ですが、わたくしは返しきれない恩を、少しでも返したいのです」
「え、えっと?」
「わたくし、冒険者になります。この力で名を馳せて、有名になって、この師匠様や先生方に恩返しをしたいんです。……イヴさんのように」
「お……おぉ……」
感動した。サナの言葉にジーンときた。
それはつまり、そういうことだ。サナがそうなるとは考えていなかったものの、本人から言ってくれると現実味を帯びてくる。
「ムゥ先生の言うように、金脈になりますっ!」
「おい、クソガキ、何を吹き込みやがった」
あえて言わなかったし思いもしなかったのに、あのクソガキは事前に言っていたらしい。
「? 師匠様はお金が好きだと聞きました。クジャクミヤ家の時も嬉しそうでしたし、違うのですか? お金ならば恩返しができると思ったのですが……」
「いや、金は好きだ。うん」
「まあ、良かったです!」
両手を合わせて嬉しそうにするサナ、うんうんと満足そうに頷くイヴ。
そして必死に笑いをこらえているムゥ。
これでいいのか? まあ、いいのか。俺は深く考えるのを止めた。
「それに……いつまでも皆さんのお世話になっていては甘えてしまいます……わたくしは、自分の力で歩いていけることを皆さんに見せたいのです」
「サナ……」
なんだろうか。娘が自立して旅立つときの親の気持ちが、少し分かった気がする。
今まで気にかけてきたし、それなりに濃い時間を過ごした。
まだ卒業というわけではないけれど、寂しさの中に喜びもある。
これはイヴやムゥのときもうっすらと感じていたものだ。
まあ、当の二人は今ここに居るから、もう当時の気持ちなんて忘れたが。
「なので師匠様……冒険者について教えていただきたいのですが……」
遠慮がちに聞いてくるサナ。けれどその瞳は期待に満ちていて、俺はその瞳を見て頷いた。
「ああ、任せておけ。どういう風に過ごせばいいのか、しっかり教えてやる」
「私にも冒険者のイロハを仕込んでくださったので、先生に教われば間違いありませんよ」
「……エンデー、ように、ならないか、不安」
イヴは満足そうに頷いて、そしてムゥは失礼なことを言いながらも口角を上げていた。
サナの自立したいという気持ちを聞いて嬉しいのは二人も同じらしい。
「よし、さっそく明日から始めるか。午前は座学、午後は刀の授業だな」
世界の常識や知識、歴史の授業が終わってからはご無沙汰だった座学の復活。
それを告げると、サナは両手の前で握りこぶしを作った。
「はいっ、よろしくお願いします!」
これまで自分でなくても教えられるものをサナには教えてきた。
それが最近は刀という、俺が教えたいものを教えることができていた。
そしてこれからは冒険者という、俺が教えるべきことを教える。
明日が、今から楽しみだった。
◆◆◆
「冒険者活動ってのは、簡単に分けると二つになる。複数人でパーティを組む場合と、一人でソロとしてやっていく道だ」
「はいっ! 師匠様とイヴ先生はソロ冒険者ですよね」
「ああ、そうだ。周りに居るのが俺たちだからソロの方がいいって思うかもしれねえが、この二つは長所もあれば短所もある。というよりも、基本的にはパーティの方がいい」
「人数が多い方がいざというときは……というやつですね」
冒険者のイロハを教え始めて数日、俺はサナにソロ冒険者について指導していた。
こうして指導しているとイヴを指導したときのことを思い出す。
心なしか、前回よりもすらすらと言葉が出てきた気がした。
「ただ、ソロの方が良い場合もある。例えば集団に合わない、一人の方が力を発揮できる、他人に知られたくない秘密がある、みたいなもんだ」
「なる……ほど……」
サナはメモを取りながらも、俺が今説明したことについて何か聞いてくることはなかった。
質問してはいけないと、なんとなく察したのかもしれない。
「でだ……結論から言うとサナもこの方がいいんじゃねえかと思うんだよなぁ……」
「わたくしも、ですか?」
「理由はいくつかあるが、まずその成長速度だ。ここから先どこまで伸びるか分からねえが、今の成長率なら間違いなく誰も付いていけねえ。パーティメンバーの力量差は、大きければ大きいほど軋轢になる」
パーティとして仲が良い『星の牙』でも最初はルイが焦っていたのだ。
これが金で繋がるだけのパーティなら、いつか破綻してもおかしくない。
「次に、イヴを見ているからってやつだ。サナの中でも、ソロでやりたいっていう気持ちはあるんじゃねえか?」
「はい……イヴ先生のように冒険者として名を馳せて、師匠様達に恩返ししたい……だからソロにも憧れがあります」
サナの返答に頷く。
これがサナでなければ危険だ、の一言でパーティを勧めるが、実力的に何の問題もない。
逆にサナ程の美貌やスタイルを持っているなら、組む方が逆に危ない可能性だってある。
ただ、そうなると。
「……ソロはソロで、自分が最前線でかつ最後の砦だ。だから基本的に人を信じちゃいけねえってのがあるんだよなぁ」
実力のあるイヴに唯一なかったもの。それが人を疑う気持ちだ。
サナは真面目で何事にも熱心。だからこそ、他人の悪意に弱いのではないか。そう思ってしまう。
「? 信じませんよ?」
「あ? ……いや、お前結構聞き分けいいだろ。だから不安なんだよ」
「? 師匠様たち以外をですよね? なぜ信じるんですか?」
首を傾げて見つめて合って数秒。サナは思い至ったようにクスクスと笑った。
「師匠様は勘違いしています。わたくしにとって師匠様達と他の人は違います。師匠様達以外を信じるわけがありません。師匠様達とその他を同列に扱うなんて……ふふふっ」
クスクスと笑っているのに、瞳の奥はドロドロとしていて、まるで深淵のようだった。
「あ、ああ……そ、そうか。それならいいんだ。うん」
「あ、ですけれど、知識としては欲しいです。色々としっかり教えてください、師匠様」
「も、もちろんだ。余すことなく全部教えてやるからな」
「はいっ! 頑張りますっ!」
いつも通り握りこぶしを作って気合を入れるサナを見て、思う。
さっきのサナは、ひょっとしたら俺の見間違いだったのではないかと。
いやでも、そんな筈はない。確かに覚えている。あの深い闇のような瞳を。
(人を疑うことに関しては……逆に疑い過ぎになるかもな……)
心の中で、乾いた笑みを浮かべた。




