第89話 彼女のこれまでの結実
「こちらですよ、エンディさん」
エステルの街を訪れた俺たちはギルドに直行し、サトリアと話をつけた。
彼女に招き入れられ、俺たち三人はギルドの個室に入る。
周りに人の気配を感じないことを確認してから、俺はムゥに「いいぞ」と告げた。
「わっ!?」
「っ!?」
急に驚きの声をあげられて、目を見開くサナ。
サトリアはサトリアで、突然現れた和風美人にひっくりかえりそうになっていた。
「え? ええ!? い、一体どこから……」
「今までムゥの魔法で隠してもらってたんだよ」
ムゥはサナと一緒にエステルの街に出かけたことがあるのだが、途中から魔法を使うことに決めたらしい。
以来、毎回使っているそうだが、その理由は実に分かりやすい。
「そ、そうだったんですね……うわぁ、すごい美人さん……これはちょっとした騒ぎになるかもですね……」
サトリアの言う通り、サナが人目を引くからだ。
もしもムゥが魔法を使わなければ、道行く人が振り返るくらいの美人。
ムゥが結構うんざりした顔をしていたので、釘付けになる人は多かったらしい。
実際、サナの美人さに関しては、美人が多いこの世界でも群を抜いている。
「それにすごい……おっきい……」
おい、サトリア。お前おやじか。と思ったものの、同意ではあった。
道行く人は半分がサナの美しさに、そしてもう半分は今のサトリアが言ったもので振り返ってもおかしくはない。
「でだサトリア、こっちのサナのステータスプレートを作ってもらいてえんだ」
「え? 所持していないんですか?」
「ああ、だからここに来たんだよ。お前ならあまり人目に付かせずに作成できるだろ? 騒ぎになると面倒だからな」
「まあ……それくらいなら」
「助かる。念のためにムゥを同行させる」
左の席に座ったムゥを手のひらで指し示すと、サトリアの目はムゥの方に、正確には彼女の絶壁に向かった。
「ムゥさんですね。話は聞いていましたが、こうして会うのは初めてですね。以後、よろしくお願いします。……こっちは大きくないんですね」
「……サトリア、名前、覚えた」
「あ、あはは、いやほら、圧倒的な差を見るとどうしてもと言いますか」
ムゥのことは事前に話したことがあるから、サトリアはムゥが魔塔の教授まで上り詰めた魔法の鬼才だと言うことは知っている筈。
にもかかわらず命知らずなことを言えるあたり、肝が据わっているというか、単に考えなしというか。
「あ、あの……師匠様。大きいとか小さいとか、なんの話です?」
「あー……将来性だ。サナは成長の幅があるけど、ムゥは十分強いからもうあんまりねえよってことだ」
「なるほど……」
熱心にメモを取るサナを、生暖かい目で見つめた。
「では、早速始めますね。サナさん、ムゥさん、一緒に来てください」
「はい」
「ん」
「エンディさんはどうしますか? ここに居ますか?」
「いや、少し行くところがあるからちょっと行ってくるわ。ただそんなに時間かからねえだろうから、先に帰ってきて待ってる」
「分かりました。ではまた、後ほど」
「ああ」
そう言って、一緒に四人で部屋を出る。
歩き去っていく三人に手を軽く振った後で、俺は用事を済ますために冒険者ギルドを後にした。
◆◆◆
刃が、煌めく。
本来は重いもののはずなのに、それを全く感じさせないほど緩やかな動き。
描いた線はなんの抵抗も受けることなく走り、スカーベアの皮膚を、肉を、斬り裂いた。
胴体を深く斬り裂かれ、体の動きが鈍るスカーベア。
結局その後、背後から心臓を一突きされて、スカーベアは地面へと沈んだ。
その伏した巨体の向こうでサナは息一つ切らせることなく立っていた。
「相変わらず見事だな。本当に綺麗な太刀筋だ」
「ありがとうございます……ふふふっ、師匠様に褒められるととても嬉しいです」
花が咲いたような笑顔を見せるサナ。
これが少し前まではろくに木刀を振れなかった少女だったなんて、誰に言っても信じないだろう。
そのくらい彼女の成長速度は目を見張るものがあった。
(いや、成長じゃねえ。そもそもサナの内部にある力が強いんだ)
感覚的には成長というよりも力への慣れに近いかもしれない。
だからこそ、常人よりも遥かに速いスピードで熟練度が上がる。
ついこの間与えた一般的な刀も、今では十二分に使いこなしているし、どこまで伸びるのか。その成長は一向に緩まりそうにない。
「にしても、もうDランクか。本当に早いな」
その証拠に、彼女の刀の熟練度はつい昨日、Dに上がっていた。
サナの成長の伸びを支えているのは真面目さと聞き分けの良さだ。
また以前から思っていたが頭も良い。
言われたことをきちんとできるのも才能だし、それを覚えていられるのも才能だろう。
サナの身体を乗っ取ったおひさしは力任せの攻撃しかしてなかったように思えたが、今のサナはそれを優雅さを兼ね合わせて使っている。
これまでのサナが学んできたものすべてが、おひさしが残していった力を一段階上のものに昇華している、そう感じていた。
「イヴ先生とどっちが早いですか?」
「今のところはお前だが……イヴはイヴで俺の元を離れてから爆発的に伸びた感じだからなぁ……」
「まあ、それはきっと師匠様の教えが素晴らしかったからです」
「いや、そんなことはねえだろ。あいつの実力だよ」
「いいえ、イヴ先生はそう言うと思いますし、わたくしもそう思います」
そう言ったサナは刀を振るい、スカーベアの血を振り払う。
彼女の持参した着物は少しだけ血に濡れているものの、ムゥの魔法で楽々落ちるレベルだとか。
「師匠様がわたくしのために時間を割いてくださっているのを知っています。記憶水晶やイヴ先生との模擬戦を確認して、わたくしに合っている再現の仕方を考えてくださる……それがとても……嬉しいのです」
「……そうか」
小さく返すと、サナは嬉しそうに笑う。
それが年相応の笑顔で、少しだけ心が温かくなった。
クジャクミヤ家の事を忘れたわけじゃないだろう。だが前は向けていると、思える。
それならさらに楽しみを教えるのも、先生たる俺の仕事じゃないだろうか。
「一つ提案があるんだが……戦技の中には、特殊な条件を満たさないと発動しないものがいくつかある。例えば盾を装備していないと発動できない剣の戦技とかな」
「そうなのですか?」
「ああ、そして刀の戦技の中にもそういうのがある。例えば……刀を二本使う戦技とかだ。この双刀の戦技は手数が多い故に攻撃力も高いが、弱点もある。まず第一に、体力を著しく消耗する。刀を二本振り回すわけだからな。本来両手で扱うこともある刀を片手だけで常に扱うってのは、どうしても体に負担がかかる」
「……あ」
俺の説明に、サナは思い至ったように声をあげた。
「気づいたか……お前の場合、それがねえんだ。今だって刀、全然重くねえだろ?」
「は、はい……振ってはいますが、重いとは全然……」
「つまりこの弱点はないも同じ……で、もう一つ。そもそも難しい。だから扱える奴がそんなにいねえし、教えられる奴も少ねえ」
「なら大丈夫ですね! 師匠様はできますので!」
「……あ? 俺出来るって言ったっけか?」
言った記憶がないので聞いてみるも、サナは首を傾げた。
「できないのですか?」
「いや、できるけど」
「やっぱりそうです。師匠様なら絶対できると思っていました」
えぇ……この娘、俺に対する信頼度高すぎ……。
ただまあ、二刀流と言えばカッコいいの代名詞だから、当然俺も通った道だ。
ロマンだよなぁ、手数も増えて攻撃力二倍! 防御なんか捨てて攻撃全振り!
実際には攻撃力が二倍になるわけないし、体力の消耗も激しいから動きが小さくなって防御寄りになるし、そもそも結局Cランクで打ち止めだったんだけど。
刀一本の方が強くね? という悲しい現実に気づいてしまったわけだ。
どの持ち方がカッコいいかとか考えたんだけどな。片方だけ逆手の方がカッコいい、とか。
「……とまあ、サナにとってこいつらを習得するデメリットーーあー、難点?はほとんどねえわけだ。二刀流にしても刀のスキルは使えるし、無駄じゃねえ……どうだ? やってみるか?」
「はいっ! やってみたいです!」
何事にも興味津々で、そしてやる気に満ち溢れたサナが、元気よく返事をした。




