第88話 サナ、刀を学ぶ
夕暮れ時の校舎広場で、木刀が上段から振り下ろされ、ぴたりと制止する。
『断刃』。つい先ほど再現をたった一回で成功させた、今のサナが出来る唯一の戦技。
その技を見て、イヴは感嘆の声をあげた。
「……驚いたわ。サナ、あなたは本当に剣の経験がなかったの? 実は……ということではなく?」
イヴにそう尋ねられ、サナは木刀を振るう手を止める。
「は、はい……ここに来て初めて触りましたので」
「そ、そうなの……」
戸惑いの声をあげるイヴに、俺は声をかける。
「どうだ? 念のためイヴにも見て欲しかったんだが、やっぱり凄いだろ?」
「は、はい……何度かサナが木刀を振るっているのは見たことがあるのですが、その時とは別人みたいで……」
「……ひょっとして、おひさし?」
イヴのさらに向こうに立つムゥが、じっとサナを見て告げる。
答えにくそうにするサナに変わって、返事をした。
「ああ、多分な。でもおひさしが復活するような気配はねえらしい。俺もそう思う。力だけがサナの中に残った、まあ、あまりにも希望的な観測だが……」
そう言った後で、イヴに目を向けた。彼女は納得したように頷く。
「……はい、それなら大丈夫だと私も思います」
「サナ、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。それにあんなくそ野郎のせいでやりたいことができないのは……いやなので」
くすくすと笑うサナの言葉に、ムゥは目を見開いた。
かと思うと、俺をジト目で睨む。
「サナ、不良。エンデー、のせい」
「なんでだよ」
別にそれくらいいいだろ、と思い、睨み返した。
「サナ、少しだけ剣を合わせてみない?」
不意にイヴはサナに提案。模擬戦というよりも稽古のようなものだろう。
「お、お願いしますっ!」
大きなサナの声にイヴは頷き、前に進み出た。
近くの樽から木剣を取り出し、一回だけ振る。
「いいわ、サナ、遠慮なく打ってきて」
「は、はいっ! いきますっ!」
イヴの言葉にサナは前に出て勢いよく木刀を振り上げ、イヴめがけて振り下ろす。
戦技『断刃』。その軌道を見てイヴは目にもとまらぬスピードで防御の構えを取った。
打ち込まれる木刀。完璧に対応したイヴが防ぎきる。
「っ!? みっ!?」
かと思いきや、急にイヴは左手も使って木剣を両手で持った。
けれどそれでも威力を殺すのが少し遅れ、がくんっ、と腕が曲がる。
結果として防いだ木剣の腹に自分の頭を打たれる結果となって、聞いたことのない鳴き声を上げた。
「あ、悪い、言い忘れてたが、サナはおひさしの影響でめちゃくちゃ怪力なんだ」
「そ、そういうことは先に言って欲しかったです!」
「せ、先生、わたくし、怪力なんかじゃ!」
二人の女性から抗議の声を受けるものの、本当の事しか言っていない。
あとイヴは油断しすぎである。あれ真剣だったら相当痛いぞ。
「っ!」
流石に油断していなければ余裕なようで、イヴはサナの木刀を弾いた。
「……こほんっ、すごいわサナ。正直、今まで戦った中でも上位に来る重さだった。立ち振る舞いも綺麗だし、これなら刀の道を進んでいけば、かなり先まで行けると思うわ」
「あ、ありがとうございます!」
気を取り直して、先生らしく今の太刀筋を評価するイヴ。
しかし俺の隣では、ムゥが必死に笑いをこらえていた。
「みっ、って。みっ、って。聞いた、はじめて」
「……ムゥ、静かに」
「油断、ダメ、絶対」
「…………」
いや、俺なんも思ってないっすよ。
そりゃあ今まで微笑ましく見てたサナが急にこうなったらびっくりするっすよ。
こんなん油断じゃないっすわ。うんうん。
「……そこの魔法の的」
「みっ!?」
「随分丁寧に直してあるけど、私の目はごまかせないわ。あれをイッテツさんが知ったらどう思うかしらね?」
「む、むぅ……」
フードを被り、イヤイヤと頭を振るムゥ。なんだお前ら、「み」とか「む」とか、猫か。
そんなことを思っていると、ふぅと一息吐いたイヴは、やり切った雰囲気のままで俺の方を向いた。
「先生、彼女の才能を燻ぶらせておくのはもったいないです。ここは私に彼女を預けてもらえませんか?」
「いや、それには及ばない。時間はあるから、俺が刀も教えるつもりだ。サナもそれで良いって言ってくれているしな」
ここにイヴを呼ぶ少し前に、サナからは刀を教える同意を得ている。
だからそう伝えると、イヴは少し困惑した顔を浮かべる。
「……で、ですが――」
「俺がやる」
「……あ、あの――」
「俺はサナを育ててえんだ」
「…………」
胸の中で今も燃え上がっている熱に従うように、イヴの提案を却下する。
サナを教え導き、彼女の先を見たい。
今の俺にあるのはその気持ちだけだった。
「……イヴ、諦める。こうなったエンデー、誰も、止められない」
「……はぁ……なんとなく分かってましたが。……本当、お金とか自分のためとか言いつつ、生徒のことになると真剣で熱血なんですから」
ムゥがイヴの背中をポンポンと叩いて何かを囁くと、イヴは聞こえない声量で何かを呟いた後に小さく笑った。
「分かりました。よくよく考えればこれまで指導していたのは先生ですし、刀という武器も先生が一番適任ですね。私はその支持に努めます。出過ぎた真似をしました」
「いや、気にするな」
目の前にこんな才能あふれる生徒が現れたら、教えたくなるのも無理はないだろう。
「あ、あの……先生」
「あ?」
声の方を向くと、サナがもじもじとして立っていた。
「その……これからよろしくお願いします!」
「ああ、任せておけ。しっかり教えてやる」
「はいっ、とても嬉しいです……そ、それで……なのですが……」
「ん?」
少し逡巡した後で、サナは決心したように口を開いた。
「こ、これからはその……師匠様と呼んでも呼んでも構いませんか?」
「……いや、前も言ったが『様』っていうのは……」
「ダメ……でしょうか?」
「…………」
前にサナが言っていた先生様と被るから微妙だと思ったが、サナはその方が良いと思っているらしい。
少し考えて、まあサナが呼びたいなら良いか、という結論に至った。
「……好きにしていいぞ」
「はいっ! 師匠様!」
それに師匠という呼び方は嫌いじゃない。
刀を教えるということで、昔の日本の師弟関係みたいだ。
そんなことを思っていると、待ちくたびれた様子を見せたムゥが声をあげた。
「ん。話、まとまった。もう日、暮れる。帰る」
「そうね、帰りましょう、サナ」
「はいっ!」
イヴ達は三人並んで、家への帰路につく。
その後ろを追いかけつつ、三人の背中をじっと眺めた。
イヴを中央に、その左にムゥ、そして右にサナ。
しばらく一緒の家で過ごしているからか、三人がそうしているのが自然なように思えた。
血が繋がっているはずがないのに、まるで姉妹のような、そんな感じもした。
◆◆◆
翌日から、サナへの授業内容は大きく変わった。
午前中は残りの座学を中心に行い、昼食後は刀を用いた実戦訓練へと移る。
思った通りサナは才能の原石で、才能が発覚してから数日しか経っていないのにも関わらず、恐ろしいスピードで熟練度を上げていた。
「いいぞサナ、その調子で次は『一刃』だ」
「はいっ!」
生き生きとした表情を浮かべ、俺に向けてEランクの戦技を放つサナ。
その表情に影は一切なく、純粋に刀を振るうことを楽しんでいるのがよく伝わってきた。
体を低くして、相手の脇腹をすり抜けながら斬りつける『一刃』。
サナの動きは足、腕、全てが流れるように一体となって動き、完璧な一撃となる。
考え事を放棄してしまうほど美しいと感じる刀筋を、彼女はずっと見せ続けている。
「っ! いいぞサナ。再現でここまで出来るってことは、もう十分戦えるな!」
「あ、ありがとうございます!」
褒めれば嬉しそうに声を弾ませるサナ。
腕に伝わる衝撃を感じつつ、俺はゆっくりと鞘に入れた刀を下ろした。
「本当によくできている。文句のつけどころもねえ」
「はい……もっと高みを目指すために頑張りますっ!」
胸の前で握りこぶしを作るサナ。
風で着物が揺れ、髪が遊ばれる姿は古来日本の奥ゆかしい美女のようだった。
この容姿にあの美しい太刀筋を合わせて考えると、サナはそういう星の下に生まれたとしか思えないくらいだ。
加えてそれを支えているのはサナの圧倒的な身体能力だ。
剣を振るえば男よりもはるかに強い力。走らせれば息一つ乱さず素早く走り、反射神経も良い。
その小さな体のどこにそんな力や体力が、と思えるほどのものを彼女は有していた。
おひさしは憎むことしかできないが、この素晴らしい力を残してくれたことだけは感謝してもいいかもしれない。
この短期間でEランクの戦技すら習得するなら、順調に行けばどこまで伸びるのか。
少なくとも、伸び方はこれまで見た中でもイヴやムゥに並ぶと言っていい。
これから先が楽しみで仕方がなかった。
「エンデー」
「っと、来たな」
声がしたので振り返ると、校舎の向こうからムゥがこちらに歩いて来ていた。
「ムゥ先生?」
「ちょっとこれから行く場所に着いてきてもらおうと思ってな」
「行く場所、ですか?」
サナの質問に、頷いて答える。
「お前のステータスプレートを作ってもらいに、エステルの街のギルドに行くんだよ」
「な、なるほど……皆さんも持っているものですよね? それをわたくしも頂けるのですね」
「そんな大層なもんでもねえけどな」
何故か緊張しているサナに軽い調子で告げる。
そうは言ったものの、ステータスプレートが欲しいのは事実だ。
これまで座学のみだったので、無くても特に問題はなかった。
けれど刀を教えている以上、やはり目に見える情報は欲しい。
「エンデー、来た」
「おう、おつかれ。んじゃ、行くか」
ムゥが合流したことを確認して、俺たちはエステルの街へ向かった。




