第87話 残された力
「とまあそんな感じで、アーセラス聖国に代々聖王を支える役職として四聖が出来た。時が流れた今はそれぞれがプロミア以外の四つの地域を治めているな」
「エクサス、アザゼラ、ガブリール、ミカエラの四つですね」
「そうだ。よく覚えていたな」
サナは以前と変わらず集中して授業に取り組んでくれている。
たまに表情に少し影が差すものの、それでも気は紛れているようだ。
(とはいえ、ずっと勉強ってのもなぁ……)
いつか終わりが来るものだ。今やっている各国の歴史も、そろそろ説明し終わる。
新しく何かが必要だと思ったが、どうするか。
「……今日もよく頑張ったな」
「先生……ありがとうございます」
いつものように褒めるが、やっぱりサナの表情はすこし影が差している。
少し考えて、そうだ、とあることを思いついた。
「よし、刀振るか? 好きだったろ?」
「は、はい……そうですね……」
よし、ちょっとだけ表情が明るくなった。
内心で頷き、俺はサナを連れて教室を出る。
この時間帯だと広場を使っているのはムゥかと思って校舎を出て回り込めば、案の定ムゥが生徒に魔法を教えていた。
「エンデー?」
「よう、ちょっと場所借りるぞ」
「ん」
いつもの様子なムゥから許可を取り、側の倉庫へと向かう。
中に入り、いつも使っている木刀をサナが手に取った。
「???」
「どうした?」
「い、いえ……」
手に木刀を持ったが、サナは首を傾げている。
右手で木刀を持って、持ち上げたり、もう片方の手で触ったり。
その様子が不思議で尋ねてみるも、歯切れの悪い返事しかこない。
なんだ? と思ったが、俺はサナを引き連れて倉庫から出た。
そこから少しだけ歩き、立ち止まる。
サナは周囲を確認し、右手に持つ木刀を確認してからそれを上段に構えた。
(おぉ、久しぶりに見たが、やっぱり美しいな)
以前見たときも思ったが、サナは姿勢が綺麗だ。
きっとそのように躾けられたからだろう。
クジャクミヤ家の娘は幻だったが、サナの中には確かな現実として残っている。
――ブンッ!!
木刀が空気を斬る。鋭く、速く、下りる。そして正確無比に止まる。
「……は?」
思わず声が出た。
今までサナが木刀を振っている姿は何度も見てきた。
木刀を振っているというよりも振られているような、そんな素振りだった。
息抜きとしての素振りでしかなかったんだから、その筈だ。
決して今のような、あまりにも綺麗すぎて、それでいて鋭い太刀筋じゃない。
「???」
一方で、サナはやっぱり首を傾げていて、何かに戸惑っているようだった。
「あ、あの……先生……これ、本当に木刀ですか?」
「……あ?」
「いえ、その……見た目だけ木刀で中は空洞……とか……」
「いや、そんな筈は……」
サナから木刀を受け取る。
けれどどこからどう見ても、どこをどう触っても木刀だ。
決して木刀擬きではない。
「……重さを感じないんです」
サナの言葉が、頭に残った。
「さっきからずっとそうで……木刀を持ってるのに持ってないみたいで、なんか振るのも全然楽で……」
「おひさし……か?」
思い当たった可能性を真っ先に言葉にする。
サナを乗っ取ったおひさしは、その圧倒的な力で教室に穴をあけた。
目覚めたサナは、俺が振り切られそうになるほど足が速くて。
そして俺の教室の本棚も軽々と持ち運んでいた。
もしもその力が、サナの中に残っているとしたら?
「い、いやっ!」
「お、落ち着けサナ!」
自らを抱きしめ、しゃがむサナに駆け寄り、その背を摩る。
「落ち着いて答えてくれサナ……お前の中に、何か嫌なものを感じるか?」
「はっ……はっ……え……いやな、もの?」
「ああ、そういえば胸の痛みはどうだ?」
「い、いえ……最近は全く……それに変なざわつきも全くで……調子がいいからだと思ってましたが……」
なんとか落ち着きを取り戻したサナ。
その背を摩り続けながら、俺は考える。
(腕力、身体能力が上がってる……おひさしは消えたが、奴の力だけはサナの中に残った?)
少なくともサナから離れたおひさしは、その場から逃げ出した。
そして今、サナは何も悪い予感を感じていないし、胸の痛みもない。
そう考えると色々と合点がいく。
「どうするサナ? 不安なら刀を振るの、止めるか?」
けれどサナが心配なのも事実。
そう思って声をかけると、サナは少しだけ目を瞑って考える。
やがて、目を開いたサナは首を横に振った。
「……この力を与えたものは……忌むべきものだとわたくしは思います。ですが、それでわたくしがしたいことが出来ないのは……嫌です」
「……そうだよな。あんなくそ野郎のせいでしたいことできないのは、ムカつくよな」
「そ、そうです。ムカつく……です」
俺の言葉を繰り返し、慣れていない言葉を言うサナに小さく笑う。
心配していたが、サナは心が強かったようだ。
本人が好きなんだから、刀を振れるなら振った方がいい。
それに俺は、なぜだか分からないがサナは大丈夫な気がした。
これから先どれだけの時間が過ぎても、もうおひさしに体を奪われるようなことはないと。
『切り離し、閉じる』
ふと、イヴのあの時の言葉が脳内で再生された。
サナは立ち上がり、再び木刀を構える。
やはりいつ見ても綺麗な構え、そして。
――ブンッ!
見るからに綺麗な太刀筋。鋭く、強く、しっかりとした太刀筋。
数回振るものの、決してブレることはなく、見ていて惚れ惚れとするほど。
その様子を見て、ひょっとしたら、と思った。
「サナ……前に教えた刀の戦技、覚えているか?」
「『断刃』……ですよね?」
「ああ……前は無理だったが、ひょっとしたら今のお前なら放てるかもしれねえ。やってみようぜ」
「はいっ!」
サナが再び木刀を上段に構える。
断刃は刀の初歩的な戦技で、剣の戦技『強斬』の刀バージョンと言える技だ。
やってみろと言ったものの、流石に一度で成功できるとは思っていない。
サナの気晴らしにでもなればと、そう思っただけだ。
「いきますっ!」
だからこそ目を疑った。
天を向いていた刀は流れるように、すとんと落ちる。
その刃を淡く光らせて。
「っ」
振り下ろしたときに、風が吹いた。
『断刃』によるものだった。
「は……ははっ……」
待て、まだ待て。
(た、たかだか断刃だ。初歩中の初歩の戦技だぞ。そんなん、一発で出来る奴だってそれなりに居るだろ)
そう思いつつも、胸に燻ぶり始めた火の熱さを感じる。
「サナ……戦技には、再現ってものがあるんだ」
「再現……以前教えていただきました。確か、戦技の動きをすると戦技になるという……ですがかなり難しいと……」
「ああ、そうだ。だから試しだ。そう、これは試し」
自らに言い聞かせながら、俺は腰の刀を抜き放つ。
それを上段に構え、サナによく見えるようにゆっくりと『断刃』を再現した。
たった一度だけ、再現した。
刃を淡く光らせ、振り下ろした刀が風を起こす。
振り下ろしたままでサナを見てみれば、その瞳に今の再現をしっかりと焼き付けているようだった。
ゆっくりと、サナが頷く。
俺の中の熱が、期待に揺れる。
「や、やってみます……」
「あ、ああ……」
どうかしていると自分でも思う。
ついさっき『断刃』を成功させたばかりのサナに戦技の再現をやらせるなんて。
そんなの成功するわけがない。あり得ない。
あり得ないのに、そんなわけないのに、期待している。わくわくしている。
「ふー……」
サナが木刀を上段に構え。
そして振り下ろす。
淡く光る刃を、「再現した」断刃を、振り下ろす。
風が、吹いた。さっきのサナの『断刃』よりも強い風が、俺の髪を揺らした。
「すげえ……すげえよサナ……」
「せ、先生……わたくしは、できましたか?」
胸の火種が、燃え上がった。
弾けるように、いや、爆発するように燃えて、否、咲いた。
「ああっ! よくやった! すげえ、すげえよサナ! 完璧だった! 一発だ! 本当にすげえ!」
忘れていたはずの熱が、胸の中で燃え上がっている。
そうだ、久しく忘れていた。もう味わえないと思っていた。
でも、これだ。この身を焦がすほどの熱。
イヴやムゥと同じ、「天才」を見出したときの熱。
「ふふふっ……わたくし、とても嬉しいです…………初めて、喜んでもらえた」
俺の言葉を受けて、サナは花のような笑顔を浮かべた。
そこには、さっきまで感じていた影は少しも残っていなかった。




