第86話 帰ってきた日常
セイランから魔馬車で帰ってきた後、俺たちは四人で校舎を訪れていた。
「……さて、まずは片付けか」
ムゥが張った結界の向こうで、穴の開いている俺の教室を見て呟く。
サナが暴走した後、俺たちはすぐにセイランへと向かった。
その間にイッテツさんに頼んで直してもらうことも出来たが、俺たちがいないのに彼一人に任せるのもどうだろうかと思ったときに、ムゥが保護魔法を使ってくれた。
「それにしてもすげえな。まあまあ日が経ってるが、それでも保ってるとは……」
「ここ、特別、他の場所、無理……あと、そろそろ、切れる」
ムゥは結界を解除する。
その向こうには、記憶のままの俺の教室が見えた。
「も、申し訳ありません……」
「お前のせいじゃねえだろ。全部おひさしって馬鹿のせいだ」
サナは悪くないと告げ、忌々しいおひさしに心の中で舌打ち。
あの日、逃げられた醜悪な魔物は見つけられていない。
できれば見つけて倒したいが……流石に無理だろう。
「とりあえずイッテツさんに頼む前に教室の中のものを別室に運ぶか……事情を話せば分かってくれると思うが、少しでも印象は良くしとかねえとな」
「仕事を依頼するなら最低限の礼儀は大切ですね……」
「イッテツ様、迷惑、ダメ、絶対」
同意して頷くイヴと首を取れそうなくらい縦に振るムゥが教室へと外から入っていく。
その後ろを追いかけるようにサナが中へと入っていったのを見て、俺も中へ。
俺の教室にあるものはそこまで多くない。
三人で協力して、教室の中のものを移動させていく。
「?」
大きめのテーブルを教室から出そうとしたときに、サナが本棚の本を持って教室を出るのを見た。
かなり沢山の本を一気に持って行ったなと思いつつ、俺はテーブルを廊下へと出す。
一旦イヴの教室に避難させて一息ついて、戻ろうと再び廊下に出ると。
「うお」
今度は本棚そのものを持ったサナが俺の教室から出てきた。
「だ、大丈夫か?」
「はい、本を抜いたので軽いです」
「そ、そうか……?」
と言いつつも本棚の高さは扉ギリギリで、それなりに大きい。
けれどサナは軽々と運んでいるので、ひょっとしたら見かけほど重くないのかもしれない。
イヴの教室へと向かうサナを見送り、俺はすぐに残りの小物を片付けに戻った。
「……いやお前さん、これは……」
俺の教室の前に立って驚き、開いた口が塞がらない様子のイッテツさん。
流石にいきなりこの光景を見せたら殺されると思い、俺は事前にイッテツさんに事の顛末をそれはもう懇切丁寧に説明した。
最初は半信半疑だったものの、その場にイヴも居たことで説明をフォローしてくれて、それで納得してくれた形だ。
マジでイヴ様様だ。これがムゥだったらきっと全然役に立ってなかった。
とはいえ百聞は一見に如かず。
まさかここまで壊れているとは思わなかったのだろう。
イッテツさんは戸惑いつつも、俺の教室の損壊具合を見てくれる。
「……なんだ……なにか大きな力でぶち壊したのか? 意味が分からんな……」
一通り確認してくれたイッテツさんは少し悩んだそぶりを見せた後に、頷いた。
「この感じだと、壁を丸ごとぶち抜いて新しくした方が早そうだ。一枚で足りるだろう。……にしてもお前さん、よくもまあこれだけの破壊力の攻撃を受けて無事だったな」
「ギリギリで鞘の防御が間に合ったからなぁ……」
「ああ、ニノテツの……あいつなら失敗作でも刀と同じくらいの強度で鞘を作るか……」
セイランに居る自身の弟に少しだけ言及した後で、イッテツさんは懐から紙を取り出してペンを走らせた。
「ほらよ」
「おう……うげぇ……高え……」
「壁一枚だからな。魔法の的を直すのとは訳が違え。しかもお前さんの校舎は魔石で強化までしてるんだ……むしろこれを壊す方がどうかしてるぞ……」
「そうだよなぁ……わかった、払う。払うよ……」
観念して契約書にサインした。
さらば、俺の大好きな金……まあ一部ではあるし、後ほどアガートさん経由で賠償金やら何やらが入ってくるから別に良いんだが。
いやそれでも、後で金が入ってくると分かっていても、一気に金が減るのはなんだかなぁ。
「よし、じゃあ早速壊しちまうぞ」
そう言ったイッテツさんは早速仕事に取り掛かる。
手を動かし、何らかの魔法を発動。穴の開いた壁の一端を正確無比に斬り裂いた。
そしてそのまま反対の一端へと向かい、もう一度魔法を使用。こちらも正確無比に斬った。
「…………」
最後に床部分との結合部を正確無比に線で切り取っていくイッテツさんを見ながら思う。
魔石使った壁を壊すのは、どうかしてる?
それを安々と斬り裂く大工が一体何を言っているんだろうか。
というかこの人、なんで大工やってるんだろう。
俺は彼と関わってから何度思ったか分からないことを、またしても思った。
イッテツさんは、たった一日で俺の教室の壁を直してくれた。
いや、実際にかかった時間が一日に満たないことを考えると、あの人本当にすごいというか。
実は大工というのは建前で、創造魔法でも使えるんじゃないか、とか思ったりした。
ちなみにムゥにそういった魔法があるのか聞いてみると、可哀そうな人を見る目を向けられた。
その日のムゥの夕食は一品少なかったことをここに記しておく。
「よし、じゃあ今日から再開するか」
「よ、よろしくお願いします……」
俺は教室の扉を開けて中へ入る。その後ろからはサナが続いた。
席に着くと、サナは少しだけ辛そうな顔をした後に、眉を下げて尋ねてくる。
「あ、あの……先生……本当にいいんですか?」
「いいんだよ。これはまあ……あれだ。気にすんな」
「で、ですがわたくしはもうクジャクミヤ家ではありませんし……お金を払うことも……」
「そこんところは今は気にすんな、ラッキーって思っておけ」
昨日家に帰ってきた後も、サナはこれまで通りに過ごしていた。
けれど時折、影のある表情を見せるようになった。
これまでが全て幻で、目標すら見失ったんだから当たり前だと言える。
そんなサナの気が少しでも紛れるなら、授業するのも悪くはない。
それにもう少しで座学の授業が全部終わるのに途中で投げ出すのは気持ち悪い。
そうだ、それだけだ。
「イヴもムゥも近いうちに授業を再開するらしいからな、俺もなんかしねえと暇なんだよ。付き合ってくれや」
「わ、わたくしからしたらとてもありがたいのですが……わかりました。よろしくお願いします、先生」
「おう」
さて、始めるかと思ったところで、足音が聞こえた。
その足音はすぐに近づいてきて、扉が横にスライドする。
現れたのはイッテツさんだった。
「おう、わりいな。ちょっと大工道具忘れちまってよ」
「あ? あー、あれか」
席に座ったときから見えていた工具箱を目で示すと、近くに居たサナが立ち上がって小走りで近づき、それを両手でひょいと持ち上げた。
彼女はそのまま同じように小走りでイッテツさんの元へ行く。
「こちらですよね? どうぞ」
「……あ、ああ……?」
なぜか首を傾げたイッテツさんは戸惑いながらも手を動かした。
サナが両手で抱える工具箱の真下の空間が、裂ける。
ムゥも使用していた物を保管する魔法。
「そ、そこに落としてくれや」
「はい」
すっ、と手を放し、異空間へと落ちた工具箱。
「イッテツさん、そんな魔法も使えるのか。すげえな」
「お? あ、ああ……まあな」
本当、なんでこの人は大工をやってるんだろうか。
けれど工具箱を忘れるなんて、ちょっと抜けているところもあるみたいだ。
「もう忘れんなよ」
「お、おお……そうだな……邪魔したな。……あの工具箱には魔法をかけていて、見た目の数十倍の工具が入ってるから持ち上げられるはずねえんだが……壊れたか?」
最後は何かをぶつぶつ呟きながら、イッテツさんは去っていく。
その様子を見送って、サナもまた再び席についた。




