第84話 少女を選んだのは
その後、生徒達に少しの間教室を休みにすることを伝えた。
アガートさんは約束した通り金銭的な支援をしてくれたのみならず、兵をここまで派遣してセイラン王のリュウガ陛下と秘密裏に連絡を取ったことも伝えてくれた。
準備が整った俺たちは、現在セイラン国に魔馬車で来ている。
メンバーは俺、イヴ、ムゥ、そしてサナだ。
おひさしについてサナにも聞いたものの、彼女はこれについて全く知らなかった。
だからクジャクミヤ家に行くということを伝えたとき、最初は置いていくつもりだった。
けれど彼女は俺の目を見てはっきりと首を横に振った。
『わたくしも行かせてください。一体何が起こっているのか、わたくしはわたくし自身で確かめなければならないと思います』
不安そうな顔をしつつも、彼女はそれでもまっすぐな目をしていた。
「……サナ、胸、平気?」
魔馬車から外の景色を興味深そうに見ていたムゥが、隣に座るサナに尋ねた。
「はい、最近はまったく感じなくなりました」
「……やっぱり、あいつ、仕業」
ムゥは忌々しげにそう呟いた。
いつものジト目ではなく、明確な怒りの感情を見せるムゥ。朱色の瞳には怒気が見える。
サナを乗っ取られたことに彼女も怒りを覚えているんだろう。
魔馬車はしばらく進み、街の中へ。
どうやら待ち合わせ場所であるナバラに到着したらしく、窓からは街の風景が見えた。
久しぶりに訪れたセイラン国だが、やはり和風な建物が多く感じる。
(……意外と俺以外の転生者が過去に作った国だったりするんかね)
この国の人の名前はどこか日本らしさを感じる。
サナのクジャクミヤしかり、セイラン王のコンゴウしかり、日本にありそうな苗字ばかりだ。
やがて魔馬車はゆっくりと速度を落とし、止まる。
先陣を切って下りれば、その後に続々とイヴ達が馬車を降りてくる。
その背後の音を聞いていると、正面から一人の男性が歩いてくるのが見えた。
全身を覆う外套に、フード。その下には眼鏡と理知的な顔が見てとれる。
フードを被っているのでやや警戒したが、彼は俺と目を合わせると深く頭を下げた。
そのまま近づいてきて、声をかけてくる。
「エンディ様、ですね?」
「……ああ」
刀の鞘から手は離さない。
気配だけだが、イヴもいつでも戦えるように警戒しているのを感じた。
「お待ちしておりました。私はツカサ・カンナガラ。戦将の位を授かっている者です」
「ツカサ……戦将って、準勇者の……」
その名前には聞き覚えがある。
セイラン国に所属する準勇者の一人で、コンゴウに属する戦将の一人。
まさかそんな大物が迎えに来るとは思ってもいなくて、面食らった。
「ここは目立ちます。こちらへ」
「……ああ」
ツカサの後をついていく。後姿だけだが、かなりの使い手なのが所作から伺えた。
武器は、背に担いでいる槍か。
ツカサについていくと、人気のない路地裏へと案内された。
そこには二人の人物が待っていたが、ツカサの姿を見てすぐに頭を下げる。
どうやら配下の者らしい。
「ここなら良いでしょう。改めて、ツカサと申します。エンディ様、お会いできて光栄です」
「あ、ああ……エンディ・スカイグラスだ」
準勇者の立場の人物に礼を尽くされて、少しむず痒い気持ちになった。
「アガート陛下からは、どこまでお聞きになっていますか?」
「いや、特には。ここに来た時にセイラン王の使いと落ち合えるってことだけだ……まさかそれが準勇者とは思わなかったが……」
正直に言うと、ツカサは柔らかい笑みを浮かべた。
「陛下より、失礼の無いようにと仰せつかっていますので」
「そ、そうなのか……」
アガートさん、何を伝えたんだ、と遠くにいる国王陛下に返答の無い問いを投げた。
ツカサは真剣な表情に切り替える。
「結論から述べます。陛下はエンディ様の援護をするようにと仰せになられました。私の方でクジャクミヤ家の本邸までご案内します。……ちなみにその後はどうするおつもりですか?」
「俺としては、クジャクミヤ家の当主と話をしたい。それだけだ」
「なるほど……では共に参りましょう。私も陛下代理として、クジャクミヤ家に伝えなくてはならないことがありまして」
「…………」
ツカサの言い回しや目線から、その裏をなんとなく読み取る。
アガートさん経由で、リュウガ王もクジャクミヤ家をきな臭いと言っていた。
ツカサ達も何かを掴んでいるのかもしれない。
その証拠に、ツカサは先ほどからサナをチラチラと見ている。
十分考えた後で、俺はイヴとムゥを振り返り、互いに頷き合った。
そして最後に、サナと向き合う。
「サナ、最後の確認だ。一緒に行くで、いいんだな?」
「はい……わたくしは知らねばなりません。おひさし様とはなんなのか。なぜわたくしが……知らねば……ならないのです」
「ああ、わかった」
『なぜわたくしがおひさし様に身体を奪われたのか、知らねばならない』
そんなサナの魂の声を、聞いた気がした。
「案内してくれ、クジャクミヤ家に」
俺の言葉に、サナをじっと見ていたツカサは、はっきりと頷いた。
◆◆◆
ツカサの乗る魔馬車についていく形で、ナバラからハヤトの街へと移動する。
ここが、クジャクミヤ家が治める地。
そこで魔馬車を降りてツカサと共に向かった先は、高い塀で囲まれた立派な和風屋敷だった。
「失礼する! 私はセイラン国王リュウガ陛下が代理、ツカサ・カンナガラ! 約束の刻限ゆえ、クジャクミヤ家当主、レンヤ・クジャクミヤ殿にお目通り願いたい!」
ツカサの叫びに、門がゆっくりと開く。
その奥には門を開けた屋敷の使用人が居て、彼らは一人残らず頭を下げていた。
中へと進んでいくツカサに続くように、俺たちもまた中へと入る。
順番は俺、サナ、イヴ、ムゥの順。
周りを確認しつつ時折背後を確認するが、サナは訪れたいと思っていた本邸に来たということで、緊張している様子だった。
ツカサはまっすぐに奥へと進む。その間、使用人とすれ違うことはない。
そうして最後に長い廊下を進めば、荘厳な襖へとたどり着く。
この感じ、おそらくこの先に、クジャクミヤ家当主が。
そう思うと同時に、襖が中から開かれた。
ツカサは変わらぬ様子で入り、俺たちもそれに続く。
襖を中から開けた使用人達もまた、膝をついて頭を下げていた。
その片方が俺の教室にサナを連れて訪れたタケルであることを知ったが、目線を外す。
用があるのは彼ではない。部屋の一番奥、豪華なつくりの座敷に座っている男だ。
目を瞑る白髪交じりの壮年男性。風格を持つ姿から察するに彼こそが。
「お、お父さま……」
サナが答えを教えてくれた。
この男が、レンヤ・クジャクミヤ。
サナの父親にしては老けているなと、そう思った。
「……ツカサ様、それに……」
ゆっくりと目を開く。その瞳の奥に、何やら気味の悪いものを感じた。
「そちらは?」
「こちら、エンディ・スカイグラス様です」
「……スカイ……グラス。そうか、あの教室の……」
全てを諦めたようなレンヤの雰囲気を見て、俺は一歩前に出る。
ツカサは少しだけ横に移動して、場を譲ってくれた。
「あんたに聞きたいことがある。おひさしってのはなんだ?」
まどっろこしいのは好きじゃないから、単刀直入に聞いた。
突然の質問に答えてくれないかと思ったが、レンヤは目を瞑り、静かに答える。
「……おひさし様は、神様だ」
「なんだと?」
「我らクジャクミヤ家に財や富、幸運を与えてくれる存在……それがおひさし様だ」
「……それを得るために何をする? まさかタダでってわけじゃねえだろ。詳しく話せ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
レンヤは目を瞑り、話を続ける。
「五年に一度、我らはおひさし様に生贄を捧げる。娘をキサキ山の隠された祠へと連れていき、捧げるのだ」
「なら……まさかサナは……」
「そうだ……今年がその年。そしてサナは、今回の生贄だ」
「てめぇな……」
いけしゃあしゃあと話すその姿に、怒りがこみ上げる。
けれどその怒りが爆発する前に、サナの泣きそうな声が響いた。
「では……ではわたくしは……死ぬために……生きてきたのですか?」
「ああ、そうだ」
「っ!? てめぇ!!」
「先生っ!!」
思わず殴りそうになったとき、サナが大声を出した。
思わず振り返れば、彼女は涙をこらえながらも俺をまっすぐに見ていた。
「わたくしは……わた……くしは……聞きます……お父様の言葉を……聞かせて……っ……くださいっ……」
「っ……」
拳を、痛いほどに握りしめた。そうすることでしか、止まることはできなかった。
「それが……わたくしの……使命……」
「ああ、そうだ。クジャクミヤ家の役に立つこと、それが使命だ」
「なら……ならなぜわたくしは先生の教室に……預けられたのですかっ? なぜっ?」
「おひさし様が望むからだ」
その言葉に、今まで体全体で必死におさえていた熱が、まるで嘘のように消えた。
「おひさし様は、無垢な者を望まない。昔は無垢な者を生贄に捧げていたが、ある時を境に変わった。無垢な者に世界を経験させ、少しでも死にたくないという気持ちを生じさせるように。そうお命じになって以来、捧げものは全てそうしている」
「…………」
代わりに、痛いほどの冷たさが体を支配する。
こいつが言っている意味がよく分からない。
わざわざ死にたくないと思わせてから、殺す?
「そうすることで、より魂は美しくなる。より我らに恵みをお与えになると」
堪えられるはず、なかった。
「てめえっっ!!」
声の限りに叫び、レンヤの胸倉を掴んで持ち上げる。
目の前のこいつを、決して許すことなどできなかった。
体が、心が、魂が叫ぶ。こいつを決して許すなと。
「我々クジャクミヤ家はそうしてずっと栄えてきた。だが、そのおひさし様は居なくなった。我らが生贄を捧げていたキサキ山の祠は冒険者に壊され、おひさし様は死んだ。サナがここに居るということは、お前も器になれなかったのだろう」
「……何を……言ってやがる?」
「おひさし様は贄となる娘に自らの力をお与えになる。そしてその娘の中で力を熟成させ、娘を取り込むことで自らの力を増すのだ。かつて娘の中におひさし様が入ることも出来たという言い伝えがあったのでもしやと思ったが……結局失敗したか」
「…………」
絶句した。こいつが一体何を言っているのか、全く理解できない。
言っていることは理解できる。けれどその中身ではなく、それを平然と話せる精神構造が理解できない。
人は、ここまで醜悪になれるものなのか。
「っ、何が生贄だ! なにがおひさし様だ!」
胸倉を掴む手に力が入る。
「サナはな! お前に認められるために何事にも必死に取り組んでたんだぞ!」
言葉が止まらない。
「いつかここに上がるために、上がれるように、クジャクミヤにふさわしいようにってな!」
世の中にはいろんな親が居る。それはよく知っている。
俺の親だって屑だったし、ムゥの親もそれに近いかもしれない。
けれど俺が今まで出会ったどんな毒親も、こいつには遥かに劣る。
「こいつは認めてもらいたかっただけなんだよ! なのにお前は、お前は!」
「…………」
サナの頑張りを知っているからこそ、サナの思いを知っているからこそ。
『わたくしは選ばれたからこそ、それに恥じない、相応しいだけのあり方を身に付けなければなりません。けれどそれ以上に、お父様に認めていただきたいのです』
レンヤの言葉が、許せなかった。
「ただ父に愛されたいと願った娘の気持ちを、他ならねえ父親のてめえが踏みにじった挙句、それを利用するってのか!!」
そう、心の限りに叫んだ。
「くくくくくくっ……」
「……あ?」
聞こえたのは、笑い声。俺の目の前で笑う醜い男の、声。
「なにがおかしい」
「確かに実の娘ならばそうかもな」
「…………」
あぁ、そうか。そうだったんだ。
だから、思った以上に老けていたし、思った以上に似ていなかったんだ。
あぁ、そうか。そう……か。
「その娘は私の娘ではない。実の親に売られただけの、どこの馬の骨とも知らぬ生贄用の小娘だ。クジャクミヤ家にふさわしい娘になるだと? 笑わせる。なれるわけがないだろう! 父親に認められたい? その父親は、その娘のサナという名前だけ残して去っていったぞ! たかだか少量の金だけで――ぐふぅっ!?」
もう、止まらない。
衝動に任せてレンヤの顔を力の限りに殴った。一発、一発。
そうしてもう一発をくれてやろうとしたとき。
「っ!!」
「サナっ!!」
サナが走り去る音と、イヴの悲鳴を聞いた。
慌てて振り返ればサナは部屋から出ていくところで、輝く何かが床に落ちるのが見えた。
「イヴっ、この場は任せる!」
「は、はいっ!」
屑を離し、俺はサナを追いかけた。
この状況で、サナを一人きりになんてさせられるわけがなかった。




