第83話 慟哭、心に響く
教室で突然起こったサナの暴走。
それを沈めた俺たちは一旦生徒達を帰らせ、意識のないサナを背負って家へと帰ってきていた。
サナは今、客室のベッドの上で穏やかな寝息を立てている。
部屋に居るのは俺の他に、イヴ、ムゥ、そしてたまたま今日見学で訪れていたアガートさんだ。
「一応確認しましたが、目立った外傷は無いと思われます。ただ眠っているだけで、時間が経てば起きるかと……」
「そうか……」
イヴの言葉にとりあえず一安心。
すると様子を見守ってくれていたアガートさんが控えめに声をかけてきた。
「エンディさん、その……さっきのは一体?」
「分からねえんだ。急に様子がおかしくなったと思ったら、おひさしがどうとか訳わかんないこと言う奴になってた。そいつは居なくなったが……なあイヴ、なんでおひさしをサナから切り離せたんだ?」
あの時、おひさしは絶対の自信を持っていた。
自分は決してサナから離れることはないと信じていただろうし、現に俺も、あのムゥですらもそれはできなかった。
俺の知らない何かがあるのかと尋ねると、イヴは首を傾げる。
「……? えっと……なんの話、ですか?」
「…………」
とぼけている様子はない。ただ純粋に疑問に思っている表情だ。
「サナからおひさしを切り離す前、なんだったか……『切り離し、閉じる』みたいなことを言っていた気がしたが……」
「切り離し、閉じる……ですか……」
首を傾げ、何かを考えるイヴ。けれどしっくり来ていないようだ。
少し考えたものの、結局彼女は首を横に振った。
(……なんだったんだ? 記憶がないことと何か関係があるのか?)
イヴはカーネリア領で目覚めるまで記憶を失っていた。
ひょっとしたらその前に何かがあって、おひさしを何とかできる力を持っていた?
色々考えるものの、答えは出ない。
「……それよりも今考えるべきは、クジャクミヤ家か」
「あ……」
俺の言葉に、今度はムゥが反応した。
ベッドの向こうの椅子に座る彼女は目を瞑り、数秒。
目を開けて、難しそうな顔をして首を横に振った。
「……護衛、気配、ない」
「三人ともか?」
「うん」
「ちっ……逃げられたか」
あれほど大きな音に加えて、校舎の壁の一部が吹き飛んだんだ。
サナの護衛役だってそれを知っている筈。
にもかかわらずサナを置いて逃げたということは。
「十中八九、クジャクミヤ家が関わってますね」
「ああ、そのようだな」
サナの事といい、おひさしの事といい、分からないことが多すぎる。
さらにはクジャクミヤ家が俺の校舎に穴をあける間接的な原因になった可能性すら出てきた。
これは、直接話を聞かなきゃならねえか。
「イヴ、ムゥ、教室を少しの間休止することはできるか? 生徒達には少し悪いが、この件は全員で向かいてえ」
「先生が望むのでしたら、直ちに」
「教室、壊された。もし、クジャクミヤ、関わってる、許せない」
イヴとムゥの返事を聞いて、俺も頷き返す。
すると意外なところから声が飛んだ。
「それならば、休止中の生徒達の宿代などは私の方で負担しよう」
「……い、いいのか? そりゃあ、ありがたいが……」
「あのようなものを見せられてしまってはな……ただ少しエンディさんに頼みたいことがある」
「頼みたい事?」
「ああ、少し部屋を出て話せるだろうか? 無理なお願いをするつもりはないがね」
アガートさんに言われ、俺は席を立つ。
サナの事をイヴとムゥに任せ、俺とアガートさんは部屋を出た。
廊下にて、小声で会話をする。
「お願いというのは他でもない。今回クジャクミヤ家に向かう前に、セイラン王国のリュウガ王にそれを伝えたい」
「え? セイランの国王に……?」
話の流れがよく分からなくて戸惑う。なぜここでセイラン王が出てくるのか。
「……実はリュウガ王はセイランを統一したものの、まだ国内を完全に一つにはしていない。反対勢力や、従わない領主と時には言葉で、時には武力で関わることもある。その彼がきな臭いと言っている家の一つが……クジャクミヤ家だ。今回の一件、リュウガ王には事前に話を通しておきたい。……エンディさんとしても、慣れない地で動きやすくなるだろう」
「なるほど……」
サナが巻き込まれたことで少し感情的になっていたが、確かにアガートさんの言う通りだ。
少し考えてもそれが良いという結論しか出てこず、小さく頷いた。
「私はこれから城に帰り、特殊な装置を使ってリュウガ王と連絡を取る。エンディさんは少し後にセイランに向かい……そうだな、ナバラ領が良いか。そこの停車場で、リュウガ王の使いの者と落ちあえるようにこちらからは伝えよう」
「……いいのか? そこまでやってもらって」
いくらなんでも至り尽くせりじゃないかと思って聞き返すと、アガートさんは苦笑いをした。
「私が後ろ盾である教室での騒動であるし、エンディさんだけでなくイヴくんやムゥくんも向かうなら、最悪の場合、事が大きくなりすぎる。君たちはその……あまりにも強すぎるためにな……あとは、まあ、印象を良くしておきたいというか」
「?」
最後の方は聞き取れなかったものの、アガートさんの気持ちは分かった。
それなら彼の好意に甘えさせてもらうとしよう。
「分かった。アガートさん、それで頼――」
「先生、サナが目覚めました!」
扉を勢い良く開けて顔を出したのはイヴ。
その音を聞いて、俺はアガートさんと共に部屋の中へ入る。
ベッドの上には、ムゥに話しかけられているサナが目を薄く開いてぼーっとしていた。
「サナ、サナ……大丈夫か?」
「あ……せん……せい?」
まだ意識がはっきりとしていないのか、弱々しい声を出すサナ。
けれどその声音は、確かにサナのものだった。
「わた……くし……どうして……確か、先生の教室で授業をしていたら胸が痛くなって……それで……あれ?」
上体を起こし、頭に手で触れるサナ。
「わたくし……どうしてここで寝ているんですか?」
「それ……は……」
言葉に詰まる。どうやらサナはさっきまでの記憶がないみたいだ。
こんな状態のサナになんて声をかければいいのか、迷う。
けれど覚悟を決めて、小さく息を吐いた。
「なあサナ、おひさしって知ってるか?」
「おひ……さし? おひさまのことですか?」
「いや、そうじゃないんだが……サナ、お前はさっきまでそのおひさしっていう怪物に身体を操られていた」
「……は、はい?」
「実感がわかないかもしれないが、事実なんだ。暴走したお前をイヴとムゥが取り押さえた。おひさしをお前から切り離した後に、お前は眠ったんだ」
「え? えぇ? ……あ」
不意に、サナが自分の手のひらを見て何かに気づく。
けれどその両手はとくに怪我もしていないし、痺れてもいない。
にもかかわらず、サナはその両手を見ていて。
「…………」
そしてその瞳がゆっくりと動き、俺の腰の刀を捉えて。
激しく、揺れた。
「せん……せい……きょ、教室……教室……は……」
「あ……あぁ……」
「っ!?」
「あ、おい!」
直後、サナはベッドから飛び降りて、目にもとまらぬスピードで駆けていく。
さっきまで寝ていたとは思えないほどの速度に驚き、咄嗟にその後を追った。
家を出て、その後ろ姿をひたすらに追う。
(な、なんつースピードだ……)
最初は軽く走っていたものの、サナはどんどん先に行く。
まずいと思って、速度を上げた。
それでようやくついていけるほどの速さ。
サナは一直線に校舎の方に向かい、そして。
そのやや長い道を、彼女は走り切った。走り切ってしまった。
「あ……」
そう、見てしまった。
俺の教室に、大きな穴が開いているところを。
「ああ……」
膝をつくサナに、駆け寄る。
彼女はただじっと教室を見て、そして目には涙を浮かべて。
「あああぁぁぁ!! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! わたくし、わたくしっ!! わたくし、なんてことを!!」
「サナっ! サナっ!」
「ああああぁぁぁぁぁ!!」
俺の身体で教室を隠しても、サナの慟哭は止まない。
俺の胸の中で、サナは泣き続けている。
(この……くそ野郎が……)
その姿を見て、俺の中からマグマのごときドロドロとした感情が流れ出てくる。
逃がしてしまったおひさしや、もし関連しているとしたらクジャクミヤ家。
それらに対して言いようもないほど大きな気持ちを、抱いていた。




