第76話 家での一幕
家で生活するにあたり、サナには空いていた客室を与えた。
作った当初は使うのか、と思っていたが、なんだかんだ言って客室を使っているので、イヴとムゥの言うことは正しかったらしい。
中々の慧眼である。
タケルさんの言った通り、サナの荷物はそこまで多くはなかった。
名家の御令嬢と言っていたものの、彼女曰く「着飾らなくても、らしくはあれますので」とのこと。
サナが言うと説得力があるな、と思ったりした。
その日の夕食後、俺は居間にて、サナと向かい合って座っていた。
イヴとムゥは既に自室に戻っていて、この場には俺達二人だけだ。
「夕食の準備はどうだった?」
「初めてやりましたが……イヴ先生の手際が見事でした。わたくしは簡単なことをするので精一杯で……」
「誰しもいきなり完璧にはできねえよ。ゆっくり覚えていけばいいさ」
「なるほど……」
コクコクと頷くサナ。
それにしても自分のことを「わたくし」と呼ぶなんて、余程大切に育てられてきたんだろう。
なのに新しく教える場が俺の教室でいいのか、とは思う。
他にもっといい場所が……いや、ここが一番だな。うん。
金色の輝きを脳裏に思い浮かべて、馬鹿な考えを否定した。
「以前も誰かから教わったことがあるのか?」
「はい、先生様から言葉遣いや作法、この世界の簡単な地理に関してはご指導いただきました」
「お、そうなのか。じゃあここがどの国所属かとかも分かっているのか」
先生様という呼び方が気になったものの、事前知識はあるということで少し安心した。
サナも頷き、口を開く。
「ここはシエルエイラ国……ですよね? 実はわたくし、外に出たことがあまりなくて……初めて見るものばかりで新鮮な気持ちなのです」
それについてはタケルさんから事前に話は聞いていた。
教室でもそうだったが、ここに来るまでもサナは目を輝かせていたし、それはこの家に来てからもそうだ。
色々なものに疑問を持つからか、それが何かを教えたりもしていた。
「教わったのは言葉遣い、作法、地理についてか……読み書きはできるよな?」
今後に生かすために簡単にメモを取りながら質問。
さっきの夕食の時も観察していたが、食事の作法も特に問題はなかった。
むしろ綺麗に食べてくれて、イヴも喜んでいたくらいだ。
「いえ……読みはともかく書きの方は……あ、で、ですが多少なら書けます」
「え? そうなのか?」
意外な事実に目を見開く。
ここまで礼儀作法を仕込む先生様とやらが、その前段階である読み書きを疎かにするとは思っていなかった。
「書物とかどうしてたんだ? その先生様?が書いた紙とか見たほうが復習になるだろ」
「与えられていませんでした。今は不要、と言われていましたので」
「今は……不要……?」
なんだろうか、クジャクミヤ家流の指導の仕方でもあるのだろうか。
それにしてもだいぶズレた教育のように思えるが。
(んー? でもここで教えて欲しいって来てるわけだし……)
読み書きを重視しないということなら、『女は学問なんて必要ない! 家庭に入って夫を支えるのが務めだ!』というような地球で言うところの、かなり昔の凝り固まった頑固な考えに似たようなものだと言うこともできる。
けれどそれなら、わざわざ俺の教室にサナを連れてきて教えてもらう意味が分からない。
「まあ……考えても分からねえか」
目の前のサナが答えを持っているわけじゃないし、俺の方からクジャクミヤ家の当主にコンタクトが取れるわけでもない。
きっとタケルさんに聞いたところで、彼はサナの言う先生様じゃないから分からないだろうし。
(つーか先生様ってなんだよ)
どことなく気持ち悪さを感じた。
「あー、サナ? 俺の事は普通に先生とかでいいからな? 様とか不要だから」
「し、しかし……」
「言いにくいだろ? だからナシだ」
「先生さ……先生がそうおっしゃいますなら……」
渋々と言った形で、サナは首を縦に振った。
その後、寝るまでの間に俺はサナと会話を重ねた。
結果分かったことは、サナは言葉遣いや振る舞いについては熱心に指導されたということ。
見たことがなくても、知識として知っている物は多かったということだ。
例えば、世界に魔物がいることは知っているが、見たことはない。
俺の腰にある刀も、名前は知っているしどういうものかも分かるが、見るのは初めて。
そして読み書きはそこまで深く指導されていない。
その証拠に、シエルエイラという単語を書くことができなかった。
なんというか、かなり歪だと感じた。
◆◆◆
「……ん」
窓から差し込む朝日を受けて、目を開ける。
この時間になると目が覚めるのは、体が覚えているからだ。
さて、今日も一日頑張るか。まずは周囲の魔物狩りから――。
「……ん?」
そう思ったところで、何か温かさを感じた。
もしやと思って、掛け布団をめくってみる。
「…………」
すやすやと穏やかな寝息を立てるクソガキが居た。
しかも生まれたままの姿なのか、肌色の肩が見えている。
「…………」
とりあえず掛け布団を丁度よい位置に動かして、何も見えないように。
そして側にあった小さなクッションを手にして。
「てい」
それをクソガキの顔に力の限り押し付けた。
「む……む? ん……んん!? ん~~!!!」
息ができなくなってじたばたと藻掻くクソガキ。
この野郎と思ったところで。
「うおっ!?」
クソガキ、もといムゥの手のひらから魔法が放たれた。
天井へと飛んだ火の玉は豪快な音を立てる。
結果、イッテツさんが作ってくれた魔石を取り込んで強度を上げた天井くんは、呆気なく穴を開ける羽目になった。
「あー!! お前! お前っ!!」
「ぷはっ! エンデー! 鬼っ! 鬼っ!」
「いやそうじゃなくてこのクソガキ! 俺の部屋になにしやがる!」
クソガキと言い争いを始めたとき。
「先生っ! どうしましたか!?」
バンッ、と大きな音を立てて、扉が開いた。
当然、そこにはイヴが立っていて、その後ろには驚いているサナの姿もあった。
イヴは俺を見た後に、言い争いをするムゥに目を向ける。
「…………」
「「…………」」
沈黙する俺たち。
その間、イヴの目は俺、ムゥ、天井の穴、ムゥ、俺、天井の穴、ムゥ、天井、ムゥと動き。
「……ムゥ」
身震いするほど満面の作り笑いを浮かべた。
「先生、後ろ向いてください」
「……おお、そうだな」
素直に回れ右。直後。
「痛いっ!」
――ゴンッ。という大きな音が響いた。
「弁解を聞きましょうか。無ければ殴ります」
「もう、殴った。イヴも、鬼……」
「ムゥが、悪いんでしょう! とにかく服を着なさい!」
「むぅ……」
ぱぁあああ、という光の音が聞こえる。
「先生、もう大丈夫です」
「お、おお……」
振り返ると、ムゥはいつもの魔導服に身を包んでいた。
一瞬で着替えられるのは便利な魔法だな、なんて思った。
もちろん現実逃避だ。
「どういうつもりムゥ。先生のベッドに侵入するなんて」
「予想外」
「……忍び込むつもりじゃなかったということ?」
「自分の部屋、思ってた」
どうやらムゥは部屋を間違えてしまっただけらしい。
本当に勘弁してくれ。そのせいで俺は今、死ぬかと思ったぞ。
「夜、起きた。だから」
「……はぁ、そういうこと。分かったわ。……まあ今回は私のせいか」
「??」
ムゥとイヴが小声で何かを話していて聞き取れなかった。
ただイヴは頭を抱えていて、困った様子を見せている。
そしてそのイヴの真上には、日の光が差し込む穴があって。
「……な、なあイヴ、ムゥ、どっちでもいい。どっちでもいいんだが、天井の穴、塞げないか?」
脳裏によぎるのは、世界最強の大工様の姿。
『また俺の作品をこんなふうに!』と怒鳴る彼の姿が、いとも簡単に思い浮かぶ。
「エ、エンデー、まずい、まずい、イッテツ様、まずい」
「お、おう。ムゥ、お前なら穴塞げたりとか」
「で、できる! できる!」
「おお、やれ! やるんだ!」
俺とムゥは一丸となって天井の穴を塞ぐことに集中する。
「いいぞムゥ、この際多少はおかしくても……いや、おかしいとバレるかもしれねえ。なるべく完璧に直すんだ!」
「直す、絶対、直す」
次第に塞がっていく天井の穴。
小さくなっていく日の光が、俺たちの命を繋ぎとめるようだった。
「はぁ……なにやってるんですか。サナ、悪いのだけれど時間がかかりそうだから先に洗濯をしてもらえるかしら? 昨日ムゥが教えた通りにやればできると思うの。私もすぐに行くから」
「は、はい! 失礼します!」
イヴから頼まれて去っていくサナ。
家に来た翌日から、変なことに巻き込んでしまったようだ。
結局、呆れたような声を出したイヴも手伝ってくれて、なんとか穴は塞げた。
念のため色々な方向から見たけど、完全に塞がっていて以前のままだ。
これならイッテツさんが仮にこの家を訪れても気づかないだろう。
気づかないに決まってる。気づくわけがない。そう自分に言い聞かせた。
そんなことを思っていると、イヴに袖を摘まれて、引かれた。
「先生、こちらに。……で、ムゥ。どうだった?」
「護衛、三人、それ以外、居ない」
「……あ?」
何かと思っていると、ムゥから聞いたのは予想外の言葉だった。
「位置、遠い。見てる、交代で」
「……護衛を確認したのか? なんで?」
「念のためです。嘘をついていたので」
「嘘?」
そんなのあったのだろうか。
そう思うものの、イヴは真剣な表情だ。
「……昨日、彼は私達に、エステルに家を持っているか確認をしました。ですが、あの時の彼は先生が否定するのを分かっていたように見えました。おそらく私達が近くに家を持っていることを事前に知っていたのだと思います。さらに、侍女を置くことを狙っているようでした。結果として護衛になりましたが……それも本当か怪しかったので、夜中にムゥに辺りを探ってもらったんです。護衛以外になにかあると面倒ですから」
「ああ、だからムゥが間違えて俺の部屋に」
「ムゥ、明日からはしなくていいわ」
「? 毎日、できる」
「しなくていい。もしするなら事前に言って。ちゃんと自分の部屋まで送り届けるから」
ニッコリ笑顔でムゥに伝えるイヴ。
ムゥはボーっとした表情で、小さく頷いた。
「それはアレだろ? この近くに家ありますよね、とか言うのはちょっと、みたいな? 急に言われると身構えるだろ」
「それは……そう……ですね」
イヴはしっくり来たようで頷いたものの、どこか晴れない表情だ。
けど俺はそれ以外に理由があるとは思えなくて、頷いた。
「侍女についても、護衛を兼任させたかったんじゃねえか? よくあるだろ、メイドだけど訓練受けて戦える、みたいなやつ」
「ある……んですか?」
「??? 初耳」
驚いた。どうやらこちらの世界では戦闘メイドは主流じゃないらしい。
確かに俺もこの世界ではそんな人、聞いたことないけど。
この言葉はしっくりこなかったようで、二人は首を傾げている。
わざとらしく咳払いをして、取り繕うように続けた。
「……どっちにせよ、護衛以外居なかったんだから良いんじゃねえか? 他に気になることでもあるのか?」
「いえ、それ以外は特に」
はっきりとした言葉から、イヴが本当に疑問を覚えている部分がないことを悟る。
「じゃあ行こうぜ。あんまりサナを待たせちゃ悪いからな」
最後にもう一度だけ天井を見つめ、それが完璧に直っていると確信して、俺は自室を出た。




