第74話 ある日の訪問者
昼下がりの校舎。
俺の教室(といっても最近は授業目的ではめっきり使っていないが)にて、俺とムゥは横並びで座っていた。
前にも話したが、俺の教室は以前の小屋と同じで大きなテーブルが一つ入っているだけ。
椅子も予備のものを除けば四つしかない。
そうなると必然的に部屋の使われ方が決まってくる。
一つは俺の授業。
もう一つ、つまり俺の受け持っている生徒がいないときの使い道はというと。
「初めまして、シンシア・オーランドです!!」
生徒の面接の場だ。
ルイ達「星の牙」は冒険者活動に勤しんでいるらしく、教室の宣伝も積極的に行っているらしい。
美男美女の四人は人気らしく、その実力の高さもルイ達は三級レベル。
アンナに関しては準二級だと手紙で聞いた。
そんな彼らが口を揃えて言う教室に、興味を持つ人が最近は本当に増えてきた。
いや、爆発的に増えてきたと言ってもいい。
だから教えるべきかどうかの試験や、面接をする必要があった。
今ではイヴもムゥも人気教師となっていて、それぞれ生徒を抱えている。
特にイヴはもう手一杯な状態で、空いているのはムゥだけのような状態だ。
俺? 俺には生徒はいない。ピンとくる奴がいないし、アガートさんから打診が来るかもしれないから意図的に空き状態にしている。
まあ、個人的にはゆったりできるから全然構わないんだが。
生徒たちの統括管理もしているから、めちゃくちゃ暇というわけでもないし。
「……なんで、来た」
「いや、お前なんで頭抱えてんの?」
隣で頭を抱えているムゥに声をかけたが、返答はない。
仕方ないので、一旦ムゥは無視して面接を進行する。
「えっと……シンシアはマルク・マギカの魔塔に在籍中なのか……おお、ということはムゥと知り合いか」
「はい! ムゥ教授には魔塔でお世話になりました!」
「お、おお、そうか……」
背筋をピンと伸ばし、ハキハキとした返事。
どちらかというと、ある程度指導した後のイヴやルイはこんな感じだが、まさか最初からこうとは。
「魔塔は休学して、エステルの町で宿を取るのか……すごい決心だな」
「両親は説得しました! 問題ありません!」
「おお……まあそんだけのやる気を伝えたなら――」
「はい! 3日間ずっとムゥ教授のすばらしさを伝えました!」
「おぉん?」
チラリとムゥを見ると、彼女はいやいや、と首を横に振っていた。
「……なにお前? なんかの宗教の教祖にでもなったの? ムゥ教?」
「エンデー、言われたくない。黙って」
そうは言うが、シンシアの目は何というか、かなり熱が入っている。
どこか見覚えがある目だなと思わなくもないけれど、信者の目ってああいうのじゃね?
(どこで見たんだっけ? あー? ……あ、イヴがたまにする目……か……)
俺は考えるのを止めた。
「えー、はい。では面接を続けますよー。そうですねー、何か強みが知りたいですねー。こんなことできますよとか、こんなことしましたよーとか、教えて下さーい」
「え、えっと……す、少し待ってください……」
えっと、えっと、と必死になっている姿を見て少し微笑ましくなる。
こういうので良いんだよ。どこかの誰かみたいな目をするのは止めような。
とはいえちょっと混乱しているみたいだから、助け舟を出すか。
「魔塔ではムゥに教わったんだよな?」
「はい! ムゥ教授は愚かな私にも親切に……」
「愚かな?」
あまり聞かない言葉をシンシアの口から聞いて、思わず聞き返してしまった。
「はい。私は最初に……その……ムゥ教授に魔法を放ってしまいまして……」
「は、はぁ?」
え?何を言っているの? と思ったものの、シンシアは止まらない。
「あのときの私は本当に愚かでした。ムゥ教授の実力を知らず、調子に乗って完全に井の中の蛙……挙句の果てにムゥ教授を馬鹿にして背後から魔法を放つ救いようのない人間でした!」
「へ、へえ……じ、自分の非をそこまで正直に言えるのはすごいことだ。うん」
「ですが! ですが! ムゥ教授はそんな私に魔法を撃ってくださったのです! 私のすぐ隣を通過して講堂に穴をあけたサンライトの魔法……あぁ、溢れる魔力に圧倒的なカリスマ……そして『クソガキ、調子、乗るな』という言葉……」
「くっ……くくっ……そ、そうなのっ……くくっ……かっ……」
あかん。面白くて笑いが止まらない。
なんだそれ。言葉のチョイスも面白いし、講堂に穴開けるのも面白すぎるだろ。
「お前……お前……すげえなムゥ……ぐっ」
「エンデー、笑いすぎ」
脇腹を小突かれ、笑うのを止められた。
これ以上言うと顔をうっすらと赤くしている第二の教え子から火の魔法を撃たれそうなので自重してやろう。
俺は生徒思いの先生なのだ。
「はぁ……はぁ……くっそ笑ったわ」
「……合格」
「お?」
「合格!」
これ以上黒歴史を公開したくないのか、ムゥが珍しく声を荒げる。
「シンシア、魔法、強い。前、教えてた。合格」
「いやいや、やっぱりここはもう少しムゥの魔塔での話を聞かないと――」
「エンデー!!」
「はいはい、分かった分かった。実力はそれなりだろうし、面識のあるお前の教室に入れるって。だから落ち着け」
流石に揶揄いすぎたようだ。
ジト目で睨みつけてくるムゥをこれ以上刺激するのは止めよう。
今回は本当に止めよう。そうしよう。
「あ、ありがとうございます! またムゥ教授のもとで、精いっぱい頑張ります!」
「……先生、呼んで」
「はい、ムゥ先生!!」
シンシアの大きな返事で面接は終わる。
最後の最後まで背筋をピンと伸ばして、そして深々と礼をして、彼女は去って行った。
そしてしばらくして、ムゥは閉じた教室の扉を見て大きなため息をついた。
「エンデー、鬼」
「そうは言うがな……だったらそもそも魔塔でシンシアに言わなきゃよかっただろ」
魔塔で何人かの生徒に事前にここに来ることを伝えた、ということは聞いている。
シンシアのような人間に伝えたらこうなるのは分かりそうなもんだが。
「……熱意、負けた」
「あー、めっちゃ聞かれて話すしかなかったみたいな感じか……あれはそうなるわな……」
苦笑いしつつ、手元の紙に視線を落とす。
「っと、今日はもう一人いるのか。タケル・ナンジョウ? セイラン国出身か」
名前から出身国を予想したところで、イヴのメモ書きが目に入った。
『生徒というわけではなく、生徒のことで相談したいとのことです』
これも中々に珍しいタイプだ。
言ってしまえば保護者が事前に聞きに来るようなものか。
前の世界ならともかく、この世界では珍しいだろう。
「ん、来た」
そんなことを思っていると、丁度タケルという人が来たらしい。
ノックの音に「どうぞ」と答えると、入ってきたのはセイランで一般的な男物の着物に身を包んだ男性だった。
「失礼します」
とても礼儀正しく、顔つきも精錬。
彼はそのまま俺たちの前まで歩き、頭を下げた。
「お初にお目にかかります。セイラン国出身、タケル・ナンジョウと申します」
「ああ、そこに座ってくれ」
「失礼します」
綺麗ともいえる動きで椅子に腰かけるタケル。
いや、俺よりも年上に見えるのでここはタケルさんと呼ぼう。
「それで、相談したい事ってのは?」
「はい、今回依頼したいのは我が主、クジャクミヤ家の御令嬢、サナ様についてです」
「クジャクミヤ……御令嬢……」
クジャクミヤ家は確かセイランの南の方の小さな地主だった筈だ。
こことセイラン国は近いが、それでもクジャクミヤ家の領地は他の領地を二つか三つ経由しないと行けない筈。
そこまで教室の名声が届いていることに驚きだった。
「ただ、サナ様はこれまで大切に育てられていたため、世間の常識や知識、歴史などに少々疎いところがあります。そちらを指導して頂ければと思い、こちらに窺わせていただきました」
「剣や魔法ではなく、常識や知識?」
今までにはないタイプの依頼だ。
けれどタケルさんは真剣な表情をしている。
「ここでは教師と生徒が一人と一人という関係で指導すると噂に聞きました。それゆえにサナ様が教わるのに理想的な環境ではないかと思った次第です」
「あー、なるほどそういうことか……」
タケルさんの言いたいことは分かるが、それができるのは今は俺だけで。
「この教室は生徒を一度、直接見てそれで判断するんだ。だから一度、そのサナ様を連れてきてもらわないとならねえ」
「そちらは問題ありません」
「教えるのは俺になるし、サナ様と会った結果、断るかもしれねえ。それでもいいか?」
「はい、もちろんです」
モルボルの時と違い、とても礼儀正しいタケルさん。
彼は立ち上がり、俺の前に来る。すると懐から紙を取り出した。
「?」
受け取り、確認をする。
書いてあるのはレンヤ・クジャクミヤという名前と、桁の多い数字。
「受けてくださった場合には、感謝の意として金銭を支払うと当主様はおっしゃっています。まだサナ様の面接が済む前にこの話を出すのは無礼かもしれませんが、こちらの気持ちの大きさとして、ご留意ください」
「あ、ああ……」
凄い金額だ。アガートさんからの援助で教室は安泰の路線に乗っている。
けれどそれを考えてもこんなに貰っていいのかと思うほど。
しかもこれらを、ただ勉強や常識を教えるだけで貰えるとは。
(……なんかよく分からねえけど、すげえ太客じゃねえか!)
久しぶりに、テンションが上がった。
「サナ様は近いうちにお連れします。その時はぜひ、よろしくお願いします」
「ああ、待っている」
タケルさんは話が終わるともう一度深々と頭を下げて、教室を出ていった。
手元に残るのは一枚の紙。
これは本物の金ではない。けれど未来に入る可能性のある金だ。
「……エンデー、守銭奴」
「い、いやいや。ほら、そろそろ俺も一人くらい受け持ちたいなって気持ちなんだよ」
「紙、目の色、変わってた」
ジト目でムゥに見られる。
これがイヴならそこまでとやかく言われることは無いんだろうが、ムゥは以前から俺の金に対する執着に結構否定的だ。
「それに、そのサナ様? っていうお嬢さんを見てからだろ。とんでもない傲慢だったり、学ぶ気が全くなかったりしたら流石に無理だからな」
「うん、心配してない……エンデー、お金、より、生徒」
「? なんだって?」
「……なんでもない」
ため息を吐くムゥを見ながら、小声で言われたら分からねえだろ、大声で言えと思った。
言うとジト目で見られるだろうから、思うだけにしたけど。




