第73話 とある箱入り娘の独白
『サナ、お前は選ばれた娘だ。クジャクミヤ家の娘として、恥じない生き様を示し続けよ』
幼い頃にお父様に言われたことを、わたくしは毎晩思い出します。
わたくしは幸せ者、わたくしは選ばれた者。
だからそれに相応しいだけのものを身に付けなければなりません。
「…………」
周りを高い塀で囲まれた小さな民家がわたくしの居場所です。
生まれてからずっと、わたくしはここで生きてきました。
先生様から様々なことを学び、身に付けましたがまだまだ不足しています。
わたくしは、まだまだ未熟者。
――コツンッ、コツンッ
足音が聞こえ、そちらに目を向けます。
この屋敷を訪れる者はほとんどいない筈。
まさかお父様が? と一瞬思いましたが、どうやら違ったようです。
暗い廊下の向こうから、一人の殿方が現れます。
着物をきっちりと着こなした、クジャクミヤ家傘下ナンジョウ家のタケル様。
彼は一礼した後で、わたくしの向かいへと座りました。
それを見て体が自然と動き、わたくしもお辞儀をします。
来訪してくださった方には最大限の敬意を払うべし、と染みついていますので。
「サナ様、レンヤ様より言伝がございます」
「お父様が、ですか?」
お父様の名前を聞き、ざわつく心を必死におさえながら尋ねます。
タケル様は首を縦に振り、静かに口を開きました。
「お言葉を失礼します。『サナ、お前も、もう17になった。そろそろ世間を知っても良い頃だろう。だが学ぶことも必要だ。それ故にお前を、外のある場所に預ける』」
「……そ、外に……? それは本当なのですか?」
早鐘のように鳴る心臓の音を聞きつつ、わたくしは尋ねます。
わたくしにとってはこの家の敷地が世界のすべて。
そこから出ることは本当にたまにしかなかったのです。それがある場所に預けるだなんて。
「レンヤ様からの伝言では、確かに」
「そ、それでわたくしが預けられる場所とは……」
「現在見繕っている最中ですが、最有力候補はシエルエイラにある、とある片田舎の教室です」
「シエル……エイラ……」
先生様の授業を受けたときに習いました。確か、ここセイラン国の隣国だった筈です。
遠くへ行けるかもとは思っていましたが、まさかそこまで遠いだなんて。
思わず胸の前で握りこぶしを作ってしまいました。
「この教室は、生徒に対して教師一人が教える形を取るそうです」
「まあ、先生様の授業と同じなのですね……大丈夫でしょうか……」
「サナ様は厳しい授業もしっかりとやり遂げておいででした。今回も大丈夫かと」
タケル様に励まされ、わたくしは曖昧にうなずいて返しました。
むしろダメダメなわたくしにその教室の先生様が失望なさらないかが心配です。
「先に私の方でその教室に伺い、サナ様を受け入れてもらえるかどうか、責任者の方と話をするつもりです。もし問題ないようであればすぐに向かいますので、準備をしておいてください」
「わ、分かりました……タケル様、どうかよろしくお願いします」
「このタケルにお任せください」
聞いた話ではあるのですが、タケル様は優秀なお方らしいです。
その腕前はお父様も認めるほどだとか。
お父様に頼りにされるタケル様を羨ましいと思ってしまいます。
いつかわたくしも、タケル様のようにお父様に必要とされる日が来るのでしょうか。
「そうでした、最後にレンヤ様からの伝言がもう一つあります」
「は、はいっ」
お父様からの言伝がまだあるということで、思わず背筋が伸びます。
「『サナ、これが最後の試練だ。越えた暁には、お前を一人前のクジャクミヤの者として認めよう』とのことです」
「そ、それは……つまり……」
詰まってしまったわたくしの言葉に、タケル様は笑顔で答えてくださいました。
「世間を知った暁には本邸に移ることが許される、ということでしょう」
「まあ……これは一層頑張らなくてはなりませんね。しっかりと学ばなくては……」
「はい、タケルも嬉しゅうございます」
あまり接点のないタケル様も自分の事のように喜んでくださいます。
もちろん今までも全力でしたが、今回もそれと同じ、いえ、それ以上に励まなくてはなりません。
「そ、その……シエルエイラにある教室は何という名前なのですか?」
「スカイグラス教室、という名前らしいです」
「スカイグラス……隣国なので当たり前ですが、セイランではあまり聞かないような名前ですね」
「そうですね。……ではサナ様、私はこれで失礼します。次回訪れたときには、良い報告を持参いたします」
「はい、よろしくお願いします。タケル様」
その日はこうして、家を後にするタケル様を見送りました。
そしてそのしばらく後、再度家を訪れたタケル様は嬉しい報告を持ってきてくださいました。
かのスカイグラス教室が、わたくしを受け入れてくださるかもしれないとのことでした。
ですが受け入れていただくには面接があると。これも試練の一つなのですね。
わたくしは言われた通りに荷物をまとめ、全く知らない世界へと旅立っていきます。
そこで後に師匠様と呼ぶことになるお方と出会い、わたくしの運命を大きく変えるとは、このときの無知なわたくしは思ってもいなかったのでした。




