第72話 断章:勇者シエラ・エンフィールド2
シエルエイラで魔物討伐をしつつ過ごした後、私はマルク・マギカに移動して魔塔を訪れていた。
数年ぶりに訪れた魔塔は以前来た時とあまり変わっていなくて、少し懐かしい気がした。
魔塔上層階のテラス席にて、私はテーブルについている。
他には二人がテーブルを囲んでいた。
「提案なんだけど、魔塔の教授全員と宮廷魔導士全員で氷結の大地を攻略しない?」
「お前さんは何を言っとるんじゃ……」
呆れたように返したのは私の左隣に座ったヴァンディのお爺様。
この魔塔の長にして、私と同じ「勇者」の称号を持つ人だ。
魔法の師匠でもある。彼は認めようとしないけど、お爺様から学んだことは多い。
「無理ですよ。実力的にはシエラさんが抜きん出ていますし、足手まといになっちゃいます」
同意したのは私の右隣りに座るティア・ナインズ。
彼女はこの魔塔の水の学科長で、「準勇者」でもある。
彼らが難色を示すことは分かっていたので、私はわざとらしくため息を吐いた。
「でもヴァンディのお爺様にティア、スイードやレスターを集めれば……」
「その四人全員でようやくお前さんと並ぶくらいじゃのう」
「そんなわけないでしょ。そもそもヴァンディのお爺様は同じ『勇者』じゃない」
「儂は勇者制度の初期に就任しただけじゃからなぁ……実力的にはスイード君にも及ばんて」
スイード・クロムキャスト教授。
彼もまたこの魔塔の教授だ。ただ彼は特別教授の立ち位置で、普段はマルク・マギカの魔法軍の遊撃部隊隊長を務めている。
残念ながら今日は軍での魔物討伐の仕事があるらしく、この場には不在だった。
「それに儂ら全員が魔境に挑んだら、もしもの緊急事態にマズいことになる」
「そうね。……気にしないで、分かってはいるの。ただ言いたかっただけよ」
そう答えると、ヴァンディのお爺様はカップに指を入れた後に、何かを思い出したように告げた。
「もう少し前……いや、もっと早く訪れてくれていれば一人紹介できる教授がいたんじゃがなぁ」
「そうなの?」
「ああ……でも彼女は……」
同じ教授ということでティアも覚えがあるようだ。
けれどヴァンディのお爺様もティアも、なぜか苦笑いを浮かべている。
「ムゥ・アスガルドという教授が以前おってな」
「ムゥ……アスガルド? アスガルド……そんな人、居たかしら?」
教授全員に詳しいわけじゃないけれど、名前も家名も聞いたことがない。
それなりの実力者なら私がこの魔塔で名前を聞いたことはありそうだが。
ヴァンディのお爺様は小さく笑って、カップを持ち上げて一口。
それをソーサーに戻して、続きを話す。
「そりゃあそうじゃろう。魔塔試験でA+の『トールハンマー』を放ち、満場一致で助教授に推薦。その後間もなく教授になったのじゃからな」
「……なにそれ?」
A+ランクなら、それだけで冒険者なら一級クラス。
使いこなせていて、他にも色々な事ができるなら特級すらあり得るだろう。
そんな魔法を、たかだか魔塔試験で放つ?
これが噂で聞いたのなら、どれだけ尾ひれがついているんだと言いたくなるけれど、相手はヴァンディのお爺様。
こんなところで嘘を言うような人ではない。
それにティアも、何度も首を縦に振っている。
「凄かったんですよ。彼女独自の魔法式を使って、魔法の実力ならライオット教授やクロムキャスト教授よりも上。ここでは魔法式の改造の講義をたまにしていましたね」
「魔法式の改造? それってヴァンディのお爺様の……」
「ああ、彼女のおかげで儂の研究も良い感じに進んだものだ」
嬉しそうに頷くヴァンディのお爺様。
彼は自らの研究や知識を深めたい人だから、喜ばしいことなんだろう。
それにしても、A+ランクの魔法を放てて、魔法式の改造もできて、しかも専用の魔法式を使う。
なんというか、おとぎ話の登場人物のようだ。そんな人がいるならぜひ会ってみたい。
可能なら氷結の大地の攻略に付き合ってくれないだろうか。散策だけでもいい。
「……でも、さっきの口ぶりだともう居ないのよね?」
「ええ、少し前にお辞めになられました」
「辞めた? 辞めてどうしたの? 魔法部隊にでも入ったの?」
「それが、不明なんじゃよ」
深くため息を吐いて、ヴァンディのお爺様はティアの補足をしてくれる。
「本人にも聞いたが教えてくれなくての。生徒の何人かには話をしておるようじゃが……『勇者』の称号にも興味がなかったらしいしの」
「え? そうなの?」
「ああ、レヴィ女王陛下と前に話したが、本人は興味がなく、さらにレヴィ女王陛下も無理と思ったらしく推薦すらしなかったらしい」
そんな話を、ついこの間聞いた気がする。
そう、確かアガートが言っていたイヴという名前の冒険者。
彼女も『勇者』を断っていたはずだ。
「そのムゥという人は、魔法使い?」
「魔塔の教授だからのう」
「……ひょっとして金髪?」
剣士ではないものの、念のために確認。
するとヴァンディのお爺様は首を傾げた。
「いや、彼女は黒髪じゃが」
「そう……」
やはり探している当てでは無かったようだ。
一体金髪の女性剣士はどこに居るのか……最近は全く足取りがつかめない。
「おぉ、そうじゃったそうじゃった!」
不意にヴァンディのお爺様が大きな声を出し、服のポケットから紙を取り出した。
それを差し出され、受け取る。
書いてあるのは魔法式だった。
「これは?」
「そのアスガルド教授が残してくれたものじゃ。お主が置いていった案を形にしてくれた」
「嘘……」
紙に書かれていることを端から端まで目を通し、読み取る。
確かにこれは私が思いついた魔法の案を魔法式に落とし込んでくれたものだ。
けれどまさかそれができる人物が居たなんて。
あくまでもなんとなくで思いついただけで、それを形にはできなかった。
まさかそれを魔法式にしてくれるなんて思ってもいなくて、驚いた。
「写しは取ってあるから、それは君にあげよう。というより、元々君のものみたいな感じじゃがな」
「そ、そう……ありがたく頂くわ」
新たな魔法を創造した。創造してくれた。
その喜びで、胸が少し熱くなった。
「できれば、魔法を覚えたら見せて欲しいのう。儂らは誰も発動できんから、解析が進まなくての」
「た、確かに……ちょっと複雑な魔法式ね。さっき言っていたムゥさん?専用のものなのかもしれないわ」
「彼女の性格的に一番ありえそうなことじゃ……」
ただ私は紙の魔法式を見ながらも、これが発動できないとは思えなかった。
時間はかかるかもしれないが、形にできる、そんな予感がある。
紙を大事に、服のポケットに仕舞った。
「ところでお主、これからどうするのじゃ?」
「もう少しマルク・マギカに居るわ。そうね……とりあえずライアスに会いに行くつもり」
同じヴァンディのお爺様の教え子で、姉弟子でもあるレヴィ。そんな彼女の孫娘の笑顔を思い浮かべた。
ライアスに起こった出来事を聞いてはいる。知り合いだからこそ、なにか出来ることがあるかもしれない。
「そうか……」
「…………」
ライアスの事を思い浮かべて少し暗い表情を見せる二人。
空気を良くしようと、その後のことも話した。
「その後は氷結の大地に足を踏み入れてみるつもりよ」
四大魔境の外側からの観察は既に済んでいる。
それなら次は中の調査だ。
「……大丈夫だとは思うが……気を付けるのじゃぞ? あまり奥へは行かぬことじゃ」
「出てくる魔物だけでもかなりの強さですからね」
「そうじゃ。それにお主を失ったら、それこそ世界的に計り知れない損失じゃ」
心配そうに目を向けるヴァンディのお爺様とティアに微笑み返す。
当然死ぬつもりなんて毛頭ない。
私にはまだ求めているものがある。探している人が居る。
その人を見つけるまで、私は何も諦めない。
……まあ、その人の鍵になりそうな金髪の女性すら見つかってないんだけど。
小さく息を吐いて、カップを持ち上げて一口。
淹れてもらった紅茶は、もう冷めてしまっていた。




