第71話 アガート王が考える教室の価値
謁見の間の扉が開き、おどおどとした様子で入ってくるのはモルボル・ロットカット。
弱小貴族で、城に召した記録も最近はない。
そんな彼は私の近くまで来て、膝をついた。
「へ、陛下……この度は――」
「堅苦しい挨拶は良い。面をあげよ。……今回、一つ確認したいことがあってな」
「はっ……な、なんでございましょうか?」
「貴卿はつい先日、イリアス領エステルの街の外れにある教室を訪れた。間違いないか?」
「は? ……は、はぁ……」
曖昧な返事に、胸の奥底から何かがこみあげてくる。
この者は愚かにも、自分がしたことの重大さが分かっていないのだろう。
「……その教室にて暴言を吐き、備品を乱暴に扱ったと聞いている」
「そ、それは……その……い、一族の者の教えを乞うたのですが、断られまして……」
「それだけで、そこまでのことを?」
睨みつけるように告げると、モルボルは「ひっ」と声を出して、取り繕うような笑みをうすら笑いを浮かべた。
「そ、その……断られ方が、ですね……こちらは誠心誠意対応したのですが……」
「ほう? 聞けば、貴卿が連れて行った三人はいずれも教えを受ける気がなく、しかもそのうちの一人は教室の女性教師に夢中だったようだが?」
「そ、そのようなことは……」
態度を見るに間違いなく黒だが、判断するにはまだ早い。
エンディさんとイヴくんが嘘を言うとは考えにくいが、中立の視点で物事を見るのは重要だ。
「ふむ……ならば今から人をやって、貴卿の一族の者に確認を取ろう。教室についてどう思ったか。無論、その間、貴卿はここにいてもらうぞ?」
「そ、それは……その……」
「ハッキリせよ! モルボル・ロットカット!!」
「ひぃっ!!??」
私の一喝に、モルボルは顔を護るように腕を動かして一歩下がる。
「わ、私は……私はただ教えを願っただけです! その際に断られたので、仕方なく……き、金銭だって十分な量を!」
「教室を潰すと、そう言ったのか!?」
「い、言いましたがそれも向こうの態度が――」
「馬鹿者が!!」
モルボルの言葉に思わず怒鳴る。
彼自身が認めたなら、それが真実。
モルボルの暴言や器物への乱暴な扱いはもちろん問題だ。
だが、最大の問題ではない。
一番の問題は、モルボルがエンディさんの教室を潰すと、そう告げたことだ。
過去、現在、そして未来において計り知れない価値を生み出している、あるいは生み出すであろう教室に手を出すことは許されたことではない。
強く釘を刺してでも止める必要がある。
「今現在、あの教室は私が後ろ盾になっている。この意味が分かるか? 王家があの教室の後ろに立っているということだ」
「お、王家が……ま、まさかそのようなことになっているとは……」
「今後一切、あの教室に対して何かすることは王家が許さん。もしも破ったら、貴族位すら剥奪すると思え」
「あ……ああ……か、かしこまりました!」
失意のままにモルボルは深く頭を下げる。
その様子を見て、少しだけ溜飲が下がった。
「もうよい」
「は、はっ!」
私の言葉で逃げるように去っていくモルボル。
その様子を見て、ため息をついた。
「大臣、ロットカット家を見張りの対象に入れよ。少しでも叩けばいろいろ出てきそうだからな。それに、もしも教室に対して妙な動きをするならすぐさま報告するように」
「……かしこまりました。しかし陛下……」
この場で怒りを露にする事があまりなかったためか、大臣は私を何か思うところがある目で見る。
そしてそれは隣に座る妻も、息子も同じだった。
「……大臣、こっちへ。お前たちは少し下がっていろ」
大臣を近くに呼び、兵士を一旦下げる。
そうして妻、息子、大臣にだけ聞こえるように取り計らった。
「……お前たち、よく聞け。イリアス領にあるエステルの街。その外れにあるエンディ殿の教室については以前話したな?」
家族と大臣には、以前話しているために、全員が頷いた。
「調べたところ、あの教室には勇者クラスの人間が二人いることが判明している」
「な……」
「ふ、二人も……ですか?」
驚きの表情を浮かべる大臣と妻と息子。
私も驚いた。教室にイヴくんがいたこともそうだが、もう一人のムゥくん。
城に帰ってきてすぐに、私はそれとなくレヴィ女王や勇者であるライオット教授に手紙での世間話ついでに聞いた。
最初は、どんな人物なのかが分かれば良かった。
だが出てくる情報のすべてが、イヴくんに匹敵するほど。
使う魔法は彼女のみが使用できるもので、ムゥくん一人を囲い込むために魔塔の教授にした。
勇者として推薦すれば、確実に勇者になった。それもライオット教授やクロムキャスト教授よりも強い勇者に。けれど推薦を断り、国を去った。
二人ともムゥくんの事を惜しいと考えていて、とてもエンディさんの教室に居るとは言えない雰囲気だったくらいだ。
「この意味が分かるか? つまりあの教室は……あまりにも強大な力を持っているということだ」
シエルエイラ、マルク・マギカ、セイラン、そしてアーセラス。
四国はそれぞれ「勇者」を抱えてはいるが、その数は少ない。
「勇者」落ちの「準勇者」を含めても、その数はそれぞれの国で両手で足りる程度。
「もし貴族家の一つがその教室に先に接触して後ろ盾になっていた場合……」
聡明な息子が、真っ先に最悪の展開に気づいた。
大臣が恐ろしいことを想像するように、身を震わせた。
「あっという間に独立して、第五の国を作りかねませんな……」
「ああ……そういった意味ではエンディ殿には悪いが、私よりも前に接触したのがロットカット卿で良かった」
これがロゼリアやユトニアの領主だったら、本当に独立される流れになっていたかもしれない。
「実際に相まみえたが、その二人はエンディ殿のことを慕っていて、加えてエンディ殿は自由を好む方だ」
エンディさんについても、もちろん調べはついている。
冒険者として二級まで上り詰め、その後今のエステルの街へと移動して教室を開く。
自由で平凡な生活を愛し、「すろーらいふ」?なるものを求めていると言っていた、とはエステルの街の受付嬢からの情報だ。
同受付嬢からは、ギルド内でよく酒を飲んでいたという情報もあったが、エンディさんのことだ。
きっと酒を飲むのは建前で、ギルドを訪れる冒険者から逸材を探していただろう。
現にイヴくんや『星の牙』など、彼の教え子には冒険者が多い。
「なるほど……それで陛下は囲うのではなく、後ろ盾をお選びになったのですね」
「父上、流石の観察眼です……」
「ああ……」
妻と息子からの称賛の声は嬉しいが、実際あの時はイヴくんとムゥくんの出す重圧に押されていたというか。
それこそイヴくんなんて、以前私と会った時とはまるで別人だ。
以前は表情が全く動かないと思っていたが、エンディさんの前では年相応のようだった。
「エンディ殿とは友好な関係を築くことに成功している。そのうちお前のことも紹介するつもりだ」
「はい、失礼のないように心がけます。父上」
息子の言葉に頷き、小さく息を吐く。
話が終わったことを悟り、大臣も離れていった。
玉座の肘置きに腕を置いて、考える。
(……世の中が、変わろうとしているのかもしれない)
増え続ける魔物に、天から降る災害。
それらに代々各国は頭を悩ませてきた。
「勇者」という優れた者を見出しても、それでもまだ力が足りないでいた。
探して探して、それでも見つからなくて。
けれどエンディさんは、そこに新たな一石を投じた。
足りないなら作ればいい。そんな一見バカバカしいと思える考えを実行し、実現した。
(正直、彼の指導方法や指導力は欲しい……とはいえエンディさんはあの教室を動かないだろう……となれば、教室を卒業したものを城で雇うか……)
けれどそれもまだ不十分なように感じる。
彼の指導力を受け継ぐなら、やはりあの教室に『教師』として在籍していた必要があるだろう。
あの教室で出会った二人……イヴくんとムゥくんほどの実力者とは行かないまでも、教師としての経験を積み、エンディさんの教えを一部でも引継ぎ、それを城で発揮してくれるような人材が欲しいところだ。
いずれにせよ、あの教室はこれから先、きっと大きくなる。
その後の話である以上、今はただ支援し、そして見守るしかない。
「……目が離せんな」
暗く淀んだ地獄のような世界で、英雄を輩出する教室――いや、英雄作成教室と呼んでもいいかもしれない――は輝いて見えた。




