第70話 王との会話
俺が普段使っている教室には今、俺、イヴ、ムゥの他に女性秘書さんとアガートさんがいる。
光景としては以前のモルボルの時と同じだが、あの時とは決定的に違う点が一つ。
俺の目の前に座っているアガートさんは、国王だ。
(こんな狭い部屋に国王陛下を招き入れるって……いいのか?)
そう思ったものの、アガートさんは気にする様子はない。
彼は彼で興味深そうに教室の中を見渡していた。
「教室と聞いていたが、ここは私の想像したものよりも小さいな。このテーブルといい、ここは生徒1人を教師1人が教える形なのか?」
「いや、隣のイヴの教室は先生1人に生徒複数人だ。といっても生徒も少数だが……」
「なるほど、少数精鋭なのだな」
うんうん、と満足げに頷いたアガートさん。
彼は次にイヴへと目を向けた。
「それにしても、君とまさかここで再会できるとは思っていなかったな。……ん?」
かと思うと、アガートさんは何かを考えるように顎に手を置く。
そして俺とイヴを交互に何度か見て。
「おお、そういうことか。君たちは夫婦なのか」
「……え?」
(ふうふ? は? どういうことだ?)
首を傾げていると、反応が芳しくないのを感じてか、アガートさんが尋ねてくる。
「ん? 違うのか? イヴ・スカイグラスに、エンディ・スカイグラスだろう? 同じ家名ではないか」
「……イヴ?」
イヴの方を見ると、彼女は申し訳なさそうに目じりを下げていた。
「す、すみません先生……冒険者として成り上がっていく途中に家名があると有利なことがありまして、その際に借りてしまいました」
「ああ、そういうことか。まあ、別に構わねえが」
家名が無いとなると、名前しか名乗らないから怪しいと思う奴だっているだろう。
そしてイヴは俺に出会う少し前まで記憶喪失だった。
家名なんて決めていないし、知っている家名もスカイグラスくらいだから、名乗るのも無理はない。
(スカイグラスも俺の母方の旧苗字の天草から取ってるだけだから家名でもないんだが)
「よこしま、いやしい」
「ムゥ、うるさいわよ」
俺を挟んでいつものように言い合う二人にうんざり。
するとアガートさんがムゥに目を向けた。
「そちらのお嬢さんは?」
「ムゥ。ムゥ・アスガルド。元魔塔教授」
「なんと……」
ムゥの自己紹介に目を見開くアガートさん。
小柄な魔法少女を上から下までじっくりと見て、頷いている。
「レヴィ女王の言っていた秘密兵器とは、もしや君のことか?」
「秘密……兵器?」
アガートさんの言っているレヴィ女王っていうのは、マルク・マギカ魔法国のレヴィミール・ミストルティン女王陛下のことだろう。
けれどムゥが秘密兵器、とは?
「? よく分からない。でも、話したことある」
「……お前、マジか」
「? 嘘、意味ない」
魔塔の教授だし、ムゥの実力をよく知っているから、レヴィ女王陛下とムゥが知り合いでもおかしくはない。
ただ、アガートさんと知り合いだったイヴといい、レヴィ女王陛下と知り合いのムゥといい、改めて教え子たちの凄さを再確認した。
いや、なんで君たち俺の教室に居るの?
「それにしてもイヴくんといい、ムゥくんといい……エンディさんは凄いな……」
「あ、ああ……いや、それほどでも……」
イヴに関しては勝手に育ったって感じだし、ムゥは育てたというよりも協力した感じだ。
凄いと言われても、という気持ちが正直強い。
「はい、先生は素晴らしいお方です」
「うん、エンデー、すごい」
ただ左右の二人はそうは思っていないようで、手放しで俺を褒めてくれる。
もちろん嬉しくはあるけれど、流石に過大評価だなと思わざるを得ない。
「……こいつらは特別ってのもある。才能もあってやる気もあって、そして多大な努力をした。だから成功したんだ。俺はそれに、ちょっとだけ力を貸しただけだ」
思ったことを告げてアガートさんの方を見ると、彼は目を見開いていた。
あれ? 俺、何か変なことを言っただろうか。
「なるほど……なるほどなるほど……イヴくんとムゥくんは、素晴らしい先生に恵まれたようだ」
「はい、私の誇りです」
「うん、同意」
「あー……で、アガートさん? 今日はどういった用件で?」
ちょっと小恥ずかしくなり、意図的に話題を変える。
わざわざアガートさん直々に来訪したということは、なにか大きなことでも依頼されるのか。
そう思ったが。
「ああいや、噂が気になっただけだ。最近話題の教室をね。ただ、どうやら噂は本当だったらしい。いや、むしろまだ足りなかったか。『英雄を輩出する教室』とでも呼ぶべきかもしれないな」
「流石、アガート陛下は話が分かるお方です」
「名前、良い」
なんだろうか、モルボルの時と違ってイヴとムゥが上機嫌だ。
ピリピリするよりは全然良いんだが、どうも背中がむず痒いというか。
そんなことを思っていると、アガートさんは急に真面目な表情へと切り替えた。
雰囲気が締りのある鋭いものへと変わる。
それを見て、俺も思わず背筋が伸びた。
「エンディさん、世界は常に危機に瀕している。そのことは十分理解していると思う。増え続ける魔物に、空から降る魔災。地獄のような世界で、人々は何とか生き抜いている。マルク・マギカの魔法力や魔物避けの結界装置、アーセラス聖国の聖魔法や魔災の予知、そしてセイラン国と我らシエルエイラの抱える兵や冒険者達。それらが一丸となって、ギリギリで世界が存続できている」
そこまで話して、アガートさんは小さく息を吐いた。
「今まで、我々はこの地獄で生き抜くために力を求めてきた。すぐに魔物を退治できる力を。すぐに魔災を止められる力を。それが間違いだったとは思わないが……だが、力を育てるという事にまで目を向けられていなかった。
けれどエンディさん。あなたは育てる方に目を向けた。その結果イヴくんという冒険者を育て上げ、彼女は多くの魔物を倒し、そして間接的とはいえ魔災からの防衛にも貢献した。
シエルエイラ国を代表してお礼申し上げる」
大層なことを言って頭を下げるアガートさん。
そんな彼に、俺は頭を掻きながら返事をした。
「あ、ああ……どういたし……まして……」
正直、さっきから背中のむずがゆさが止まらない。
どうしたものかと困っていると、左右でくすくす、という笑い声が聞こえた。
「アガート陛下、先生はあまり褒められ慣れていない様子です。その辺で」
「これ以上、エンデー、おかしくなる」
「は、ははは……」
そうですアガートさん、褒めすぎです。
いやだって、俺が教室始めた理由は金が欲しかった、だからな?
そんな世界を良い方向に動かすとか、思ってもいなかったって。
「あ、ああ。そうか。いやすまない」
そんな俺の思いが通じたのもあってか、アガートさんは少し苦笑いをした。
ようやく褒め殺しのターンが終わったか。
少し何かを考えるそぶりを見せているアガートさんは、やがて教室を見渡して、「ふむ」と呟いた。
「エンディさん、教室を運営するにあたって、なにかと入用だろう。良ければ支援をしたいのだが、どうだろうか?」
「え? し、支援?」
さっきよりも前のめりになってしまう。
支援というのはそれはあれだろうか。金銭的な?
「ああ、少しでも長くこの教室は存続させるべきだと私は考える。予算を少しなら落とせるだろう。またイリアス領の領主にかけあって税金についても少し融通を利かせようと思う。……これでだいぶ運営が楽になるとは思うが、どうだろうか?」
「お、おお……」
これはあれだ。いわゆる国からの助成金というやつだ。
願ったり叶ったりの申し出に、俺は思わず身を乗り出してアガートさんの手を取った。
「ありがとうアガートさん! もの凄く助かる!」
「お、おお……そこまで喜んでくれるとは。やはり色々と不足があったか。ここで気づけて良かった」
うんうん、と頷くアガートさん。
そしてその横に座る女性秘書さんが、慌てて俺に話しかけてきた。
「エンディ様……そ、その辺で……」
「あ、ああ……悪い。つい熱くなっちまって……」
止めてくれてありがとう、秘書さん。
心の中でそうお礼を言って、俺は自分の席に座りなおした。
「よしよし、とりあえず方針はまとまったな……ところでエンディさん、その……今は教えている生徒はいるのか?」
「? イヴとムゥで教えている生徒が何人か……」
「エンディさんが受け持っている生徒は?」
「いや、今は居ない」
「ほう……ほうほう……」
アガートさんは少しだけ明るい顔を見せる。
「それならば、今は居ないのだが、もし将来教え導いてもらいたい者が現れたときに、頼んでも良いだろうか? 無論、その時にエンディさんが生徒を受け持っていれば、その子が卒業した後で構わない。……どうだろうか?」
「アガート陛下。先生の教えは貴重なものです。連れてきた子を見てからの判断になりますよ」
「ああ、もちろんだとも」
アガートさんとイヴの話を聞きつつ、考える。
受けるかどうかは俺次第で、かつ生徒候補の子についても受ける前に確認できる。
それにアガートさんなら、やる気が全くない子を連れてくるようなことは無いだろう。
どこまでも俺にとってデメリットが一切ない提案だと感じて、頷いた。
「アガートさん、受けるよ。もしも良さそうな奴がいたら連れて来てくれ」
「おお、ありがとうエンディさん。イヴくんやムゥくんを輩出したエンディさんの指導を得れることほど良いことはない」
「……言いすぎだ」
実際、アガートさんからの提案は断る理由がない。
生徒を教えるという意味では問題ないし、しかも彼は俺のスポンサーになってくれる。
そう、モルボルとは違うのである。
「……あ」
そこで、俺の中でふと悪知恵が働いた。
「なあアガートさん、ついでと言っちゃなんだが、一つ悩みを聞いてくれねえか?」
「悩み? なんだ? 私で良ければ聞こう」
その返事に、にやりと笑った。
「……エンデー、悪い顔」
「お前もだろ」
ちらりと左を見ると、ムゥもムゥで悪い顔をしている。
念のために確認したが、イヴもイヴで「ああ」と思い至った様子だ。
「実は少し前にこの教室を訪れた貴族様が居てな。その方も教えて欲しいって言ってきたんだが、連れてきたのがあまりやる気のない子達だった」
「そうなのか……」
「ああ。俺だって人間だ。教えるならやる気に満ち溢れた子の方がいい」
「それはそうだ。当然の事だろう」
アガートさんは共感してくれているのか、何度も頷いている。
「で、断ったんだが……怒らせちまったらしくてな。暴言を吐かれて、テーブルを蹴られて……挙句の果てにこの教室を潰してやるって言って出て行っちまった」
「……なに?」
アガートさんの顔に怒りの表情が浮かび始める。
「あのときのモルボル様は入ってきたときから態度も尊大で……この教室をみすぼらしいと思っているようでした」
「連れてきた三人、教室、馬鹿にした」
イヴとムゥからの援護射撃が飛ぶ。
「それにうち一人は、先生ではなく私の方をじっと見て……あれは教えてもらいに来ているのではなく、女性を探しに来ているようでした」
「な、ななな……」
俺たちの言葉に、信じられないという顔で、しかし拳を怒りに震わせるアガートさん。
その隣に座っている女性秘書さんも、イヴの言葉で顔を顰めた。
「流石に教室が潰されたら授業ができねえんだ。イヴもムゥも俺も……」
困ったように首を横に振ることで、トドメとした。
「信じられん……なんという愚かなことを……モルボルと言ったか? ロットカット卿のことか」
「はい、そのはずです。数代前に爵位を与えられていますが、最近は落ち目でして……与えている領地も縮小していると記憶しています」
「ふむ……なるほど……エンディさん、今回は我が臣下が大変失礼なことをした。許して欲しい」
「いや、許すも何も。俺は教室を心配しているだけで……」
そう言うと、アガートさんは何度も頷いた。
「ああ、エンディさんの気持ちは分かるとも。安心してほしい、ロットカット卿には私の方から働きかけよう。また、貴族達にもこの教室に手は出させないよう伝える。これより、この教室は私が後ろ盾になると思ってもらって構わない」
「助かるよ。正直どうしようかと思ってたんだ」
嘘は言っていない。
このまま放置して、結果イヴとムゥの怒りが爆発してロットカット家の屋敷が消滅したらどうしようと思っていたのは本当だ。
「次の貴族達との会談でこのことを……いや、その前にロットカット卿を招集すべきか」
テーブルの向こうではアガートさんと女性秘書さんが話をしている。
注目が外れていることもあってか、小声でイヴが語り掛けてきた。
「先生も悪いお方です」
「エンデー、さっき、イキイキ」
「おいおい、お前たちもノリノリだっただろ。それに嘘は言ってねえよ」
三人して、俺たちは悪い笑みを浮かべた。




