第69話 来訪者
ムゥがやって来てから少し経って、彼女も打ち解けた頃。
今ではイヴとムゥで分担して教えるようになっていた。
剣などはイヴが、魔法はムゥという役割分担だ。
魔塔に在籍していたのもあって、ムゥの実力は折り紙付き。
ただ教え方については魔塔との授業の形態が違うため少し不慣れなようで、俺とイヴでフォローすることも多い。
それでもじっくりと生徒と言葉を交わすやり方と、そのミステリアスな風貌で生徒からは人気だった。
教師が二倍に(と言っても一人だけだが)増えたことで少し余裕ができ、生徒も少し増えた。
といってもまだまだ両手で足りる程度だが。
「……まあ、教室は順調なわけだが」
イッテツさんが作ってくれた新しい二つの部屋。
一つはムゥが授業の時に使う教室になり、もう一つは俺たちの控室になっている。
そこでここ最近の収支表を見ながら、俺は唸っていた。
「金に余裕はあるものの……収入は少し心もとねえなぁ」
イヴとムゥがこれまでに納めてくれた金はまだ余裕がある。
とはいえ生徒から支払われる金銭はそこまで多くはなく、管理費などの支出の方が大きいのは事実だった。
ルイ達からの仕送りもあるからすぐの問題ではないが、このペースで行けば数年後には行き詰まる。
「足りない?」
「あ? まあ、今のところは大丈夫だ」
向かいに座るムゥに尋ねられ、答える。
今授業をしているのはイヴで、ムゥは休憩中だ。
「不足、言って。出す」
「まあ、そいつは最終手段だ。お前たちに甘えてばっかじゃ、本当に行き詰ったとき困るからな」
それこそイヴとムゥに頼るのは最後の最後。
教室をやると最初に決めた以上は、なるべくは教室運営でやりくりしたい。
「むぅ、手段、いくらでも」
「……いや、そんな多くねえだろ」
「例えば、前、貴族。不慮の事故、屋敷、吹き飛ぶ。何か、なくなる。仕方ない」
「仕方ねえ訳あるか」
「むぅ」
ムゥの言葉を一蹴。
モルボルの野郎に思うところはあるが、そこまでやったらもはや盗賊だ。
流石に冗談だとは思うから、ははっ、鼻でと笑っておいた。
「魔災、ふり、できる」
「するな、馬鹿」
冗談だよな? と思い、釘を刺した。
どうやらムゥは俺やイヴ以上にこの校舎や旧教室を気に入っているようで、校舎を傷つけたモルボルに対して怒りを抱いているようだった。
とはいえ空から降る自然災害を人工の手で再現するのはやりすぎだ。
むしろ再現できんのかよ、と呆れたところで。
「…………」
「…………」
「……なあムゥさんや」
「音、大きい」
「だよなぁ……」
聴き間違いかと思って目の前のぐうたら少女に尋ねてみれば、彼女も聴いていたらしい。
耳に届くのは魔馬車の音。それも複数だ。
「……ついに実力行使ってか? おもしれえ、出来るもんならやってみろ」
「塵、残さない」
大声で宣戦布告でもしてくるか? とじっと待っていると、校舎の玄関扉が空く音がした。
けれど前回のように乱暴な開き方ではなく、静かな開き方だった。
『申し訳ありません……この教室の、責任者の方はいらっしゃいますか?』
聞こえたのは、女性の声。
おや? と思ってムゥを見ると、彼女も彼女で首を傾げている。
待たせる訳にもいかないので部屋を出ると、ムゥも後についてきた。
廊下に出ると、右手の教室の扉が開いて、そこから出てきたイヴと鉢合わせた。
「俺に任せて、授業続けてくれ」
「すみません、お願いします」
イヴにそう告げて、俺は玄関の方へ。
待っていたのはいかにも仕事ができるという風貌の女性だった。
秘書という言葉が似合う、眼鏡をかけた短い茶髪の女性。
「あー……えっと?」
「初めまして、ここの責任者様ですか?」
「ああ、まあそうだ。エンディ・スカイグラスだ」
「ありがとうございます。私は――」
「おお、ここがかの『星の牙』を送り出した教室か」
目の前の女性が何かを言おうとしたときに、扉を開けて一人の男性が入ってきた。
身なりからして間違いなく貴族。纏う雰囲気も厳かだが、目は校舎の色々なところを見ている。
(……また貴族かよ)
こいつもこいつでまた失礼な奴なんだろうか。
そう思い、もう言葉遣いを取り繕うのも面倒に感じていつも通りに声をかけた。
「……悪いが教えて欲しいっていう相談なら、まずは生徒を連れてきて――」
「陛下、困ります。まずは私に任せてくださるという話ではないですか」
(…………? おぉん?)
この女性は今、なんて言った? ヘイカ? ヘイカってなんだ? イカの一種か?
頭真っ白な俺を他所に、目の前の男性はニカッと笑った。
「気にするな。優れた冒険者を輩出する教室だぞ? 気になるに決まってる」
「で、ですが……」
その時、背後で扉がスライドする音が響いた。
「先生、一旦授業は中断して――アガート陛下?」
「む? イ、イヴ君?」
そして混乱する俺に対して、イヴが答えをくれた。
アガート。流石の俺もその名は知っている。
アガート・ルフ・アーネンベルク。彼はこのシエルエイラ国の国王だ。
「な、なぜ君がここに?」
「あー、えっと……その……ここの教師なんです」
「そ、そうだったのか。君ほどの実力者がまさか教師をしているとは……なるほど、だから『星の牙』のような逸材が……」
「あ、陛下、紹介しますね。こちら私の先生です。『星の牙』に関しては私も教えましたが、それも先生のお力あってのこそなんですよ?」
得意げに語るイヴに、アガート陛下は「おぉ」と感嘆した声を出した。
「お初にお目にかかる。私はアガート・ルフ・アーネンベルクだ。会えてうれしいよ」
「あ、ああ……エンディ……スカイグラス……」
戸惑いつつも何とか名前を口にすると、横に立ったイヴがフォローをしてくれた。
「アガート陛下、先生は固い言葉遣いに慣れていません。なのでいつもの口調でいいですよね?」
「ん? まあ構わんが」
フォロー? なのか? なんかお前、陛下に対してめっちゃ気安くね?
すぐ隣で国の最高権力者とフレンドリーに会話する教え子に恐れおののいていると、イヴは俺を見てニッコリと笑った。
「だそうです、先生。いつもの口調で大丈夫ですよ」
「あ、ああ……」
なんかもうよく分からない感じになりつつあるが、とにかくイヴが間に入ってくれたことは良いことだろう。
「あー……えっと、その……立ち話もなんだし、中に入る……か? その、アガート陛下」
「陛下、先生はやはりまだ呼び慣れていないようですので、アガートさん、でもよろしいですか?」
「え? いや、え? お前……」
イヴのとんでもない発言に、周囲がざわつく。
アガート陛下の横に立つ女性は目を見開いているし、玄関の向こうにいる兵士も緊張した雰囲気だ。
これ、俺ヤバいんじゃね? と思ったところで。
「構いませんよね? 『陛下』」
圧倒的な重圧が、周りに降り注いだ。
冷たい空気、重い空気、それらで目の前のアガート陛下も、女性秘書さんも、兵士も顔を青くする。
「あ、ああ……私は……構わない。エンディ殿、私のことはぜひアガートさんと呼んでくれ」
「……ありがとうアガートさん。その……俺の事もエンディさんって呼んでくれ」
少しアガート陛下、いやアガートさんが不憫に思えて、思わずお礼を言ってしまった。
「あ、ああ……そう呼ばせてもらうよ、エンディさん」
「そ、それじゃあこっちに」
空気が重いので何とかしようとアガートさん達を別室に招く。
その途中で、隣に並んで歩いたムゥがぽつりとつぶやいた。
「イヴ、ああいうところ、好き。他、ムカつく」
絶対に相容れないムゥの考えを聞いて、なんとも言えない気持ちになった。
どちらかというとああいうところが微妙で、他は問題ないんだけどなぁ……。




