第68話 拡張される教室
俺、ムゥ、イヴの三人は校舎の戸締りをして、その裏手へと向かっていた。
イッテツさんのところに行こうと思ったが、その前にムゥが前の小屋の教室を見たいと言ったためだ。
「確かにお前の魔法式はお前にしか使いこなせないし、そうなると授業で教えられるのは一般的な魔法式の改造だけか」
「うん」
その途中で、ムゥからは魔塔での生活について聞いていた。
教授という役職には着いたものの、それは学生に教えるためではなく、研究やムゥを囲い込みたいという意志があったようだ。
もし俺が魔塔の長なら同じことをするだろうし、結果としてムゥはかなりの金を稼げたようだ。
「でも、魔塔、生徒多い。実力、やる気、バラバラ」
「魔法の総本山だし、そうだろ」
「エンデー方式、無理」
「あー、そりゃそうだわな」
納得して頷いていると、俺の左隣を歩くイヴがその理由を語ってくれた。
「先生のやり方は一人一人に寄り添う方法ですからね。少数ならともかく、魔塔のような大人数相手には厳しいでしょう」
「うん、プライド、多い」
どうやらそれに加えてプライドが高い生徒も多いらしい。
何か苦労するエピソードでもあったのか、ムゥは遠い目をしていた。
「でも、教室、魔塔、生徒、話した」
「お、そうなのか。てっきりイヴのように話してないかと」
「……先生、その話はもういいじゃありませんか」
「? エンデー、特定の人、話さない」
ムゥをダシにイヴを揶揄ってみるが、ムゥもムゥで積極的に宣伝はしてなかったようだ。
「なんでお前たちは揃いも揃って教室を宣伝してくれねえんだ。ルイ達を見習え」
ちなみに「星の牙」の四人はめきめきと頭角を現していて、その名声がエステルまで聞こえてくる。
彼らは活躍後に俺の教室の宣伝もしてくれているらしく、その効果で訪れる生徒候補も居る。
……まあ、さっきのモルボルみたいにお呼びじゃないやつも来るんだが。
ため息を吐きながらそう言うと、ムゥは首を傾げた。
「?? そんなこと、言われてない」
「あ? そうだっけか?」
「言われた、お金だけ」
「……そうか」
いまいち記憶がはっきりしないが、俺なら金の事だけ言っていてもおかしくはない。
なんだこの自分に対する嫌な信頼。
「私、金脈」
「まあ、私たちは先生を潤す金脈ですから。あ、いや、私は宝石庫なのでムゥより上です」
「金、輝く」
「宝石は様々な色がありますよ。それに宝石だって輝きます」
「なんの張り合いだよ」
なんとなくバツが悪くなって、話題を変えようと試みる。
「で? そいつらはここに来るのか?」
「少し。家、魔塔、理由色々」
マルク・マギカは隣国とはいえ、俺たちのいるエステルは一番遠くに位置する。
通うのは無理だから宿を借りるということになるし、それはすなわち魔塔を辞める、あるいは休学するのと同義だ。
そこまでの決心ができる生徒は中々いないだろう。
それでも少しは来るということで、ムゥが魔塔で人気を集めていたのが伺えた。
まあ、黙ってりゃミステリアスな雰囲気で小柄なこともあってどこか儚げだし、魔法の実力もあるから、生徒がカリスマ性を感じても不思議じゃない。
正体は特に深く物事を考えない不思議ちゃんなわけだが。
「失礼、考えてる」
「考えてないぞ。……っと、着いたぞ」
前から鋭かったものの、今回も見透かされそうになったところで小屋へたどり着く。
今はもう使われていない、旧教室とでも呼ぶべきか。
鍵は持っているのでそれを使い、中へと入った。
「おお、全く変わってねえ」
「手入れはしていますし、それに校舎ができてからそこまで経ってないので、そんなすぐには劣化しませんよ」
「それもそうだ」
中は綺麗に清掃されているのが見てとれる。
懐かしい気持ちに浸っていると、ムゥは歩き出して、中央の椅子に座った。
かと思うと、テーブルに倒れ込んだ。
「……何をしているんだ?」
「教室、感じてる」
「お、おお?」
何かよく分からないが、テーブルにつけたムゥの顔は綻んでいて、幸せそうだった。
「感じる、ここ、居場所。ここ、好き」
「ほら先生、やっぱりこの小屋を取り壊さなくて良かったでしょう?」
「っ!!!???」
――バンッ!!!!
ムゥがテーブルを強く叩き、勢い良く立ち上がる。
鬼気迫る勢いで、イヴへと掴みかかった。
「取り壊す!!?? 取り……取り壊す!!??」
イヴをそのまま絞め殺すかのような勢い。
けれどイヴはイヴでそれを意に介すことも無く、冷静に返した。
「落ち着いて……ちょっと前に校舎を作るときにイッテツさんと先生の間でその話が出たの。でもその……やっぱり……ね?」
「……イヴ」
ムゥはイヴの名を呼び、落ち着いたのかその手を離す。
そしてイヴの右手を取って、それを両手で包んだ。
「イヴ、最高。私、好き」
「え……ええ……? あ、ありがとう?」
「対して」
ジト―っと目線を向けられる。
「いや、俺だってちょっと思うところはあったぞ? だが放置して廃墟のようになるよりはって思ったんだよ。……悪かったから、そんな目で見るな」
「むぅ……」
「もう取り壊すとか言わねえから、安心しろ」
あの時はまだ分からなかったが、今、俺は懐かしさを感じている。
それにイヴやムゥがこの教室を大切にしているということを知って、俺も同じ気持ちだと気づいた。
寂れてボロボロになるなら、とあの時は思ったが、今は残しておくべきだと思っている。
「っと……どうする? もう少しいるか?」
そろそろ時間的に怪しくなってくると思ってムゥに尋ねると、彼女は首を横に振った。
「よし、じゃあ行くか」
俺たちは旧教室を施錠して、エステルの街へと向かった。
「で、教室を増やして欲しいと」
「ああ、出来るか?」
イッテツさんの工房。案内された一室で、俺たち三人とイッテツさんは向かい合っていた。
「それ用に作ってあるから問題ねえぞ。ただ二部屋でも良いか? 均等が悪いとちょっとな……余った部屋は控室にでもしてくれや」
「あー、なるほどな。じゃあそうしたいが……」
ちらりとムゥの方を見ると、彼女は俺を見上げて頷いた。
スポンサーからOKが出ました。
「じゃあ承ったぜ。……それにしても」
うんうんと頷いたイッテツさんは、ジト目で俺を、正確にはイヴ、ムゥと見た後に俺を見た。
「お前さん、本当にちゃんとした教師なんだな」
「なんかそれ、前も言わなかったか?」
「再認識するんだよ。……人間、見かけや態度だけじゃ本当の才能ってのは分からねえもんだな」
「……褒めてるんだよな?」
「あたりめえだろ」
少しだけイラっとしたので聞いてみるも、イッテツさんは豪快に笑う。
彼は遠回しに嫌味を言うようなタイプでもないから、本心なんだろう。
「で? 生活住居の方はいいのか?」
「あ? ああ……いや、待てよ? ムゥが来ると客室がなくなるな」
「「え?」」
俺の言葉に反応したのは、両隣に座る二人だった。
「どうした?」
「い、いえ、先生……その、客室は……」
「あ? 合ってるよな? 客室、なくなっちまうよな?」
家の間取りを思い浮かべてみたが、今の客室がムゥの部屋になる以上、他に客室はない。
客室を作るべきだと言っていたのはイヴだし、ムゥもムゥで手紙で二つあってもいいって言っていた。
だからなくなると困るのでは、と思ったのだが。
「「…………」」
右、左、と見るものの、二人ともなぜか冷や汗をかいているような、そんな気がした。
「い、いえ……客室……そう客室! 必要ですよね。はい、そう思います……」
「半分……出す……」
「ええ、ムゥ、半分ずつ出し合いましょう」
「???」
不思議な反応だが、とりあえず反対ではないらしい。
ということで、この件に関してもイッテツさんに共有した。
「……ああ」
ふと、何かを思い出したようにムゥが呟いた。
そちらを見てみるとムゥが深淵を思わせるような瞳で俺の右隣を見ていた。
「私以外、生活」
「元はと言えば私が一緒に先生と住んでいたんだけど? 後からきたのはムゥの方よ」
「……つーん」
イヴの言葉にそっぽを向くムゥ。
あの、俺を挟んで会話しなくていいんじゃねえかなって。
「…………」
早く話を進めてくれという思いでイッテツさんを見ると、彼は何かを悟ったようで、苦笑いを浮かべていた。
「あー……じゃ、じゃあ今から教室見ても良いか?」
流石イッテツさん、やっぱあんた最高の大工さんだよ。
よっ、世界最強の大工! ……大工ってなんだ? 強いって言葉普通使わねえぞ。
こうなることを予期して事前にイヴ達と夕食を終えていた俺は、深く頷いた。
この後、イッテツさんの「先に家をやっちまうが、今回も宿に泊まるのか?」という余計な一言でムゥの機嫌が悪くなったり、売り言葉に買い言葉で俺とムゥが一緒のベッドで眠ったことをムゥが暴露したりした。
一触即発だったものの、「よくよく考えればどっちとも一緒に寝てるじゃないか」という結論に二人が勝手に行きついてその場は収まった。
正直そんなに張り合うことか? と思ったものの、絶対に藪蛇なのでお口チャックをした。
きっと英断だっただろう。知らんけど。
ちなみに夜はムゥの魔法で揺れも音も何も感じず、ぐっすりだった。
宿を使わなかったから金もかからなくて、財布に優しくて良いな、なんて思ったりした。




