第67話 第一生徒 VS 第二生徒
「まあ、強いやつと出会って戦いたいっていう気持ちも分からなくはねえが……お前たち二人が本気で戦うと被害がな」
ちらりと背後の校舎を見ながらそう言うと、すぐに空に光が走るのが見えた。
否、この広場を丸々覆うような半透明の青い結界が張られた。
「これで、大丈夫」
「おお……すげえなこりゃ」
始めて見るわけではないものの、片手で数えるほどしか見たことがない魔法。
しかもかつて俺が見たものよりも強度がありそうだ。
この教室を卒業してからも、ムゥは己の魔法の改良に勤しんだらしい。
「じゃあ、始めましょうか」
鞘走りの音を響かせながら、イヴは腰の鞘から剣を抜き放つ。
彼女の髪色と同じ白銀の刀身を持つ特別製の剣。
イヴから話に聞いたことはあったが、実際に使っているのは初めて見る。
イヴの構えを見て、ムゥも頷き、右手を前に出した。
二人は見つめ合い、そして。
イヴが地面を蹴ると同時、目にもとまらぬスピードでムゥの間合いに入る。
そして白銀の刀身に雷を纏わせ、力の限りに振り払った。
濃密な魔力によってコーディネートされた魔法の斬撃。
どれだけ強力な魔物であろうとも一撃で倒すであろうその一振り。
しかし、ムゥも魔法の鬼才。ゆえに彼女の展開した防御魔法がそれを防いだ。
だが。
「!?」
ムゥの展開した結界は音を立てて砕かれ、イヴの刃が進む。
驚いて目を見開くムゥはすぐに我に返り、右手を少しだけ動かし。
「っ!?」
それを見て今度はイヴが目を見開いた後に弾かれるように後ろに跳んだ。
先ほどまで白銀の剣があったところに、暗闇が出現。
渦のように見えるそれは、何も飲み込むことなくその場に数秒留まり、やがて消えた。
(おー……なんだありゃ……ホロウか?)
確か闇のA+ランク魔法だったはずだ。俺も実際に見るのは本当に久しぶりだ。
規模は小さいものの、その分凝縮して威力を増しているのかもしれない。
「墜ちて」
右手を素早くイヴに向け、ムゥは魔法を発動。
イヴを中心に電気の線が円を作り、イヴに絡みつく。
同時、天を裂いて落ちる雷の鉄槌。
俺と共に開発した雷のA+ランク魔法『トールハンマー』。
「面白い」
イヴは電撃の拘束を打ち破り、剣を構え。
力のままに振り上げる。
以前見せてもらったA+ランクの戦技『天斬り』。
ムゥの雷の鉄槌を、真っ二つに斬り裂く。
それどころか雲さえも斬る斬撃に、ムゥが息を呑むのが見えた。
「今度は……私の番」
振り上げた剣を引き、突き出すような構えを取るイヴ。
「いくわよ」
左足を勢い良く振り下ろし、同時に突き出す。
剣の先端から発射したのは、焔の一撃。
螺旋を描きつつ、火の光線がムゥに迫る。
(本当に……剣も魔法も出来る天才ってのは……)
剣のAランク戦技『鋼融』と火魔法を同時に使用したのだろう。
斬撃と魔法が混じるその威力は、普通であれば防ぐのは困難。
(だが……残念だったな。相手は魔法だけなら天才以上の鬼才だ)
「負けない」
ムゥは迫る火を見て、すぐさま魔法の行使に移る。
手のひらに複雑な魔法陣が展開し、巨大な火球が連続して放出。
魔法としてはおそらくはBランクの『フレアキャノン』。
しかしムゥが最適化し、かつ彼女が放つとなればその威力は計り知れない。
かつ、火魔法は全ての魔法の中でムゥが最も得意とするもの。
イヴのAランク戦技と火魔法の融合技を、越える。
フレアキャノンの火球群は火の螺旋を何発も衝突することで打消し、そしてその向こうへと飛ぶ。
イヴを焼き殺さんと、数発の巨大な火の塊が、迫る。
――水音を、聞いた。
地面をなぞるようにイヴが手を動かせば、彼女の目の前に分厚い水の壁が出現。
そこに巨大な火球は当たり、蒸発。
するものの、属性的に有利な水でもムゥの火球を止めることは叶わない。
だからこそ、イヴはそれを見て剣を振るう。
一振り一振りで、火球を斬り伏せる。
ムゥの魔法の威力も普通ではないが、イヴの対応力も常軌を逸している。
「……すごい魔法ね」
ふと、火球を全て切り伏せたイヴがそう呟いた。
彼女は焔を斬った自分の剣をじっと見下ろしていて、何かを確認しているようだった。
「イヴ、も」
ムゥもまた、自らの右手の手のひらを閉じたり開いたりしながら、そう返す。
流石は天才二人、この短い戦闘で互いの実力を推し量りきったらしい。
「「強い」」
互いが互いを認めるほどには、通じ合った。
これならもう終わりにしてもいいかもしれない。
「おいお前ら、もう――」
そこまで言って、何か不思議な感じを覚えた。
相対しているイヴとムゥ、そのうちのイヴに目を向ける。
じっとまっすぐにムゥを見つめるイヴの瞳の中に、一瞬星が見えた気がした。
(……あ?)
思わず目をこすり、もう一度イヴを見る。
けれどイヴはいつも通りのイヴで。
(なんだ?)
今度はなんとなくでムゥの方を見る。
ムゥはいつものムゥだ。それは間違いない。けれど何だろうか、何かが違う気がした。
上手く言葉にはできないが、本当に少しだけ違うような、そんな気が。
「次は、本気」
ムゥの体内からあふれ出した魔力が暴風となって吹き荒れる。
その魔力の中に火と雷と闇を見て、そしてその中心にいるムゥの姿を見て。
さっき感じた違和感が大きくなる。
(……違う。いや、違くはないけれど、でも確かに違う。……ただ、ムゥであることは間違いない。なんだ、この奇妙な感覚は)
んん? と首を傾げたとき。
――何かが切り替わるような音が、聞こえた気がした。
白が、ムゥの発した黒や紫、赤と交じり合う。
白一色なのに、色としては黒や赤、紫に塗りつぶされそうなのに。
その中でも輝いて、存在感を発揮し続ける白。
煌めく、輝く、白。
その中心にいるのは間違いなくイヴで。そしてそのイヴに、相対するムゥすら言葉を失っていて。
白の剣が、黒の右手が、ゆっくりと少しだけ動いて。
「っ! おいやめろ!!」
何をするつもりなのかは分からないが、二人が本気で何かをぶつけ合おうとしているのを悟った。
もしそれらがぶつかればムゥの張った結界も、この校舎も吹き飛ぶと直感する。
それは受け入れられなかった。
そう叫んだ後で、これで止まる筈がないと気づいた。
もう大気中には四色が入り乱れていて、それぞれが相手方を喰らおうとしている。
否、喰らい合っている。二人も相手をじっと、まっすぐ見ていて。
「はい」
「ん」
四色全てが、一瞬で霧散した。まるで初めからなかったかのように消えた。
「お? ……おぉん?」
拍子抜けする展開に、なんて言っていいか分からなくなる。
そんな俺に、イヴは目じりを下げて言ってきた。
「す、すみません先生、流石にやりすぎました」
「お、おう……そうだな、やりすぎだな」
「ごめん、エンデー」
「ああいや、分かればいいんだ。おう、分かればな。……おう」
意味がないのに何度も「おう」と言ってしまう。
今にも互いを喰らい合わんとしていた力が消えたこともそうだが、それをしたのが俺の一言ということにまだ実感が湧いていなかった。
いやきっと、これから先湧くことはないだろうけど。
イヴとムゥはじっとお互いを見ている。
何かを探るような、いや、何かを感じ取っているようなそんな雰囲気がある。
ただ互いにじっと見るだけで、戸惑った表情を浮かべているのも事実。
視線を絡ませ続けて数秒後、イヴとムゥは同時に視線を外し、俺の方を向いた。
「先生……悔しいですが、先生がご指導なさっただけあって、ムゥはとても優れた魔法使いです。少なくとも私の知る限り、彼女はもっとも優れた魔法使いでしょう」
「同意……今まで、誰よりも、イヴ、強い。エンデーの次、すごい」
「ただ羨ましいです。私ではあそこまでの魔法は使えませんから」
「イヴも、剣、凄かった。私、使えない。羨ましい」
二人はそれぞれ相手のことを気に入ったらしい。
実力を認めているのは気づいていたが、まさかここまでとは。
俺としても、二人が仲良くしてくれるなら嬉しい限りだ。
教室ではやや険悪な雰囲気だったものの、同格ということで通じ合ったか。
イヴは「ムゥ」と呼んでいるし、ムゥも「イヴ」と呼んでいるのがその証だろう。
「……まあ互いに認め合えたならいいんじゃねえか? 正直どっちも俺から見ても一二を争う才能の持ち主だからな。険悪なよりは仲良くしてほしい――」
「どっちが一番ですか?」
「一番、どっち?」
しまった、どうやら余計なことを言ったらしい。
「……同率一位だ。お前たちどっちも凄すぎて順番なんか付けられねえよ」
「ふふ、そういうことなら」
「むぅ、でも、悪くない」
何とかなったらしい。
イヴは上機嫌だし、ムゥも口角が上がっているのでひとまずは安心か。
ちなみに本当に順位は着けられない。どっちも俺なんかよりも果てしなく凄い魔法剣士と魔法使いだ。
あれ? なんでこいつら俺の教室に居るんだ?
そう思ったものの、もう気にしないことにした。
人間ねぇ、細かいことはねぇ、気にしないのがねぇ、一番なんですよぉ。
「はいはい、今後が決まったところで、次に移るぞ。イッテツさんのところにこれから三人で向かって、教室について話をするぞ。……今からだと時間もちょうどいいし、夕飯もエステルの街で食うか」
そう告げると、イヴはハキハキと返事をする。
「……イッテツ……様……」
一方で、ムゥはかつての拳骨を思い出して震えあがっていた。
そこには先ほど魔力の奔流を発していた優秀な魔法使いの姿は見る影もなかった。
いや、お前がイッテツさんに教室の増築を頼むって言ったんだろうが。腹括れ。




