第65話 無礼な貴族の再来訪
「……今日も特に問題なく終わらせられたみたいだな。メインの技能がEランクに上がりそうな奴らも何人か出てきて、良い感じじゃねえか」
「個人的な見立てではまだまだ行けるかな、と思います」
授業後の夕暮れ時、俺とイヴは話し合いをしていた。
俺が使っている教室に、かつてのように向かい合わせで座っている。
テーブルの上にはイヴが受け持っている生徒の情報がまとめた書類。
今現在イヴが見ている生徒は男子が二人、女子が三人の計五人だ。
まだまだ改善点の多い連中だが、見どころがあるとイヴはそう言っている。
ちなみに俺から見てもそれなりにやるかも、という感じだ。
まあ、イヴやムゥと比べると、どうしても劣るという点は否めない。
二人と比べると、優秀な「星の牙」でさえも劣るから、それは仕方がないと思うが。
(それにしても……イヴが帰ってきてから色々と運営が楽になったな)
イヴは教室を運営するうえで必要な、色々な事をよく考えてくれた。
授業の料金体系や外部とのやり取りなど、今ではこの教室に無くてはならない存在だ。
また、イヴが来てくれたからこそ、そこまで暇じゃなくなった。
彼女が教えている生徒については俺もしっかり管理しているし、校舎の手入れなんかも俺の仕事だ。
授業に集中するために周囲の魔物狩りなんかも積極的にやっている。
(なんかこう……ピンとくる奴がいねえかな)
けれどやはりこうも時間が空くと、また誰かを指導したいという気持ちが燻ぶってくるわけで。
「……あ?」
そんなことを思っていた時、音を聞いた。
魔馬車が校舎の近くに止まるような音。それを聞いて、イヴと顔を見合わせた。
「なあイヴ。俺の聞き間違いじゃなけりゃ、あれは貴族様の魔馬車の音じゃねえか?」
「奇遇ですね先生。残念ながら、私もそう思います」
イヴと顔を見合わせて苦笑いをした後、示し合わせることも無く二人して立ち上がる。
「思うところはあるかもしれねえが、上客な事に違いはねえ。なるべく失礼の無いようにな」
「それはどちらかというと先生の方なのでは……」
「……それに関しては言い返せねえな」
小さくため息を吐いて、教室の扉を開いた。
「おい! 来てやったぞ!」
そしてすぐに傲慢な声が聞こえて、思わず扉を閉じそうになる気持ちをぐっとこらえた。
校舎入り口に向かえば、以前ここを訪れたモルボルという貴族が立っている。
彼の後ろには、まだ年若い三人の少年たち。
「ふふっ、優しくて美人な先生だと良いんだけどね」
「……外観だけでなく内装すらみすぼらしいのか」
「だりぃ。早く終わらせて帰りてぇ……」
全員が全員、見ていて「うげ」と言いたくなるほどのやる気のなさだった。
気持ちが表に出ないよう気をつけつつ、俺は作り笑顔を浮かべてモルボルに近づく。
「こ、これはこれは……えっと、モルボル……様。……待ってました。どうぞこっちへ」
「ふんっ」
あー、ちゃんと挨拶も返してくれないみたいですねー。
イライラを抑えつつ、俺は四人を案内する。
校舎入り口の扉の向こうには兵士たちの姿も見えて、その多さに少し驚いた。
「ここです」
先ほどまで俺とイヴが居た教室に案内する。
イヴは事前に机の上を片付けた後に自分の教室から椅子を持ってきてくれたようで、既に人数分の椅子が置かれていた。
並んでいる四つの椅子を手で指し示せば、彼らは三人が雑に座り、一人だけが丁寧に座った。
「貴様がどうしてもと言うから連れて来てやったぞ。この三人が我が一族の者達だ」
「……ど、どうも」
この世界に来る前の丁寧な口調を極力思い出しながらそう返し、モルボルの横に座る少年を見た。
ムッとした顔をしている彼は、俺が視線を向けても何も言いはしない。
「…………」
「…………」
「……あの」
あまりの沈黙に耐えかねていると、イヴが助け舟を出してくれた。
「なんだ?」
答えたのはモルボルの方。
「自己紹介の方、お願いできますでしょうか?」
「ちっ、ムジーク・ロットカットだ」
「な、なる……ほど……」
舌打ちに、名前だけですか。そうですか。
ほれ見ろ、自己紹介を頼んだイヴも完全に作り笑顔じゃねえか。あれ怒ってる時の顔だからな。
「初めまして、私はミハイル・ロットカットと申します。綺麗なお嬢さん、お名前は?」
「…………」
そしてお前はお前で俺に見向きもせず、イヴに視線釘付けですか、そうですか。
「はぁ、めんどくせ。メービン・ロットカット」
「……あ、ありがとう……ございます……」
イヴは口元をヒクヒクさせながら必死に笑顔を浮かべて返事をしている。
俺だって、あまりに失礼すぎる態度に怒りを必死に堪えていた。
(落ち着け。相手は貴族だ。ここで変なことしたらめんどくさいことになるだけだ)
そうは思いつつも、正直我慢の限界が近い。
少し強く言うくらいはいいか、と思ったところで。
「ああ、そうだ。とりあえず前金はこいつだ」
ドンッ、と机の上に大きな袋が置かれた。
その中に入っている金貨が目に入り、視線がくぎ付けになる。
「前も言ったように、こいつは一部だ。この者達の力が伸びるなら、これの何倍もの金を払う」
「何倍……もの……」
イヴやムゥのお陰で金銭には困らなくなりつつあるが、先立つものは必要。
それに今机の上に置かれている金貨だけでも相当な金額だろう。
さらにその何倍もの金銭というのは、非常に魅力的だった。
「はぁ……なぜ俺様がこんな狭く地味なところに」
確か、ムジークという名前の少年。
彼は俺の教室に対して嫌悪するような目を向けている。
「…………」
メービンと名乗った少年は、今も退屈そうに天井を見つめるだけ。
覇気も何も感じない。帰りたいと思っているのは明白だった。
「ああ、どの角度から見てもお美しい。ぜひあなたの指導を受けたいものです」
ミハイルという少年は俺に一切目をくれることもなく、ひたすらにイヴにアピールを続けている。
どう見ても、三人ともこの教室での授業を受ける気は1ミリも感じられなかった。
目を瞑る。
イヴは、最後の希望を見るような目を俺に向けてきた。
ムゥは縋るように、俺に魔法の教えを請いてきた。
「星の牙」の四人だって、それぞれが強くなりたいという思いを瞳から感じ取れた。
彼らだけじゃない。
今イヴが教えている生徒たちだって、強くなりたいという気持ちが感じられた。
そしてそれが感じられない奴は断ってきた。
俺は教育者だが、それ以前に人間だ。
心から教えて欲しい、何とかしてほしいって思ってる奴に教えたい。
だから。
「……今回は……断らせてもら……いただきます」
モルボルの提案を、断った。
「……なに?」
睨みつけるモルボルに対して、すぐに隣に座るイヴが返した。
「すみません、今回はお引き取りください。お三方はいずれもここで指導を受けることに乗り気でないように思えます」
その言葉にムジークは鼻を鳴らし、メービンは目を輝かせた。
一方で不満そうな顔をしたのはミハイル。
「え……いやいや、僕はお嬢さんに教わりたいのですが……」
馬鹿野郎、お前が一番ダメだわ。
教室を出会いの場に使うんじゃねえ。お前が求めてるのは強さじゃなくて女だろうが。
心の中でミハイルに悪態をついたとき。
「……貴様ら、私の顔に泥を塗るつもりか?」
モルボルの剣呑な視線を感じた。
やはりこうなったか、と思ったものの、三人の様子を見るに土台無理な話だ。
正直生徒がやる気に満ちていればモルボルの態度がこれでも受け入れられなくもないが、彼らからはやる気を微塵も感じられない。
「貴様らごとき田舎者が……ちょっと優秀な冒険者を送り出したからと調子に乗りおっって……」
「……お引き取りください」
短く、端的に。まっすぐにモルボルの目を見て、俺はそう告げた。
「ふざけおって!!」
「っ!?」
モルボルが足を動かし、力の限りにテーブルを蹴る。
衝撃で動いたテーブルは俺の手の甲に当たった。
蹴られたことに驚き、そして鈍い痛みを感じ。
(こいつ……今、俺の教室の備品を蹴りやがったか?)
そして胸の奥底から、マグマの如きどろどろとした熱い何かが湧き出してくる。
「てめぇ――」
声を荒げようとしたところで、教室の扉が開く音を聞いた。
「価値、ない」
そして、懐かしい声を聞いた。
驚きで発しようとした声は止まり、反射的に後ろを、扉の方を見た。
思った通りの人物がそこに立っていた。
「……何者だ、貴様」
「ムゥ。ムゥ・アスガルド」
久しぶりに帰ってきた小柄な少女はゆっくりと歩き、俺の隣へ。
そしてモルボルを絶対零度の目で睨みつけた。
「役職、魔塔。教授」
「魔塔……だと?」
こくりと頷いたムゥは、そのまま続けた。
「全員、失格」
ふっ、と鼻で笑って、追撃。
「学ぶ資格、なし」
「っ! 貴様っ!」
モルボルは勢いよく立ち上がり、その弾みで椅子が倒れた。
響き渡る大きな音、それが俺の頭の中の撃鉄を落とした。
「ちゃんと言わなきゃ分かんねえか? どいつもこいつも教わるつもりなんかねえだろ」
俺も立ち上がり、モルボルを睨みつける。
「設備だけでしか教室の価値を測れねえ奴に、指導じゃなくて女を求めてやってきてる奴、そしてまったく教わる気もなく帰ることしか考えてねえ奴。こんな奴らに教えることなんかねえって言ってんだよ」
「な……な……なんだ貴様! それが貴族たる私に対する態度か!? こっちは金を払ってやると言ってるんだぞ!」
「要るか。一銭も要らんから、帰れ!」
心の言葉を全て声にして、モルボルにぶつける。
俺の言葉に、モルボルは怒りで顔を真っ赤にして体を震わせた。
「よく言ったものだ! 私を敵に回したこと、後悔させてやる! こんな小さな教室なんぞ、潰してやるからな!!」
「あ? てめぇ、できるもんならやって――」
「「は?」」
相手の強気の発言に対して、俺も強気に返そうとした。
強火で殴り合うような構図。
だからだろうか、二人の地を這うほどの声はあまりにも冷たくて、極寒の地を想像させた。
「……教室を潰す、ですか」
剣の柄に手をかける音を聞いた。
「ここで、死ぬ?」
空気がざわついているのが、痛いほど分かった。
「勇者」に選ばれるほどのイヴと、魔塔で教授になるほどのムゥ。
その二人の重圧に、モルボルの顔に恐怖の色が滲み始める。
「お……あ……」
彼だけじゃない。彼が連れてきた三人も顔面蒼白だ。
かくいう俺も、背中に感じる視線と重圧が強すぎて、なんかこうひんやりとしている。
さっきまで怒りが爆発していたが、自分以上にキレている人を見ると人って冷静になれるんだな、なんてことを思ったりした。
「っ! お、覚えておけ!!」
「あっ、お、お父様!」
「ち、父上!」
「あっ、えっ……ちょっ!」
教室に充満する重圧に耐えきれなくなったのか、モルボルは我先にと教室を抜け出した。
それに続いて三人も教室を後にする。
廊下を早歩きで過ぎ去るのを横目に見た後に、校舎の入り口の扉が大きな音を立てて閉じる音を聞いた。
少ししてから魔馬車が去る音も響き、こうしてモルボル来訪事件は、一旦の収束を見せたのであった。




