第64話 高まる名声と、訪問客
日もまだ上りきっていないある日の午前、俺はギルドの中で椅子に座ってぼーっとしていた。
「……あの、エンディさん? なんで毎日のようにギルドに顔を出すんですかね?」
横に座るサトリアは笑顔なものの、青筋を立てながら俺に尋ねてくる。
そちらに目を向けて、ふんっ、と不敵に笑った。
「暇だからだ。あと酒が旨いから」
「ていっ!」
「あ、おい」
テーブルの上に置いた酒瓶をひったくられ、伸ばした手をぺしりと叩かれる。
「だーかーらー、ギルドは酒場じゃないんですって」
「同じようなもんだろ。ここで酒飲んだ回数の方が多いぞ。……イヴ」
「はい」
俺の言葉にイヴは即座に動き、目にもとまらぬ動きでサトリアから酒瓶を奪い返す。
気づいた頃には、愛しの酒瓶は俺の元へと戻ってきていた。
「今日は久しぶりにイヴさんも一緒かと思ったら……イヴさんも真似して飲んでるじゃないですかー」
「安心してください。そんなに強くないので果実水のようなものです」
「それは、お・さ・け・で・す!」
横ではイヴもグラスに酒を入れていて、それを呷っていた。
色からするに葡萄の酒のようだが、一体誰に似たのやら。
「ここはエンディさんとイヴさんの席じゃないんですよ……いや、まあイヴさんの眼力が怖くて近づく冒険者なんていないので、実質あなた達の席ではあるのですが」
そんなことを遠い目で言うサトリア。
周りのテーブルには誰も座っていないし、遠くにいる冒険者達も俺たちの方を意図して見ようとしていない。
この光景も、もう慣れたものだ。
「っていうか、星の牙の皆さんのお陰で教室も少し有名になってきたじゃないですか。それで生徒も新しく取ったと聞きましたけど?」
「いえ、私が生徒を取っただけで、先生は取っていません。あと私は今日、授業がお休みなので」
「誰かとは違ってルイ達は積極的に教室を宣伝してくれてるからな」
ルイ達のおかげで教室の噂は広まり、ぽつぽつと俺たちの元を訪れる冒険者が増えてきている。
とはいえお眼鏡にかなう生徒はいない。
それはイヴも同じらしく、ほとんどの冒険者は断っていて、今は少数精鋭でやっていた。
「先生は教室の最終兵器ですから。やはり相応しさもあるかと」
「こいつがこんな感じでな……だからルイ達が卒業した後も暇なんだ」
イヴのせいにしているものの、俺自身、ピンとくる生徒がいないのも事実。
金をめっちゃ持ってるとか、将来金脈になりそうとか、そういうの落ちてねえかな。
なんて思っていると話を聞いていたサトリアがニヤリと笑った。
「ふっふっふっ、甘いですよエンディさん。相応しい生徒がここに――」
「サトリアさん、言葉には気を付けるように。ここで友人を斬りたくはありません」
「はい、すみません、何でもありません。そりゃあ最終兵器エンディさんの生徒は相応しい人が良いですよね!」
背筋をピンと伸ばした後に、サトリアは俺の腕を取って耳打ちをしてくる。
「ちょっとエンディさん! 何をしたんですか! 昔はあんなに純粋無垢だったイヴさんが、まるでエンディさんみたいです! エンディさんが二人……悪夢です」
「はっ倒すぞお前」
しかも声を全然おさえていないからイヴに聞かれているし、イヴもイヴで『先生に似ているなんて……ふふふ』と上機嫌だし、カオスだ。
「……っていうか、それなら猶更ここに来る意味あるんですか? ギルドに足運んでますけど、これだけ頻繁に運んでいるなら、お眼鏡に叶う生徒が見つかる可能性なんてないですよね?」
「何言ってんだお前? 俺たちはここに酒を飲みに来ているんだよ」
「そうですよ、お酒美味しいですよ」
何言ってるんだこいつという目で見ると、イヴも同意した。
サトリアは遠い目をして、ぼそりと呟く。
「ワー、私もお酒飲もうかなー」
「馬鹿野郎、仕事中に酒を飲むなんてなんて不真面目な奴だ」
「ですです」
「あなたたちに言われたくないんですけど!!」
あんまり怒っていると皺が寄って老けて見えるぞ。
そんなことを思いながら、グラスを呷って美酒を味わった。
◆◆◆
適当にイヴの授業を遠くから見たりして時間を潰したとある日の夕暮れ時。
教室の備品を確認しているときに、声を聞いた。
教室の入り口に向かってみると、イヴと誰かが話しているようだった。
「イヴ? どうした?」
「あ、先生……」
振り返ったイヴは少し困った表情。
そしてその向こうには、上質な服に身を包んで偉そうにした一人の男性が、数多くの兵士を連れて立っていた。
「? 誰だ?」
「その……こちら、シエルエイラ国の貴族、ロットカット家の当主、モルボル様……だそうです」
「貴族?」
まさか貴族が来るなんて思っていなかったから聞き返すと、その言葉に答えたのはその貴族だった。
「貴様がこの教室の総責任者か?」
「あ? まあ……」
「ふん、なんとも覇気のない男だ」
なんだこいつ? と思いつつも、身に着けている上質な服を見てとりあえず丁寧な口調を心がけようと思った。
「貴様があの『星の牙』を鍛えた教師とやらか?」
「あ……いや、はい。……俺……いや私とこちらと二人で……ですが」
10年以上丁寧語なんて使ってなかったから、何とも不格好になる。
あまりにも言いにくくて、すぐにでも止めたいくらいだ。
「ほう、なるほどなるほど」
どういった接点かは知らないが、この貴族はルイ達経由で俺たちのことを知ったらしい。
ルイ達が卒業してからそれなりに時間が経ってるし、その活躍がここまで聞こえることもある。
わざわざ貴族が訪れるほどとは、と自らの教室の名声っぷりに感動した。
「ふむ……まあ場所や設備に思うところはあるが、まあいい。おい貴様、我が一族を指導する栄誉を賜ってやろう」
「あ?」
「なんだ? 不満なのか? こんな寂れた教室に一族のものを預けるというのだ。それだけでも感謝すべきではないか?」
正直言ってかなり不満ではある。さっきからあまりにも失礼すぎるし、態度もデカい。
もし貴族じゃなければ、言葉を強くして帰ってもらうくらいだ。
いや、もう面倒くさいから帰ってもらってもいいか?
そう思った時。
「ふんっ、金ならいくらでも出してやる。貴様らの力で、一族の者を強くしてくれればそれでいい。……おい」
「はっ」
モルボルという名前の貴族の言葉で、後ろに控えていた兵士が大きな袋を広げる。
その中には大量の金貨が入っていた。
「どうだ? これはあくまでも前金だ。授業を終えた暁にはさらに払おう」
「お、おお……」
目の前の金色の輝きに気圧される。
二つ返事で受け入れそうになる自分を必死に止めつつ、俺はなんとか声を絞り出した。
「……そ、そうは言っても……貴族……様の一族の者? にまずは会わないと……いや、会わないことには」
「なに? なぜ私が頼み込んでやっているのに、そんなことが必要なのだ?」
「……いや、必要だろ……必要です」
少しだけムッとしたときに、イヴが間へと入ってきた。
「失礼します。モルボル様、こちらとしても指導をする前に生徒になる方にお会いしておきたい、という考えがあります。それにより、何か隠された実力などにも気づけるかもしれません」
「……貴様らが、か? ふむ……まあそういうことなら……」
イヴの説明に、モルボルという貴族は渋々ながら頷いた。
「なら、近いうちに再度訪れよう。数週間後でいいな?」
「え? いや……」
「よし、決まりだ。こんな僻地に足を運んでやっているのだ。私に感謝しろ」
「……ありがとう……ございます?」
あまりの傍若無人っぷりにキレそうになったものの、それを抑え込んだ。
俺は穏やかな人間なのだ。決して見せられた金貨に目が眩んだわけじゃない。
モルボルはふんっ、と鼻を鳴らすと校舎を後にする。
勢いよく閉められた扉に、さらに怒りのボルテージが上がりかけた。
俺とイヴはそのままで、目の前の気配が去っていくのを扉越しに見送る。
そして十分離れたと思ったときに、同じタイミングで息を吐いた。
「……なんだったんですかね、あれ」
「知るか。どんだけ失礼な奴なんだ。貴族ってのは皆あんな感じなのか?」
「以前国王陛下と話したことがありまして、彼はあんなではなかったのですが……」
イヴもどっと疲れたのか、苦笑いをしている。
「とはいえ助かった。イヴが言ってくれなかったら話が進まないところだった」
「いえ……ただ、先生はやっぱり普段の口調の方がいいです」
「あー、やっぱり変だったか?」
「はい……ただまあ、それはそれで少し新鮮でしたが」
どうやら俺が敬語に苦戦しているのを見て助け舟を出してくれたらしい。
流石は一番の教え子だ。俺のことをよく分かっている。
そう、俺が悪いわけじゃない。10年以上使わなくて良かったこの世界が悪いんだ。
そう自分を慰めた後で俺はもう一度ため息を吐き、イヴと顔を見合わせた。
「また来るって言ってたよな?」
「はい、数週間後に訪れると」
「それっていつだよ……ちっ、だりぃ」
「……憂鬱ですね」
示し合わせたわけじゃないけれど、今度は二人してわざとらしくため息を吐いた。




