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転生凡人の英雄作成教室【書籍化&コミカライズ化】  作者: 紗沙
真・第8生徒 使命を果たす少女

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第486話 穏やかな日常 / サナは呼び方を変えてもらう

 リアの正体を知ったあと、彼女との授業には大きな変化が訪れた。

 けれど一方で、変わらないものもある。

 例えば家での日常なんかは、その最たるものだろう。


「できた、完璧」

「……なにそれ? 怪物?」

「まさか『厄災の巨獣』ですか? とても似ています!」


 家の居間。ソファーの方でドヤ顔で木彫りを掲げていたのはムゥ。

 そして不思議そうにそれを見つめるシエラと、正体を当てたであろうサナ。

 そうか、あの歪な楕円は『厄災の巨獣』だったのか。


「違う。これ、エンデー」


 どうやら違ったらしい。……いや待て、俺?


「いやいや、どう見ても怪物じゃろ」

「な、なんとお父様だったのですか!? なんということでしょう……お父様と憎き魔物を間違えるなど……」


 ロードは呆れ果て、サナはなぜか自分を責めていた。

 これに関して、サナに一切の非はない。


「サナ先生……あれを先生だと判断できるのは誰もいないと思います。し……ムゥ先生以外には」


 リアの言葉に頷いていると、ムゥはむぅ、と呻いた後でソファから立ち上がる。

 自分のくっそしょうもないギャグセンスに寒気を感じていると、俺の元へとトコトコと歩いてきたムゥは、木彫りを俺に差し出してきた。


「これ、どう見ても、エンデー」

「これ、どう見ても、怪物」

「…………」

「…………」


 数秒の無言。その後で、ムゥはやれやれとばかりにため息を吐いて、首を横に振った。

 なんで俺が『分からないやつ』みたいな判定なんですかね? マジで不服なんだが。


「そ、そうですよねリアさん? あれ、お父様じゃないですよね?」

「え、ええ……間違いなく」


 ムゥの奥では、サナが縋るようにリアに尋ねていた。

 別に『厄災の巨獣』と間違えられても、木彫りの出来がこれだから怒る気もないんだが。


(……それにしても、サナに頼んだのは正解だったな)


 さっきまでこの居間に、リアの姿はなかったのだ。

 けれどルイの真似をして暇つぶしに木彫りを作ろうとなってすぐ、サナが二階にリアを呼びにいってくれた。

 今、輪の中で楽しそうにしているリアは、サナのおかげということだ。


 サナは今回のみならず、様々な場面でリアを気にかけている。

 そのおかげもあって、リアは家ではリラックスして楽しい時間を過ごせているようだった。


「そういえばリアさん、わたくし、服飾などにも興味があるのです。その……今はお忙しいと思いますが、卒業後などに教えて頂けますか?」

「サナ先生の場合、着飾らなくても素材が極上なのですが……そのときは、ぜひ」

「まあ、ありがとうございます。ふふっ、生徒に教わるというのも悪くないですね」


 こと良い関係性を築くという意味では、家でサナの右に出るやつはいないだろう。

 リアは今まで通り真面目ではあるものの、家では羽を伸ばせているし、卒業後におしゃれについてサナ達に指導をする約束まで取り付けていた。

 比較的笑みを見せないリアだが、今この瞬間は雰囲気が柔らかく、口の端も少し上がっている。


(……未来でできなかったことを今できているわけだから、そりゃ嬉しいよな)


 経験があるわけではないので想像でしかないが、それでも嬉しいと思えるのだ。

 本人からすれば、絶対にそれ以上だろう。


 チラリと視線をリアの服へ向ける。

 サナ達が比較的ラフな格好をしている一方で、リアの服装はいつもより少し軽装なだけだ。

 もし今声をかけて買い出しに行こうと言ったら、彼女は部屋に戻って少し着込み、装備を多少身につけるだけで出てくるだろう。


 その理由は、長い袖の下に隠された腕にある。

 彼女はどんな場面でも、長袖の服を着るようにしていた。

 腕にある傷についても、俺以外に知っている人はいない。


(いつか……未来での出来事を吹っ切れる……いや、引きずられなくなる日が来りゃいいんだが……)


 サナにおしゃれについて話すリアは楽しそうにしている。

 未来で地獄の体験をしても、そいつの本質が変わるわけじゃないようだ。

 また前のリアに戻ってくれれば、と思った。


「……エンデー、よく見る。これ、エンデー」

「お前は魔法以外で細かいことをやる才能がマジでねえ」

「むぅ」


 分かったから、俺の視界に無理やり歪な木彫りを入れてくるのをやめろ。

 あとそれ、絶対に俺じゃねえから。


「ったく」


 パシッとムゥの手から取り上げて、テーブルの上に置く。

 するとクソガキはきょとんとした顔をした後で、ドヤ顔を披露した。


「エンデー」

「後でお前の部屋に飾ってやるから」

「話、分かる。エンデー、好き」

「あー、はいはい」


 適当に返事をすると、ムゥは振り返り、じっと静止する。


「……思い出した」

「あ? 何をだよ?」


 まさか、またマリアの記憶だろうか? 確か全部思い出していたはずだ。

 けれどそれでも思い出したということは、何か重要な--


「まだ、リア、抱き枕、やってない」

「知らねえよ」


 本当に知らねえ。くっそどうでもいい。俺の考えた数秒を返してくれ。

 内心で文句を言うものの、当然クソガキに通じるはずもない。


「リア、ここ、座る」

「えっと、こう、ですか?」

「そう。で、私、抱きしめる」

「ええ……」


 その間にも、ムゥはリアとどんどん話を進めていく。

 一方で、リアは困り顔だ。未来の逃亡生活ではあまりムゥと話をすることがなかったとのことなので、今のムゥがあまりにも違って見えているんだろう。

 けれど傍若無人のムゥに対抗できる人間なんて、この家では俺、イヴ、サナ、シエラ……あれ? ほとんどだわ。


 リアはソファーに座り、その膝の上にムゥは座る形。

『腕、前に』と言って、命令をする抱き枕は、しばらく背中でリアの体の感触を確かめていた。


「……むぅ」

「失礼ですよムゥさん」

「そうじゃムゥよ。そもそも微妙そうな顔をするならば、最も微妙なのはそなたじゃろうに」

「…………」


 サナ、ロードの順に、ムゥが宿敵を見るような目で睨んだ。

 けれどこればっかりはロードの言う通りである。

 リアはスレンダーな体型で胸はそこまで大きくないが、恐らくムゥ以上にはある。

 哀れムゥ。よよよっ……っと。


 ばっと俺をムゥが見たので、素早く視線を少し上にずらした。

 そうすれば、視界に映るのはムゥを後ろから抱きしめるリアで。


「…………」


 彼女は、なんともいえない顔をしていた。

 色々複雑な感情があると、見てとれた。


「ん、もう大丈夫。ありがとう」

「ごめんなさい、リアさん。ムゥさんは一度はこの抱き枕体験を全員で試してて……」

「どうせサナかロードに戻るんだから、抱き枕になるのも今回きりよ」


 サナやシエラが言うように、普段ムゥはサナとロードの抱き枕になっている。

 いや、ロードに関しては無理やりという感じが強いが。


「ああ、そうだったんですね」


 ムゥが離れた後で、リアもソファーから立ち上がる。

 困ったように微笑んでいたが、その表情はさっきの複雑な表情とは、少し違っていた。



 ◆◆◆◆



 厨房に、水を流す音だけが響きます。

 わたくしが夕食の食べ終わった食器を洗い、それをリアさんに手渡して、彼女が拭く係。


「……ふぅ、今日の夕食はいかがでしたか?」

「美味しかったです。いつもありがとうございます」

「いえいえ、誰かのために料理を作るのは嬉しいことですから……それはリアさんも、ですよね?」

「はい、手伝ったものでも美味しいと言ってもらえると、嬉しくなります」


 隣に立つリアさんに微笑みかけて、わたくしは食器を洗い続けます。

 こうして時に話をしつつ共に片付けをする。お父様に依頼されたことではありますが、私はリアさんとの時間を楽しんでいました。


 真面目で、授業に対しても熱心で、けれどどこか放っておけない。

 もし目を離したら、どこかに消えてしまいそうな雰囲気すら感じるリアさん。

 きっとお父様も同じことを感じたのでしょう。


(かなり仲良くなりましたし、お父様の要望も叶えられて、リアさんの心も穏やかにできて良いこと尽くしです。あ、そうですっ!)


 わたくしは名案を思いつき、洗い終わったお皿をリアさんに渡した後で、彼女に声をかけました。


「リアさん、学園ではダメですが、家ではわたくしのことをサナさん、と呼んでください」

「……え?」

「ふふっ、こんなに仲良くなったんですもの。サナ先生、ではなくサナさん、で他の方より一層仲良くなるのです」

「あ……」


 あ、あら? 良い案、それこそわたくしには女優のみならず発案の才能もあるのでは? と思ったのですが、リアさんは目を見開くばかり。


「え、えっと、あの、その……」


 戸惑っていると、リアさんは息をはいた後で、笑みを浮かべてくれました。


「分かりました。サナさん」

「っ、ええっ、よろしくお願いします、リアさん」


 ほっ、と息を吐きます。どうやら驚いていただけで、嫌というわけではなかったようです。

 嫌われてはいないと分かっていても、少し焦りました。


「サナさん、お皿洗い、終わりましたよ」

「あ、あら? それが最後だったんですね。気づきませんでした」


 水を止めて、教えてくれたリアさんにお礼を言います。

 すると彼女は穏やかに微笑んで、タオルを差し出してくれました。


「ありがとうございます……そうだ、リアさん。わたくし、マッサージの心得があるんです。よければ受けてみませんか?」

「そうなんですか? はい、ぜひ」


 まあ、まあまあ、なんと良い子なのでしょうか。

 思わず笑みを浮かべてしまいます。こうしてはいられないと思い、わたくしは手を拭いてタオルを厨房に置き、リアさんを連れて自室へと向かったのでした。

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