第487話 戦技の授業は、難しく
学園の校庭に、武器がぶつかり合う音が響く。
俺は木刀を片手に、リアは木製の短剣を手に手合わせをする形。
けれどこれは、戦技の訓練が目的ではない。
「『グランドスカー』」
リアが魔法を発動すると同時に、気配を感じて俺は数歩後退する。
先ほどまで立っていた場所に、地面から生えた岩の刃が迫ってくる。
木刀を脇に回し、力の限り振り抜くことで石刃を破壊。
「『シャドウミスト』」
続けてのリアの魔法により、俺の視界が覆われる。
かなり素早く唱えたようだが、動きを止めるには十分な量の黒い霧。
なんとかすることもできたが、これは模擬戦ではなく手合わせ。
それに見たいのは、この次だ。
時間が経過し、黒い靄が晴れる。
リアの姿を探してみれば、離れたところに立っているのをすぐに確認できた。
右の手のひらは、俺に向けられている。
「『アビスロアー』」
声を聞いて、防御魔法を展開。思考を巡らせ、防ぐか避けるかの二択を確立。
考察の時間は僅か。その間に選択したのは、回避。
目前に迫る闇の奔流を見つつ、横へと飛ぶ。
俺が展開した防御魔法に当たり、僅かに押し留めることには成功したものの、最終的にリアの魔法は俺の魔法を破り、後方へと駆け抜けていく。
ムゥが張っている特製の魔力障壁に激突して消えるまで、その威力を見せつけ続けた。
(ひゅー……やっぱすげえなぁ……)
背後を見つつ、消えた闇の奔流を思い出しながら感心の声を心の中で上げる。
的に撃っているのは何度か見たが、自分に向けられたのは初めて。
受ける……っぽいことをすることで、リアの才能を再確認した。
「一通り確認して、実戦でもそれなりに形になったな。こりゃあもう、本気で戦ったら普通に負けそうだわ」
「い、いえ、先生が指導してくださったからです! 魔法も、以前より威力が上がりましたし」
「改良の余地があって良かったぜ。これで以前とあんま変わらなかったら、俺がいる意味がなかったからな」
『そんなわけはありませんっ!』とやや大きな声で抗議するリアに笑いかけ、彼女のこれまでの授業を回想する。
育てる、のではなく取り戻しつつ改善する方向性での授業は、当然ではあるのだが順調に進んだ。
元々なんの問題もなかったのだから、あとはオーバーワークに気をつければ良いだけだった。
以前、リアの現状を常に風邪をひいているもの、と表現したが、それならその状態を脱せれるように体を強く、健康にしたようなものだ。
特に魔法は伝えやすい傾向のため、やりやすくもあった。
力技ではあるが、元々天才だと思えるほどの才能はあったのだからこうなるのも時間の問題だった。
現時点で実力的にはイヴ達に敵わないと思うが、ルイ達には勝てるのではないだろうか。
当然、俺の実力は越えている。
(……それが地獄の未来での産物だと考えると微妙な感じだが)
けれどリアのおかげでそんな地獄は一旦回避し、結果として未来ではできなかった授業ができている。
そしてリアが成長しているのだから、彼女は夢を叶えたと言えるだろう。
家でも穏やかに過ごしているし、俺としては、救われてくれたか、という感想だ。
「とはいえ、まだ授業は終わりじゃねえからな。……よしっ、リア、魔法に関してはこれで合格だ。合格どころか免許皆伝レベルではあるんだが、残りは現状維持しつつ、低ランクの改造に留めるぞ。ここからは……戦技だ」
俺の呼びかけにリアは顔を上げ、しっかりと頷いてくれた。
「はい。いよいよですね。よく使っていたこともあり、戦技の方が自信があります。ですが、難しいということも理解しているつもりです」
「どちらかというと難しいのは教える俺だがな。上手く伝えられんかったらすまん」
「いえ、私も全力で理解します。一緒に最後まで、よろしくお願いしますっ!」
「ああ、頑張ろうぜ」
一緒に、最後まで。それがリアの心が唯一望んだこと。
だからそれに答える。無事にやり遂げて、彼女を送り出す。
そんな俺の考えを後押ししてくれるかのように、胸の奥の火が少し熱くなった。
魔法の授業とは違い、戦技の授業は苦戦した。
リアの未来の姿と乖離があるのはもちろんだが、それは魔法でも同じこと。
ただ戦技の場合は、その差が著しいのが問題だった。
リアは元々魔法に入れ込んでいて、闇属性のBランクの魔法も使えてはいた。
現状でも未来の最盛期には及んでいないものの、方向性を確立し、言ってしまえばちょっと修正する程度でなんとかなったのだ。
一方で戦技に関しては、元々リアは身が入らず、Bランクの戦技も使えたものの、精度はかなり粗いものであった。
未来の最盛期では戦技を中心に使っていたために、魔法以上に使い込んだ、と聞いている。
魔法以上に差があるので、取り戻すのも一苦労というわけだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……くっ、なんで……」
いつものように授業を行う校庭。
そこで珍しく、リアは膝に手を置いて汗だくで顔を歪めていた。
日は暮れ始めていて、授業時間も終わりを迎えている。
「身体が……上手く、動かないっ……」
「熟練度の上がりが早かったのは朗報だが……難しいな」
息を切らせているリアに声をかけつつ、悩ましげな声を俺は上げた。
熟練度と使える戦技は比例する。いくらリアの頭の中に最盛期の自分の動きがあっても、ステータスの壁は越えられない。
けれど幸運なことに、記憶としてあるからなのか、リアの才能も相まって、彼女の熟練度は模擬戦や手合わせを通じて短い期間で伸びていた。
BからB+へと上がり、そのランクの戦技も使えるようになった。
そう、これまでのリアが使えた戦技ではなく、使えなかった新たな戦技に、だ。
だが、その結果大きな課題が生じていた。
「頭の中の動きに身体が追いついてねえ」
理想とする最盛期の動きが頭にあるからこそ、リアは今の自分との差を明確に感じているはずだ。
だから彼女は、これまで以上にもどかしく感じ、悔しそうに歯噛みしている。
「すみませんっ……私は……こんなものじゃないのに……」
「リア、よく聞け」
そんな彼女の肩に優しく手を置き、言い聞かせる。
「もどかしさも焦る気持ちも分かる。だが、意識すればするほど逆効果だ。意識するなって言われると逆に意識しちまうかもしれないが、お前は今のまま、一歩ずつ階段を上がっていけばいいんだ。いつかお前の姿に追いつける。むしろ追い抜ける。だから階段を飛ばして、一気に上がろうとするな」
「先生……すみません、私、また無理をして……」
「ああ、ちょっと辛い体の動かし方してたな」
苦笑いをしつつ、リアの肩を揺すってやる。
正直、B+までくると俺に教えられることはほとんどない。
だから数少ないできることである『リアが無理をしない』を徹底する。
彼女のペースを、決して速くも遅くもしないようにじっと見て、考えて、ときにはこうして声をかける。
「ありがとうございます」
「できることは少ねえがな。本当なら『竜牙』を見せてやりてえんだが……」
「いえ、先生はずっと見て、考えて、やり方を教えてくださっています。なんとか言葉にして、伝えてくれて」
「ああ、ありがとよ。お前だってそうだ。俺の拙い言葉をなんとか理解してくれようと頑張ってる。それはすごく感じるぜ。だから突き進まないでくれよ。情けねえ話だが、置いてかれるのは勘弁だ」
困ったように笑うと、リアは一瞬だけ目を見開いた後に、小さく微笑んだ。
「そうですね。先生、今日はここら辺にしましょう。少し、疲れました」
「ああ、もう時間も過ぎてるしな。お疲れさん。本当によく頑張ってるよ、お前は」
リアの背中を数回優しく叩いて素直に褒めて、彼女を引き連れてベンチへと向かう。
本当にリアは頑張っている。全力で、俺との授業を駆け抜けて、やり遂げようとしている。
「ふぅ……今日も疲れました。夜はしっかり休まないとですね。サナさんのマッサージをまた受けさせてもらいたいです」
「お、いいじゃねえか。あいつのマッサージは効くからな。疲労回復におすすめだ」
家で特に良い関係を築いてくれているサナに心の中で感謝する。
義理の娘は、家でのリアに平穏を届ける役をしっかりとこなしていた。
「……以前、サナさんに、呼び方を変えて欲しいと言われました」
「お?」
「サナ先生ではなく、サナさんと呼んで欲しいと……あぁ、やっぱりこの人はサナさんなんだ……私がいた未来でのサナさんと同じなんだって……当然のことなんです……けど……」
「そうか。どんなだったんだ? お前の知るサナは」
以前、ムゥについては聞いたが、サナについては聞かなかった。
なので尋ねてみると、リアは寂しそうな目を暗くなった空に向ける。
「同じです。世話を焼いてくれて、いつも私の側にいてくれて。でも師匠のこともずっと気にしていて……厳しくてもそれ以上に優しくて……そんな……そんな人でした……」
「…………」
「私、嬉しいんです。シエラ先生に声をかけられるのも、師匠と他愛無い話をするのも、サナさんに触れられるのも……全部全部……嬉しい……」
「……リア」
思わず、リアの頭に手を置いた。ただ置くだけで、そこに触れているだけ。
「そうだな。シエラが道を切り開いて、サナが守って、ムゥが送り出してくれて、お前が頑張ったからだよ。だからそれを楽しめ。それを喜べ。お前は、そうしていいんだ」
「……はい」
小さく呟き、リアは大きく息を吸う。
心を落ち着かせたのか、彼女はゆっくりと頭を上げた。
それに従って、俺も彼女の頭から手を離す。
「私、楽しみます。この調子で戦技も満足の行くようにして、しっかりと先生との授業を終わらせます。完遂しますから」
「おう、一緒に頑張ろうな」
どこか言葉に暗さを感じたのは、それでもまだ戦技が上手くいっていないからか。
けれど逆に言えば、それさえ無事にいけば、リアの大きな悩みが一つ消える。
彼女の世界では叶わなかった授業の終わりを、迎えられる。
(……とはいえ、『竜牙』を始めとするランクの高い戦技が大きな壁なのは事実だ。なんとかなればいいんだが……難しいな……)
壁は高く、厚い。けれど越えなければならない。破らなければならない。
授業を完遂するための、最後の壁を。
「今日も、晴れてんな」
「……はい」
空を見上げれば、雲一つない青空が迎えてくれる。
あの日から、雨の日はほとんどない。
もちろん雨の日に魔物狩りをしたが、クソ魔物には会ってない。
けれどその分、準備は着々と進んでいる。
リアは強くなり、授業で打ち合いをしたり、俺との連携を意識する指導もした。
あとは、高ランクの戦技を習得するだけだ。
この数日後、リアの課題に頭を悩ませていた俺は意外なところから全く別の報告を受けることになる。
『先生が言っていた新種の魔物を討伐しました』というイヴからの報告に、俺は目を丸くしたのだった。




