第484話 変わったリアとの、魔法授業
リアが未来から来たことを知った翌日、俺とリアは昼間から学園三階の教室にいた。
一対一で授業をするための俺専用の教室。テーブルを挟んで、向かい合わせに座る形だ。
「今後の授業についてだが、まずは魔法を中心に固めてえと思ってる。念のために確認するんだが、未来では地属性と闇属性をメインで使ってたってことに変わりはねえんだよな?」
確認を取ると、リアははっきりと頷いた。
「はい。間違いありません」
「そうか。ならやっぱり魔法からだ。昨日の夜に考えてみたんだが、お前の頭の中には、魔法も戦技も未来の完成形がある。だが、今は体が追いついてない」
「はい。なので一刻も早く、以前の実力に戻れればと思っています」
「ああ、それ自体は悪くねえ考えだ。だが、他に例がないのも間違いない。未来からやってきたやつなんて、他にいるわけもねえからな」
俺の話を、リアはこれまでと同じように一言一句聞き逃さないように真剣に耳を傾けている。
言葉にすると微妙そうな顔をするだろうから言わないが、その様子はかつてのイヴを彷彿とさせた。
「一般的に近い症状で考えるなら、普段の実力はあるが、高熱とか緊張とかで実力が発揮できないようなもんだ。それがずっと続いているって考えると分かりやすいかもしれねえ。ただこれらは時間が経ったり休むことで治るが、お前の場合は治らないのが問題だな」
「なるほど……確かに言われてみれば……とても分かりやすいです」
「ありがとよ。で、力が発揮できない場合に無理をするとどうなるかってのも分かるよな?」
「無理をすれば必ずミスをする。魔物と戦って大怪我を負ったり、魔法を暴走させる、などですね」
「そういうことだ。魔物狩りは今回雨の日以外は省いているから一旦気にしなくていいが、魔法の暴走は要注意だ。……上のランクを知っているからこそ、それができると思い込んじまって暴走、なんて最悪のパターンだからな」
そこまで話してから、俺はリアに見えるように人差し指を立てた。
1を示せば、リアの視線が興味深そうに俺の指に向かう。
「だが、それでも取り組みやすいのは魔法の方だ。すでにお前は魔法式を知っていて、それを発動したこともある。それに魔法式っていう目に見える形がある以上、未来のときよりも優れた式を考えやすい。要は、扱いやすいってことだ」
続いて、中指も立てる。示した数字は2。
「一方で、戦技は魔法に比べると感覚的なものだ。記録水晶で録画しても、修正に時間がかかる。なにより動きで覚えちまっているものを変えるのはなかなかに難しい。だからこいつは後回しにする。とはいえ順番があるだけで結局はどっちもやるから、安心してくれ」
魔法と戦技。俺はこれらを、地球でいうところの勉強とスポーツに近いと思っている。
魔法はどちらかというと座学派で、理論的な確立がある。
一方で戦技は魔法に比べて感覚派で、スポーツや音楽など、要は明確に伝えるのが難しい。
どちらも指導という観点ではやりやすい点、やりにくい点があるし、生徒もそれぞれ理論派と感覚派に分かれるので一概にどちらが伸ばしやすいかは言えないだろう。
けれどリアに教えるなら今までの経験上、魔法の方がやりやすいように思えた。
また、順番が変わるだけだとリアには伝えたが、実はこの順番が大事だったりする。
成功しやすい魔法を先に持ってくることで、成功体験を与える。
成功体験は、生徒の潜在的なモチベーションに繋がりやすい。
今のリアは何に対しても真面目だが、それでも今までできなかったことができたことに対する喜びは感じてくれるはずだ。
(昨日夜通し方針を考えた甲斐があったぜ。まだまだ考えないといけないことはあるがな)
ベッドの上で頭を捻って唸っていた昨夜の自分に労いの言葉をかけつつ、リアに尋ねる。
「とりあえず、魔法で知っているのはどこまでなんだ?」
「一応、B+までなら……」
「あ? Aまでって言ってなかったか?」
「いえ、それは短剣の戦技の方で……」
言い淀むリアを見て、そういえば魔法も戦技もAランクくらいまで、と曖昧な物言いをしていた、と思い出した。
すると、リアは廊下の方を確認した後で、小さく口を開いた。
「そのししょ……ムゥ先生からは逃亡生活の中で、魔法を教わったことはなかったんです。師匠は『転生魔法』を改造することに全神経を費やしていましたから。ですが、師匠が使っている『ホール』などの魔法を見て、盗もうと思って試してみたことがあります」
「そういうことか……そりゃあ転生魔法を改造しようとしたら、時間はかかるわな」
リアはムゥのことを『師匠』と呼んでいる。
少し固い言い回しなのは逃亡生活での関係性もあると思うが、魔法を教わるではなく盗む指導の形だったからだろう。
(お前が、そんなになっちまうくらいか……)
学園の教室で、生徒相手にふざけたり冗談を言うムゥ。
彼女は、生徒達をしっかりと見て、教え導いていた。
それはアルフの件を見ていれば間違いないことだ。
そんなムゥが変わった……変わらなければならなかった、出来事。
イヴの話を聞いたときも、あのイヴが、と驚いたし、まさか……と思うところがあった。
あのときと全く同じ気持ちを今感じている。
だからこそリアの授業を、今度こそ完遂しなくちゃならねえ。
「話は分かった。なら、B+ランクまでの魔法を改良するぞ。……とはいえ、正直これまでの段階でCランクくらいまではほぼ終わってるようなもんだ。残りはBとB+。それの地属性と闇属性を改良するって感じだな。ちなみに改造まで手は出していたのか?」
「いえ、そちらまでは。どちらかと言うと短剣を使うのが主でしたので」
「なるほど、なら改造は俺から教わるのが初だったんだな」
「あ……」
俺の言葉にリアは声を出した後に一瞬だけ止まり、左手の拳を胸に持ってくる。
この仕草を、俺はこれまでに何度も見ている。リアが心を震わせた時の、仕草だ。
「はい……ありがとう……ございます……」
「……どういたしまして。そんなに喜ばれるなら、教師冥利に尽きるってやつだ」
軽い調子で返すものの、言っていることは事実だ。
これまで色々な生徒を教えたが、ここまで指導したことに対して感謝してくれたやつはいない。
そこに喜びを感じつつも、そうなるくらい辛い人生を送ってきたリアが不憫でもある。
「……B+ランクまでの魔法の改良を終えたら、戦技の方に移るが、時折魔法の改造とか、Aランク魔法の改良とかを見るようにするか」
俺の言葉に、リアはハッとして顔を上げた。
「良い……んです……か? 教え……終わっているのに……」
「確かにB+までなら、未来のお前と同じくらいのレベルだし、普通にお前に教えるつもりだった範囲はとっくに過ぎ去ってるが、別にいいだろ」
今のリアを見ていると、どうしても目が離せなくなっちまう。
元々天才で、その才能に胸が熱くなって、目が離せなくなったのは理由の一つだ。
むしろ最初はそれだけだったと言えるだろう。
「それに、俺がやりてえからやるんだ。だから付き合ってくれや」
「! はいっ、ぜひ、お願いします!」
けれど今、俺はこいつを最後まで教え導きたい。
こいつに前を向かせたい。こいつの未来ではできなかったことを、してやりたい。
(ったく、ガラじゃねえんだがな……)
少し息を吐き、頭を数回掻いた。
けれどこんな風に『生徒のために考えて、行動する』というのは周りからよく評されることではある。
それに、今回ばかりはリアの現状に感化されてしまっても仕方ないだろう。
胸の奥底で今なお燃え続ける火の熱を感じながら、俺はもう一度息を吐いた。
ため息のように思えたが、口の端が上がっているのが自分でも分かった。




