第482話 リアとの、今後の予定
「まずはその新種の魔物からか……リアは記憶を取り戻したが、今日が俺が魔物に殺される日だったのか?」
「その……思い出して思わず止めてしまったのですが、正確にいつ、件の魔物と遭遇したかは覚えてないんです……」
「今のリアからすると大きな出来事が重なった、それも何年も前の話みたいなもんだからな、そうなるか」
無理もないと思い、声をかけると、リアは目を瞑ってゆっくりと口を開いた。
「ですが、雨が降っていたのは覚えています」
「そうか。いずれにせよ、まだそのクソ魔物は生きてる。となるとイヴ達に事情を話して協力してもらうか?」
「いえ、それは……」
リアが言いにくそうな声を出した。
じっと見つめ返して黙っていると、彼女はおずおずと話を切り出す。
「……師匠から言われたんです。未来のことを周りに話すなと。変わってしまうからって」
「変わる……その魔物と俺達が出会う未来が、変わっちまうってことか」
呟いた後で、俺は地球にいた頃の記憶を思い返した。
タイムリープものの作品の場合、仮に死の運命を変えたとしても、別の形で死の運命が再び降りかかるっていうのはよくある話だ。
そして死の運命を乗り越えるには、直接の原因を排除するしかねえ、っていうのも。
そこまで考えた後で、イヴ達の姿を思い浮かべる。
「もし俺がリアの経験した未来をあいつらに話した場合……まず、あいつらはきっと受け入れてくれる。その上で、クソ魔物を許すわけがねえ。それこそここら一帯を狩り尽くすだろう。……そうなればクソ魔物は現れないか、あるいは逃げることだって考えられる。また後で、タイミングを変えて現れるだろうな」
「ダ、ダメです……それだけは……」
焦るリアに、俺は頷いて返した。
「ああ、分かってる。だから俺はこのことをイヴ達には言わない。考えがある」
「かん……がえ?」
「俺とお前で、クソ魔物を倒す」
「!」
ハッとして目を見開くリアに、俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「俺が死んだとき、そのクソ魔物と戦ってたのは俺とお前だ。そしてお前は戻ってきて、俺はお前から話を聞いた。だから俺達は二人でクソ魔物に遭遇し、全力で協力して倒す。死の運命を、俺とお前で越える」
「それは……でも……」
「遭遇したのは雨の日だって言ってたな? だから雨じゃない日は魔物狩りをせずに、ひたすらに学園に篭ってお前を強くしたり、連携を意識する。準備をする。クソ魔物を倒すために。そして雨の日に、魔物狩りだ。運命の刻を迎えるためにな」
「…………」
俺の言葉に、リアは黙った。その後で、縋るような目を向けてきて。
「……できるん……でしょうか? そんな……そんなことが」
「分からねえ。でもやるしかねえ。話を聞いて、正直クソ魔物にはムカついた。お前だってそうだろ? 自分の手で倒せるなら倒した方が良いはずだ」
「それは……そうです。先生の言う通り……です」
「今、お前は一人じゃねえ。二人で、越えるぞ」
「越える……あの日を、あの魔物を……倒す」
胸に左手を置いて言い聞かせているリアに、俺は強く頷いた。
「やろうぜ、リア。俺とお前、二人で」
「! ……はい、分かりました。先生」
胸から手を離し、リアも頷き返してくれる。
まだ不安の色はあるけれど、これまでとは違い、決意の色も表情の中に見てとれた。
リアの状況を把握して、今後どうするかを決めた。
となると、あとは。
「クソ魔物だが、実際に経験したお前から見て、そいつの強さはどれくらいだ?」
「……当時の油断した私より強く、先生と互角……いえ、先生の方が上だと思います。私の世界では、怪我をした私を先生は気にして本気を出せなかったので」
「だが今回は違う。お前は以前とは違うんだからな」
未来のことを思い出して声が尻すぼみになるリアを激励すれば、すぐにまっすぐな視線が返ってくる。
「もちろんです。あのときと同じミスは、絶対にしません」
「ああ、もう少し詳細を教えてくれるか?」
「姿をおさらいすると、二足歩行で棘の生えた大きな右腕を持ち、体中を硬い殻で包んでいました。なのに動きは素早く、魔法も戦技も効果が薄かった……先生も苦戦していました」
「そういや、黒い靄を纏ってたって言ってたな」
「? はい」
思い出すのは、ライアスの就任式で使う魔石を得るときに遭遇した黒い鎧の魔物。
あれもまた黒い靄を纏っていた。そしてそいつと戦ったとき、レスターはこう言っていた。
『あれは魔法に耐性があるのではなく、Cランク以下の魔法に対して耐性があるのではないか』
そう考えると、倒すのに骨が折れる相手だ。
けれどそれは、俺一人の場合の話。
リアの話から、頭の中でクソ魔物のイメージを組み立てる。
その黒い像を鮮明に描けば描くほどに、俺の胸の奥の熱が強くなっていく。
明確な怒り。俺とリアが打ち勝たなくては、排除しなければという強い思い。
「面白え。なら今回は、強くなったお前と俺の連携で倒してやろうじゃねえか」
強気にニヤリと笑うと、リアは目を見開いたあとで、ふっと雰囲気を和らげた。
そして見せた笑顔は、以前のリアに似たものだった。
「なんだか……先生と話していると元気をもらえます。もう大丈夫かもって……安心して……安心しちゃいけないんですけどね」
「まあ、明るく能天気なのは俺のめちゃくちゃ沢山ある取り柄の一つだからな」
「先生らしいと言いますか……」
それだけじゃない。なによりもリアを今のまま不安にさせておきたくなかった。
たった一人でも理解者がいて、知ってくれる人がいる。
それはきっと大きなことなんだろうと、俺は思うから。
よしっ、と声をあげて、長椅子に背中を預けて腕を組む。
「あとでイヴ達に話をして、俺とリアは今後授業で雨の日に魔物狩りを行うことを共有する。ちょっと怪しまれるかもしれねえが、そうする理由があると濁して伝えて、悟らせるつもりだ」
リアについて、あるきっかけを探している、と匂わせるなりすれば、ちょっと怪しまれるとは思うが大丈夫なはずだ。
そうなると俺達の魔物狩りはともかく、あとは他のやつらの魔物狩りについて。
「新種の魔物を見かけたっていう話と、もし新種と遭遇して危ないと思ったらすぐ撤退して学園に救援を求めるようにイヴ達には伝える。……所有している敷地は毎朝イヴ達のうちの誰かが回ってるからそっちは良いとして、魔物狩りの授業は生徒の数を少数にして、安全を確保するか」
そういえば、と思い、リアに尋ねる。
「……ちなみにクソ魔物はそいつ一体だけなのか? 未来で俺が死んだあとに同じようなやつを見たことは?」
「ありません。なので、やはり特殊な魔物だと思います」
「そうか」
念のために確認したが、新種は一体だけ、と聞いて安心する。
「先生の方針で良いと思います……あと……」
「あと?」
「いえ……その……」
何かを話そうとするリアに聞き返すが、彼女はチラチラと俺を見るばかり。
かと思うと、急に頭を下げてきた。
「す、すみませんでした!」
「……あ?」
突然の謝罪に困惑する。
けれどリアはそんな俺などお構いなしに、頭を下げたままで話し始めた。
「わ、私……実はAランクくらいまでの戦技も魔法も、知ってはいるんです」
「おぉん? と、とりあえず頭を上げろ。そしてどういうことか説明してくれ」
「はい……」
恐る恐るといった具合で頭を上げたリアは、俺を見てすまなそうな目をした後で、語り始める。
「未来で、私はイヴ先生から必死に逃げていました。他にも活性化した魔物達とも戦う必要があって、逃亡生活の中で強くなる必要があったんです。なので自然と戦技や魔法も成長しまして……で、ですが今の私だとそれにも限度があって!」
「あー、そういうことか」
リアの説明に、俺は納得した。
パズルがぴったしハマって、完成するような感覚すら覚えた。
「だからお前の短剣の戦技や魔法を見て、どこか違和感を覚えたのか。お前は頭では理想形を知っているのに、体が追いついていないから」
「そう……なんですか?」
きょとんとするリアに、俺は小さく笑う。
「お前が心変わり……っつうかこっちに来てからか? なーんか変だなとは思ってたんだよ。だが説明を聞いてスッキリしたぜ。あー、つうとあれか? かつての自分の動きに戻れていないから何とかしたいって感じか?」
「せ、先生……」
声を出した後で、リアが熱い視線を俺に向けてくる。どうやら当たりだったらしい。
それにしても、ずっと突っかかっていた何かが取れた気分だ。
「どうりで成長が早いわけだ。成長している訳じゃなくて、リアにとっての以前に戻ろうとしている訳だからな。めちゃくちゃスッキリしたぜ」
「さ、流石は先生です。……ただ、私は独学で実力を上げてしまったので、その前段階のランクの戦技や魔法も合っているか分からなくて……特に短剣の戦技に関しては結構無理やりというか……」
「おぉ、だからこそ俺と一緒にってことだな。いいじゃねえか。前回? できなかった事をやる。今度こそやり遂げようじゃねえか。魔法も戦技も前と同じ、いや前以上に強くならなきゃな」
「先生……はいっ! ぜひお願いしますっ!」
大きな声を出し、深々と頭を下げるリア。
その様子を満足そうに見つめながら、俺は一度だけ頷いて考える。
(未来の俺がやり損ねたことを、今の俺がやり遂げようとするとはねえ……)
過去の俺が与えてしまった憧れを今の俺が何とかしたシエラの件があったが、それとは逆の形になる。
というよりも、未来の失敗を今で変えるなんて想像もしなかったことだ。
チラリと、リアの様子を伺う。
昨日までの鬼気迫る様子は少し和らいだが、それでもまだ『背負っている』感覚がある。
この少女を未来の呪縛から完全に解き放つには、クソ魔物を倒すしかない。
きっかけは得た。俺が未来に関することを知れたのは一つの進歩だ。
それに何より、リアが一人で苦しむ必要がなくなるだけでも大きい。
「?」
ふと、そういえばと思って窓の方に目を向ける。
雨が弱まっていたのは知っていたが、どうやら完全に収まったらしい。
視線の先には濡れた窓があって、重力に従って水滴がゆっくりと降りて行った。
この後すぐ、俺はイヴ達に新種の魔物を見たと話し、もし見つけたら倒すように頼んだ。
授業に関しても念を入れて対策を施し、できることは全てやった形になる。
けれどリアの語ったクソ魔物を討伐したという報告はもちろん、見たという報告すら、数日経ってもなかった。




