第477話 リアとの魔物狩り
学園の敷地から少し離れた土地。
俺の所有する広大な土地の中でも比較的強い魔物が出る辺りを、赤髪の少女が駆ける。
「ふっ!」
二足歩行のやや巨大な魔物『スカーベア』に、彼女は素早い動きで肉薄。
斜めに襲いかかる切り裂きを鮮やかに回避し、敵の巨体に短剣を滑らせる。
魔物の背後に回るように斬りつけながら、振り返り、詠唱していた魔法を発動。
「『ダークピアー』」
ランクDの魔法にして、作り出された漆黒の螺旋が『スカーベア』の左足を貫いた。
苦悶の声を上げて、それでも背後に振り返ろうとするのは怪物の本能か。
だがそれも、縫い付けられていては叶わない。
リアは着地と同時に、目の前に来ていた別の魔物を短剣で斬りつける。
と同時に、その魔物の胴体に蹴りを入れて吹き飛ばしつつ、背後の『スカーベア』へと跳んだ。
「ここ」
戦技『追牙』を再現。
一撃は敵の大きな背中を深く切り裂き、続く二撃目はより力を入れて腕を突き出した。
ちょうど心臓を突いたのか、口を大きく開き絶叫する怪物。
その叫びを伴奏にリアは両足を敵の背中につけて、体を使って短剣を引き抜く。
息絶えるであろう敵の背中を足場にして、最後の跳躍。
襲いかかってきていたこれまた別の四足歩行の魔物の首に、短剣を突き刺した。
『スカーベア』を含む、全三体の魔物。
俺の所有する土地で出てくる魔物でも、なかなかにレベルの高い連中を、リアは無傷で倒し切った。
(……分かっていたことではあるが、やっぱ強いな)
短剣も魔法もどちらも使っていたが、それでもまだまだ余裕があるように思える。
実際、魔物が倒れ伏す死骸の中で立っているリアの息は切れていない。
元々『流れ』で冒険者をやっていたこともあり、魔物相手にも戦い慣れているようだ。
それに何より、主体が短剣になったことで回避や素早さに拍車がかかっているように思えた。
汗や返り血で汚れた姿はかつてのリアからは想像もできない泥臭さではあるが、それで顔色ひとつ変えないところを見るに、彼女は変わったんだろう。
「お疲れ。それなりに強い敵だったが、リアなら余裕か」
「ありがとうございます。ですがまだまだです。もっと効率化して動ける場面や、鋭い攻撃を繰り出せると思った場面が多々ありました」
「十分及第点だと思うがな。だが、自分で反省点を見つけ出せるのは良い点だ。試して、経験して、発見して、改善する。そのサイクルは重要だからな」
確か、地球ではそれらをPD……なんとかって呼んでた気がする。
生徒の段階でこれを自力でできるやつは少ない。
まあ、リアは普通の生徒よりも強いんだが。
(なんつーか、すでに90点くらいの動きができてんのに、目指してんのが120点なんだよなぁ)
目標が高すぎるのだが、天才は天才で見えている景色が違うのは理解している。
リアの成長は著しいし、そのうち120点も達成するのだろう。
まったく、本気になった天才が手をつけられない、というのは真理のようだ。
引き続き土地を歩き、魔物狩りを続行する。
どの場面でもリアは危なげなく、魔物を狩り続けた。
「ある程度平地を狩り終えたので、後はあの崖に向かう途中と崖の上。それが終わり次第別ルートで学園に帰還、ですね」
そうして俺の所有する土地の端、それこそその範囲を越える位置まで来たところで、リアは遠方を眺めながら呟いた。
「だな。正直ここまでくると所有は俺じゃなくて領地……つまりは国なんだが、こんな未開の地になるともはや誰が魔物狩りしても良いからな」
「そうなんですか? ついてっきり、こちらも先生の所有している土地かと」
「危ないだけの土地だから安く広範囲を買えたのは事実だが、厳密にはちげえんだ。といっても、魔物狩りをする範囲は所有している土地よりもさらに広くしてるし、当然誰も文句なんか言ってこねえから気にしなくていいぞ」
「そうですね。街周辺だけを守っていても魔物は減りません。間引きするための冒険者がさらにその外側で活動するのと同じことですね」
「よく分かってるじゃねえか」
流石に元々冒険者として活動していただけあって、知識は豊富なようだ。
「さて、残り半分。腕が鳴りますね」
「……そうか」
返事をした後で、再びリアの姿をじっと見る。
かつてのリアが重視したおしゃれさを排除した、実用性のみを求めた装備に服装。
汚れた体、バッサリと切った髪。
これまでは模擬戦や授業が主だったから、ここに来てより気付かされる。
「なあリア」
「? なんでしょうか?」
「…………」
「先生?」
俺が尋ねたんだから、当然リアは俺を見て、何かと聞き返してくる。
けれどそんな彼女に、俺はなんて言葉をかけようか迷った。
(リアが変わった契機は俺が叱ったからだ……真面目になったのは良い変化だが、急激な変化は判断が難しい。俺が言いすぎた、と思わなくもないが……)
ただそれを謝罪するのは、何か違う気がした。
何よりもリアがそれを一切求めてないだろうと、確信が持てた。
だから。
「頑張るのは良いことだが、あんまり無理はすんなよ。気負い過ぎないってのも大事なことだからよ」
俺が言えるのは、この言葉だけ。
そんな俺にリアは一瞬だけ目を見開き、小さく口角を上げた。
「大丈夫です。先生」
言葉に少しの震えもない、雰囲気に揺らぎもない、まっすぐな回答。
リアの心が込められた、一言。
「……なら良いんだ。最近やりすぎってほどじゃねえが、気持ちが駆けてた感じがしたからな」
「そんなことはありません。私は私のペースでやれていますよ……さあ、再開です。やりきって、学園に戻りましょう」
「……ああ、そうだな」
息を吐いて、短剣の感触を確認するリアの後ろを追いかける。
その小さな背中を見ながら、さっきの言葉を思い返した。
『大丈夫です。先生』
彼女はああ言ったが、俺には違う言葉に聞こえていた。
『私は、大丈夫です』
同じような言葉だし、これがなんでもない日常なら実際に同じなんだろう。
けど今のリアがこれらの言葉を言うなら、ちょっと違う意味になるように思えた。
だから、俺はリアから目を離さないと決めた。
今の所はやり過ぎの様子はないけれど、いつか気持ちが駆けすぎないように。
そのまま駆け抜けて、どこかへと行ってしまわないように。
そんな俺の思いが勘違いだと思えるほどに清々しい風が吹き抜ける。
見上げれば、大空は真っ青で雲一つなくそこに在った。




