第476話 とある◾️◾️◾️◾️少女の独白2
エンディ先生の家で夕食を食べた後、私は裏庭で日課となっている自主練を行う。
魔法式を素早く、澱みなく唱えられるか、戦技はちゃんと再現されているか、これまでの授業をちゃんと吸収できているか。
先生との授業を思い出しつつ、それを噛みしめつつ全力で。
けれど決して明日に疲れを残さないように、限界を見極めて自主練をする。
正直、まだまだ不足は多い。筋力が足りない、体力が足りない、体幹が不安定。
魔法の威力が足りない、素早さが足りない、精度が足りない。
それを実感するたびに、かつての私がどれだけサボっていたのかを理解する。
そうして、悔しさと怒りに唇を噛み締める。
--足りない、足りない
裏庭での自主練を終えれば、自室……いや、借りている客室に戻る。
灯りを付けた状態で、今日の授業の復習。魔法式におかしいところはないか。
空想で体を動かして、戦技におかしなところはないか。
より強くできる部分はないか。よりエンディ先生の指導を反映させられるところはないか。
常に考える。考え続ける。他に思考を割いている時間なんてありはしない。
いつが期限なのかは分からないけれど、無駄にする時間なんてないから。
不安は……あまりにも多い。
何が原因なのか、どうすればいいのか、分からない。
けれど一つ分かっていることがある。私は……強くならなくてはいけない。
エンディ先生の授業を真面目に受けて、成長しなくてはならない。
これだけは、絶対に間違っていない。
「でも……でもそれは……私が……どうしてもしたいからで……」
選んだ道が合っているのかも分からない。
いや、普通に考えるならきっと間違ってる。
でも私はエンディ先生との授業を選択した。どうしてもやりたかった。
なのに。
「…………」
私は無言で椅子から立ち上がり、机の上を片付け、その上に布を敷く。
部屋の明かりを消し、真っ暗になった部屋で、再度机に戻り、椅子に座る。
右手を布の上に置いて、袖を捲って。
そして、今日のことを思い出す。
『う、うん、すごい! 相変わらずたまに変な言葉使うけど……あ』
油断した。心が緩んでいる。だからエンディ先生に対して、あんな発言が出るんだ。
何を、しているのか。何を、考えているのか。
誓ったはずだ。決めたはずだ。使命だと分かっていたはずだ。痛いほど知ったはずだ。
エンディ先生の授業を真面目に……どこまでも真面目に受ける。
決して以前のように、軽い、浮ついた気持ちを抱きはしないと。
絶対にかつてのようになるなと、心も体も、それを使命だと受け入れた。
受け入れて、そう決めて心に、魂に刻んだはずなのに。
左手で短剣の柄を掴み引き抜く。
そして刃を、自身の右腕に沿わせた。
「……っ」
痛い、熱い……けれど、それがどうした。
理解しろ、理解しろ。お前は馬鹿だから、痛みがなければ理解できない。
どうして以前の自分から変わっていない。どうして気を抜いている。
ふざけるな。お前には、使命があるんだろう。
「…………ふー……ふー……」
腕に走る一本の線。そこから流れる赤い血。
今すぐ回復魔法を使えば、すぐに塞がるだろう。けれど私はそれを絶対にしない。
これは私が間違えた数。エンディ先生との授業で、真面目になれなかった数。
これが初めてじゃない。使命を果たすと決めてから、何度もだ。
本当に、私は大馬鹿者で、まだ理解をしていないようで。
目を瞑る。頭が、光景を思い出す。
地獄の光景。最悪の光景。
一瞬だけ映る空模様。そして私が、使命を背負った日。
まだ完全には思い出せないけれど、それでもやるべきことは一つだ。
エンディ先生との授業を、本気で、全力で取り組む。私がやるべきは、それだけ。
なのにその一つすら満足にこなせないというのか。どこまで愚かなんだ、私は。
「…………」
右腕から流れる赤は、布を濡らしている。
そしてその右腕には、何本もの線が走っていた。
塞がっても線として残る、私の間違い。
その数だけ私自身に突きつける、覚悟が足りない証拠。
ふと視線を机の上から、その脇にある箱に向けた。
中に入っているのは、服や装備、着飾るための道具たち。
それらがまるでゴミのように、箱の中に無造作に投げ入れられている。
かつての私が大事にしていた、大切にしていたものたち。
--そんなこと、もはやどうでもいい
何も思わない。ここに置いてあるのも、心残りがあるからとかじゃない。
ただ捨てるのが面倒で、それに時間を取られるのが嫌だっただけ。
箱に詰めて無造作に置くだけで、もう私の心に残ってはいないのだから。
「……ふぅー……っ……」
大きく息を吐き、別の布で傷口を止血する。
しばらく待てば傷は塞がり、また私の腕に覚悟が足りない証が一つ増えるだろう。
痛みを感じつつ、それを忘れないように、繰り返す。
(使命を……果たす)
繰り返す。
(使命を……果たす)
何度も何度も、繰り返す。
(使命を……果たす。絶対に、果たす)
頭の中をその言葉だけで埋め尽くす。
私はただ、そのためだけにいるのだから。
だからそれ以外は要らない。必要ない。自覚しろ、心に刻め、常に頭の中央に置いておけ。
一度しか、機会はないのだと。
それを分かっていて、私は自分の欲求を押し通したんだと。
短剣の血を拭い、鞘に収める。布を腕に巻き、完全に止血。
右の手のひらを開いて閉じて、感触を確認。明日に影響はないと、確信。
真っ暗な部屋で、私は一日を終える。また明日を、覚悟を持って過ごすために。
使命を、果たすために。




