第473話 ある休日。イヴとムゥの評価
迎えた休日。自室で体を休めていた俺は、何か飲もうと居間へと向かった。
部屋を出てすぐに、廊下の先にある裏庭に続く扉が空いているのを確認。
そして居間に向かって廊下を歩くと、裏庭に続く扉の隙間から白い髪が見えた。
居間に向かうのを一旦やめて、廊下を進む。
扉を開けてみれば、目の前に裏庭と風に流れる洗濯物が目に入った。
「あ、先生」
「おう……あ? 今日ってリアが担当じゃなかったか?」
扉を開けたことで音に気づいたイヴに挨拶を交わした後で、思い出す。
確か朝、機敏な動きで裏庭に洗濯物を出す赤髪の少女を見た気がしたのだが。
今、竿に洗濯物をかけているのはサナだった。
「はい、合っていますよ。サナが洗濯物を出し忘れて、慌てて洗濯していたので手伝ったんです」
「珍しいな。あのサナが忘れ物とは」
ポツリと呟くと、近くで布団を干していたサナがぴくりと反応した。
「マッサージに使う布団を忘れていまして……部屋に戻って見つけて、慌ててという感じです」
「ああ、なるほど」
「……イヴさん、恥ずかしいのでお父様には黙っていて欲しかったです……」
現在、物干し竿の前でしょんぼりとしているサナは引き続きマッサージに凝っていて、今もレベルアップを欠かしていないらしい。
結果としてイヴを始めとする女性陣は疲労が取れるので助かっているとか。
ちなみにマッサージをするサナ自身は、イヴが代わりにマッサージをすることで疲れを癒しているらしい。
「……それにリアは掃除洗濯料理の手伝い、家事全般をかなり丁寧に、熱心にやってくれています。きっともう雑な仕事をするようなことはないと思いますよ」
「そいつは嬉しいことだが……以前までのリアもリアで楽しかったから、少し寂しい感じもするがな……」
そこまで話した後で、タイミング的にはそろそろかと思い、イヴに尋ねた。
「ちょっと聞きたいことがあってな。リアの変化についてだ。エステルの街でリアが家に不在だった二日間について聞いたんだが、何か事件があったって感じは一切なかった。お前はリアの変化について、どう思う?」
「ここ数日観察してみて、正直に気持ちを言うと……純粋にリアが心を入れ替えただけかもしれませんが、まだよく分からない、になります。何かあったのでは? とも思うのですが、思い当たる節がなく……本人も心を入れ替えたと言っていて、その言葉には嘘がないように見えます」
「やっぱりか。俺の考えと同じだな」
「一応、失礼王……ああいえ、リュウガ王のときに噂になったような、意識を乗っ取ることができる架空の魔物についても考えましたが……今のリアは前のリアとはうって変わって真面目ですが、同じリアです。その証拠に、時折以前のリアらしさも見えています」
記憶に新しいリュウガ王の改心。
それは妻と娘ができたことによるものだったが、一時期乱心や特殊な魔物の影響かと噂されていたこともあった。
間違いなく彼の前歴のせいなのだが、ちょっと不憫に思ったりもした。
とはいえ、イヴはまさかそんな架空の話まで考えてくれるとは。
「うーん……もう少し様子を見るべきか。急に変わったから、ちょっと心配だしでな」
俺の危惧していることを見抜いて的確な返事をしてくれたイヴ。
そんな彼女に今の俺の心情を吐露すると、苦笑いを向けられた。
「ただまあ、私は彼女に苦手意識を持たれているようですが」
「そうなのか?」
「……ええ。彼女、私の質問に答えるときだけ少しの間があるんです。どうやら以前に厳しくしすぎたようで」
「あー……そりゃあイヴ先生と言えば、学園では厳しい先生、家でもしっかり者の長女だしな」
「皆が優しすぎるんですよ。一人くらい厳しい人は必要です」
「さいですか」
イヴもイヴで自分の立ち位置というものをしっかりと分かっているのだろう。
サナは優しく生徒を導き、ムゥやロードはふざけつつ、シエラもシエラでタイプ的にはムゥに近い。
色々な奴らがいるからこそ、その統括ができるのはイヴしかいないと思うし、きっとムゥ達だってそう思っているはずだ。
「リアもそのうち慣れて、今以上に打ち解けるんじゃねえか? それこそどこかお前と近いから、一番仲良くなったりしてな」
「だと良いのですが、私でなくてもムゥやサナを始めとする誰かがリアともっと仲良くなれば良いとは思います……それは一旦置いておくとして、引き続きリアのことは気にかけるようにしますね」
「おう。学園では俺が気にかけるから、家では頼むな」
「はい」
イヴの返事を聞いて、俺は裏庭を後にする。
廊下を歩いて最初の目的地である居間へと向かい、扉を開いた。
「あ? ムゥじゃねえか」
「ん、エンデーだ」
テーブルのところでチビチビと何かを飲んでいたのはムゥだった。
「珍しいな。お前が休日に居間に一人なんて……たまに誰かといるのは見るが」
「色々、考える、飽きた」
「息抜きも大事だからな。別にいいんじゃね?」
そう言って俺は厨房に入り、適当に飲み物を取り出す。
冷えた瓶を持ってテーブルに戻り、席に腰掛けた。
蓋を開けて呷ると、冷たい感触が喉を満たしていく。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。その後に、ムゥが静かに口を開いた。
「エンデー」
「あ?」
「今日、私、買い出し、当番」
「そうなのか」
「エンデー、手伝う」
「なんでだよ。お前収納魔法使えるんだから、荷物持ちすらいらねえだろ」
こと料理に関してはダメダメなムゥであるが、買い出しに関する能力は家の中でも一二を争う。
と思ったけど、シエラが帰ってきたからイヴ、ムゥ、シエラでTOP3争いか。
収納魔法ってマジで便利なんだよなぁ。
「イヴ、あること、言ってた」
「ん?」
「エステル、酒場、お酒、新入荷」
「……なん……だって?」
「私、お酒、詳しくない。お酒、好きな人、新しいお酒、見る、楽しい。誰か、そういう人、募集。チラチラ」
「……仕方ねえな、ムゥちゃんは」
なるほど、新種の酒と来たか。確かに気になる。
それに酒場に行くなら、色々な酒を見ることもできる。
それは楽しいことだろう。良さげなやつがあれば買うでもいいし。
「ふっ、エンデー、余裕、ちょろすぎ……逆に心配」
「うるせえぞクソガキ。で、いつから行くんだ? いますぐか?」
「もう少ししたら。焦らない。玩具、買ってもらう、子供みたい」
「…………」
クソガキに子供みたいと言われたのがショックで、思わず無言になる。
その後で、お前だって魔法関連だと目を輝かせてるじゃねえか、と思って睨みつけた。
なおムゥは口笛を吹いて誤魔化そうとしたが、下手くそすぎて吹けていなかった。
「どうせならリアも連れていくか……そういやリアは真面目になったが、ムゥちゃんとしては少し寂しいんじゃねえか?」
「別に、リアはリア。真面目、不真面目、変わらない。ただ残念。他にもサボり方、いくらでも、教えたのに」
「生徒に悪影響を与えんなよ……」
悪戯をしたりふざけるのが好きなムゥ。
生徒に好かれやすいのは良いことではあるが、積極的にサボり方を教えるのはこいつだけだろう。
……その結果好かれすぎて、ムゥ教が生まれていたわけだが。
「……前のリア、今のリア、どっちも良い、思う」
「そうなのか? その割にはなんか思うところありそうだが」
どこか静かな様子のムゥに尋ねてみると、彼女は小さく息を吐いた。
「リア、つまらなく、なった」
「……やっぱ少し寂しいんじゃねえか」
「んー……ちょっと、違う」
「違うのか」
やっぱりムゥも、何かを感じているようだ。
なんて思っていると、クソガキは両方の手のひらを水平にして首を横に振る。
「エンデー、乙女心、分からない」
「はっ、乙女だってよ」
「やっぱり、エンデーはエンデー、ダメダメ。やれやれエンデー……痛いっ!」
さらにむかつく顔まで完璧なクソガキに、俺は身を乗り出して無言でチョップを落とすのだった。
やれやれエンデーってなんやねん。むしろ俺がやれやれって感じなんだが。




