第472話 リアは順調に成長している
夕食後、自室で作業をしていると玄関の扉が開閉する音を聞いた。
「……リアか?」
この時間にイヴ達が外に行くとは考えにくい。
であれば赤髪の教え子かと思い、俺は作業へと戻る。
記録水晶を見直しつつ、リアの短剣の戦技についての研究を重ねた。
集中していたからか時間はあっという間に過ぎて、一段落つく。
ふぅ、と息を吐いたところで、玄関の扉が再びは開いていないことに気づいた。
「…………」
なんとなく気になって、椅子から立ち上がる。
部屋を出て、玄関の扉を開けて家の外へ。そのまま家の外壁に沿って、裏庭へと向かった。
予想は当たったようで、裏庭に近づくほどに風を斬る音が聞こえてくる。
思った通り、裏庭ではリアが短剣の戦技の自主練をしていた。
「……ふっ! ……ふっ!」
一心不乱に短剣を振るリア。
今は戦技の自主練をしているようで、『追牙』を繰り返している。
「……?」
まただ。リアの動きに違和感を覚える。
どこがおかしいのかは、上手く言葉にできないが。
「リア、あまりやりすぎるなよ」
気になることはあるものの、それよりも指導が先だ。
俺が声をかけると、リアは驚くのではなく静かに短剣を下ろして、振り返った。
「やる気になってくれてるのは嬉しいが、やり過ぎは禁物だ。昔それで痛い目を見たやつもいたからな」
「はい、分かっています。限界を越えてまでやるつもりはありません。終わった後はゆっくりと体を休ませるつもりです」
「ならいいんだけどよ。どうだ? 自主練してて、気になったところとかあるか?」
とりあえずは大丈夫そうだと感じ、続けて短剣について尋ねてみる。
さっき感じた違和感の正体のヒントでも分かれば、と思った俺の言葉に、リアは少し考えた後で、口を開いた。
「先ほどからご覧になっていて、いかがでしょうか? この調子で戦技を極めていくと、先生の考える理想に近づくと思いますか?」
逆に問い返されてしまったが、少し考えてから答えを出した。
「……俺の考える理想がお前にとって良いかどうかってのはあるが……近づけると思うぞ。今日一日だけだが、めちゃくちゃ頑張ってるし、きっとその分成長するだろうしな」
「ありがとうございます。この調子で、色々なことを教えて頂きたいです。短剣や魔法の、それこそBランクなんかも」
「俺は使えねえから、ちょっと大変だとは思うがな。だが、できることはやるつもりだ。他にはねえか?」
「はい、ありがとうございます。他はありません」
「そうか」
どうやらリア自身は違和感を覚えていないらしい。
彼女の大きな変化に引っ張られて、俺がそう感じているだけだろうか。
そんなことを思っていると、リアは首を横に振った。
「先生、たとえ先生がBランクの戦技を使えないとしても、時間をかけて見てくださった魔法や戦技は、他の何よりも優れていると考えます。私はそれを知って、身につけたいんです」
「お、おう……」
「戻りましょうか。今日は疲れました。ゆっくりと休んで、明日の授業に備えますね」
「……そうだな。休むのも大事なことだ」
やけに持ち上げてくれるな。まるでイヴみたいだ。
嬉しい気持ちと、これまでとは違うリアのまっすぐな言葉に困惑する気持ちが同居している。
そんなことを思いながら、俺はリアを連れて家の中へと戻るのだった。
翌日、時間通りに校舎二階の室内訓練室に向かうと、そこにはリアの姿があった。
すでに彼女は訓練室の中にある机に向かっていて、魔法式を書き込んでいる。
「ようリア」
「先生、こんにちは。今日もよろしくお願いします」
「今日は魔法の授業だな。属性は地属性。『ロックアッパー』からだが、行けるか?」
「もちろんです」
リアははっきりと頷き、椅子から立ち上がって魔法の的の前へと。
白線の上に立ち、右手を前に出して魔法式を詠唱する。
全く澱みなく、流れるような詠唱。こちらもしっかりと自主練をしているらしい。
「『ロックアッパー』」
魔法の的を、下から石の礫が素早く、鋭く、的確に撃ち付ける。
繰り出される魔法も完成度が高い。威力、範囲、命中精度どれをとっても合格点だ。
「いい感じだな。後はこの実力をキープして、って感じか」
「ありがとうございます。引き続き頑張ります……ところで先生、話が変わるのですが、一つお聞きしたいことがありまして……」
「んあ? なんだ?」
聞き返すと、魔法を撃ち終わったリアはそそくさと俺の元に戻ってくる。
席に座るや否や、紙に魔法式を書き始めた。
彼女の手が動くたびに、そこから目が離せなくなってくる。
「ここ数日、闇魔法で一番得意な『ダークバインド』の魔法式についてずっと考えていたんです。思いついた魔法式があるんですが、見て欲しいな、と」
「お前……それ……」
リアが書き切ったのは、既存の『ダークバインド』とは異なる魔法式だった。
一部が変更されていたり、追記されているわけじゃない。
根本から異なる……魔法式の改良ではなく、『改造』。
胸の火が、燃え上がる。
以前からリアには才能があると思っていた。
だがそれは、あのムゥにまで届くほどだったのか。
「ただ……いまいちと言いますか、しっくり来ないんです。先生なら何か分かるかな、と」
「……試しに一度こいつを撃ってもらってもいいか?」
「はい」
リアは再び立ち上がり、白線の上に立つ。
右手をまた魔法の的に向けて、詠唱を開始。
先ほどと同じようにスムーズにとはいかないものの、それでも練習したんだろうと思える詠唱だった。
「『ダークバインド』」
魔法は発動。的の真下から、通常のものよりもやや大きく、そして強固であろう鎖が生えて、的に巻き付いた。
流石にムゥの魔法ほど強力ではなさそうだが、従来のものよりはレベルアップしているように見える。思わず、拍手した。
「……すげえじゃねえか。自力で魔法式の改造なんて」
「ありがとうございます。といっても一番得意な闇魔法の、それも簡単な『ダークバインド』だからだと思います。他の魔法も一応試してはみたのですが、あまり思いつかなくて」
「いやいや、だとしてもすげえことだって。Fランクでも自分用に改造できてんのは準勇者くらいなんだからよ……やっぱ俺の目は間違ってなかった……いや、ここまでの才能があることが見抜けてなかったんだから、間違ってたのか? なんかもう分かんねえや」
あまりにも嬉しくて言葉がちょっと変になったが、リアの空気は柔らかくなる。
「ふふっ……そこまで喜んでもらえて、頑張った甲斐がありました」
口角を少し上げて喜ぶリアに、かつての彼女をみる。
真面目になっても本質が変わるわけじゃないんだな、と思っていると、リアは真面目な顔に戻り、しかし、と続けた。
「もう少し改善したいな、と思っているんです。ひょっとしたら『ダークバインド』の鎖をさらに強固なものにできるかもしれない、と」
「おーけーおーけー。なら改良の方の魔法式と比べつつ、合わせて考えていくか。以前ムゥの魔法式を改造した時には、両方を見比べて考えたんだよ。そうすることでなんか見えてくるっつーか」
「なるほど……ぜひお願いします」
やる気十分なリアに、俺は微笑む。
「短剣もやる気が出て、魔法のやる気も継続……さらには魔法式の改造にも着手できて、順調じゃねえか」
「ええ、短剣と魔法、どちらも完璧にして、そして……強さとおしゃれを両立した者になる。それが夢ですから」
「ははっ、お前なら絶対なれる。間違いねえ。このまま行けば、だがな?」
「はい。この調子で引き続き、頑張ります」
右手で拳を作り、強く握るリア。
そんな彼女に対して、俺も、もっとできることをしよう、と強く思えた。




