第470話 エステルの街にて
校長室にて、俺はリアの授業を振り返りつつ、記録を作成していた。
今日はどんなことを指導したか、リアはどんな風に成長したか、課題はなにか、その課題を解決するにはどうすればいいか。
そういった内容を、紙に書き込んでいく。
リアは今日、うって変わって真面目になった。
それゆえに記録に記入する文量も、これまでと比べて格段に多くなっている。
それ自体は嬉しい……ことなのだが。
「……うーん」
記録欄にびっしりと埋まった文字とは対照的に、俺の気持ちは晴れなかった。
「いやぁ……おかしくねえか?」
呟いて思い出すのは、授業時のリアの言葉。
『これまでをじっくりと考えて、自分を見つめ直しました』
何度かリアに尋ねたが、彼女の答えは変わらなかった。
確かに、真面目に授業を受けること自体は良いことではある。
ただ、リア自身の変わりようがあまりにも大きい。
今日の授業時はリアがこれまで全くやる気を見せなかった短剣にやる気を出してくれたことが嬉しくて、舞い上がっていた。
本当にもったいないと思っていた短剣に対するやる気という課題が解決したのだ。
こいつは絶対に化けると確信したし、胸の奥の火だってものすごく熱かった。
けれど今、冷静になってみると、おかしくはないだろうか。
それに、校庭でリアが短剣を振るう姿を見たときの違和感だってある。
(俺の強めの注意で真面目になってくれたってことならなんの問題もねえが、もしかしたら昨日や一昨日の夜に、リアになんかあったかもしれねえ)
あまりの変わりようゆえにそう思っているのかもしれないが、確認は念のためにしておくべきだ。
本人に聞いてダメなら、周りに聞くのが一番だろう。
「行くか……エステルの街」
頭の片隅に懇意にしてやってるギルド受付嬢の姿を思い浮かべた。
学園で仕事を終えた後、俺はエステルの街に足を運んでいた。
日はすっかりと落ちて、辺りは暗くなっている。
念のために校庭を確認したものの、そこにはすでにリアの姿はなかった。
まっすぐに冒険者ギルドへ。扉を開けて中に入り、受付へと向かう。
ちょうど良く、受付にはサトリアが立っていた。
「……あら? エンディさん? こんな遅い時間にいらっしゃるなんて珍しいですね」
「ようサトリア。ちょっと聞きたいことがあってな」
俺の言葉に、サトリアはこれまで退屈そうにぼーっとしていたが、真剣な表情に切り替わった。
「なんでしょうか?」
「昨日、リアは依頼をこなしにきたか?」
「はい。いくつかの依頼を受けて、達成して頂きましたよ」
「なんか、変なところなかったか? 今日授業をして、かなり真面目になっているのは知ってるんだが……」
少しは考えるそぶりをするかと思いきや、サトリアはすぐに頷いて口を開いた。
「これまでとは違って、丁寧な口調になっていましたね。本人はこれまでを見返して、真面目に取り組もうと思った、とのことでしたが」
「やっぱりそうか」
「あと、依頼はちょっと少なめに受けていました」
「あ? そうなのか?」
「はい。ですが、その分私と色々と話をしたり、街の他の方と話をしたんだと思います」
「話?」
尋ねると、サトリアは、ええ、とはっきりと頷いた。
「主にスカイグラス学園や、エンディさん達に関することが多かったですね。……私の知る限りで色々話しましたよ。エンディさんのこと、イヴさんの恐ろし……ああいや、強さやムゥさんの魔法について、サナさんの刀の腕前についてなど、それはもうじっくりと。……途中から楽しくなってきて、場所を移動したりもしました」
「……悪口言ってねえだろうな?」
「私がイヴさん達に悪い感情を持ってるわけがないでしょう?」
「俺については持ってるってことか?」
「エンディさんのは悪口ではなく、事実です」
にっこりと笑顔で答えるので、ぶん殴ってやろうか、と思ったくらいだ。
とはいえ良い情報は聞けた。それなら、リアはここでイヴ達の第三者からの情報を聞いて、強さや恐ろしさを実感した、みたいな感じでもあるんだろうか。
以前、家事について強く言われたときも気にしていた節があるし、どうやら彼女はああ見えて、結構繊細らしい。
「ちなみに、その時のリアの格好ってどんな感じだった?」
「服装はガラリと変わっていましたね。装備はそのままだった気がしますが」
「髪は?」
「髪? えっと、どういうことですか?」
「いや、気にしないでくれ」
ということは、昨日の段階でリアは段々と服や装備、髪を変えつつあるということだ。
「ありがとよ、助かったぜ」
「あら、もう大丈夫なんですか?」
「まあな。あー、今日俺が聞きにきたことはリアには言わないでおいてくれや」
念のために釘を刺しておくと、サトリアはにっこりと微笑む。
「もちろんです。こう見えても私、口は固いんですよ」
「本当にこう見えても、だな」
「何かおっしゃいましたか?」
「いーや?」
適当に切り上げて、俺は踵を返してギルドの出口を目指す。
背中越しに飄々と手を振って、俺はエステルの冒険者ギルドを後にした。
「あん? エンディじゃねえか」
「あ? ……おお、イッテツさんじゃねえか。何してんだよ、こんなところで」
ギルドを出て家に戻ろうと思った帰り道、通りを歩いていると、向こうから来た集団の先頭を歩くイッテツさんに声をかけられた。
見てみると、お弟子さん達を連れているようだ。
「こんなところって、そりゃあ俺はこの街に住んでるんだから、通りだって歩くだろ」
「いやイッテツさんと会うのって、ここだと工房だけだったから、ちょっと新鮮でな」
「ああ、なるほど。……ちょいとこいつらを連れて飲みに行こうと思ってな。そうだ、お前さんもどうだ?」
飲みに誘われた。本来なら乗るところだが、口を開く前にお弟子さん達の表情が目に入る。
青い顔。光のない目。これから死地に向かうような表情が沢山。
「……悪い、今日はイヴ達に夕飯を作ってもらってるんだ。また今度な」
「なんだ、嬢ちゃん達が待ってるならとっとと帰るこったな。家を守ってくれる女をあまり待たせるべきじゃねえぞ」
「ああ、そうするよ」
以前お弟子さんの態度がおかしかったことを覚えていたので、回避に成功。
心の中でイヴに感謝しつつ、どうせならとリアのことを尋ねてみる。
「……っと、なあイッテツさん、昨日だと思うんだが、リア……あーっと、赤髪の少女が来なかったか? 短剣使いなんだが」
なんて説明しようか迷ったし、これで伝わるだろうか、とも思ったのだが、イッテツさんはピンと来たようで深く頷いてくれた。
「来たぞ。短剣の色を変えて欲しいってな。あと、防具や武器の店を聞いてきたから、教えたぞ」
「へえ、イッテツさんのところって、武器の色を変えるとかもやってくれんのか」
そういうのは鍛冶屋の特権かと思っていた。
「流石にニノテツほど完璧じゃねえが、武器も多少は扱えるな。といっても、ちょいと弄ったり色を変えたり、そんな小さなことができるくらいだ。修理もできるが、応急処置程度だしな。本職には勝てねえよ」
「ふーん……」
「おう、もう良いか? お前さんと同じで、俺も酒が待ち遠しくてな。弟子達も待ちきれねえで震えてやがるんだ」
「お、おう……引き止めて悪かったな」
お弟子さん達が震えているのは楽しみだからじゃなくて、酔ったイッテツさんが恐ろしいからだと思うのだが、言わないことにした。
教室を作ってから俺が培った素晴らしいスキル。それが『言わない』である。
きっと言葉という技能のスキルで、ランクはSSくらいある。間違いない。
お弟子さん達を引き連れて去っていくイッテツさんの後ろ姿を見ながら、俺は前を向いて家の方に視線を投げた。
再び歩き出し、帰路につく。
(気持ちを入れ替えて服や装備、髪を一新した? 少なくとも、昨日一昨日で何か大きな事件があったわけじゃねえ)
ひょっとしたら新種の魔物が現れて、それがめちゃくちゃ強力で、襲われたのでは? という予想もあったものの、エステルの街を見ると全く見当違い。
そもそも今日の授業でリアが大きな怪我をした様子は一切なかった。
「……考えすぎか」
やっぱり急激に変わったから変に考えてしまっただけか、と思いつつも、どこか引っ掛かる。
(とりあえずは、注意深くリアを見るようにするしかねえな……)
そう思いながら、俺は家に向かって歩を進めた。




