第469話 リア、覚醒
「先生、本日もよろしくお願いします」
「お、おお……よろしく……」
目の前の少女の言葉に、返事も、どもったものになってしまう。
互いに無言になるので、じっと相手を観察した。
髪型と服装、装備が変わっているが、顔は間違いなくリアだ。
けれど豊かだった表情は、今はまるで能面のよう。
ムゥも表情の変化が少ないが、あれはあれでぼーっとしていることが多い。
けれど今のリアの表情からは、なんの感情も読み取れなかった。
「えっと……その……どうしたんだ? 髪とか服とか、装備とかよ」
とりあえず、尋ねてみることにした。
そりゃあ女性だし、髪型や髪色、あるいは装備を変えることはあるだろう。
けれどリアの変わりようはあまりにも大きく、別人と言ってもいいくらいだ。
リアは俺の目をじっと見て、少ししてから口を開いた。
「いえ、先生が言うことがごもっともだ、と思いまして。私は短剣使いです。動きやすさと防御に適した装備にするべきだと考えました。……また、その……これまではおしゃれに気を遣っていましたが、かつての自分を見返してみて、やはり間違っていると感じました」
「お、おう……」
あのリアがいつもの調子ではなく丁寧語を使っているので、こっちとしても調子が狂う。
かと思っていたら、彼女は深々と頭を下げてきた。
「先生は時間をお使いになり、私を教えてくださっているのに、これまでは応えることができなくて申し訳ありませんでした。これからは心を入れ替えますので、ぜひご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」
「……あ、ああ……俺も一層気合を入れるとするが」
正直、戸惑いの気持ちの方が大きい。俺への呼び方も先輩から先生に変わっている。
前回までのリアとの変わり幅がデカい、いやデカすぎるからこそ、まだ俺の心がついてきていない。
(……んや、待てよ?)
色々と考えた結果、出した結論は、実はリアはちょっとふざけているのではないか、という説である。
宿題をやってきていなくて、それを誤魔化すために、こうしてこっちを戸惑わせるようなことを言っているのでは、と考えた。
それなら。
「……なら、早速授業を始めるか。宿題の『追牙』だが、見せてくれるか?」
この一言で、いつものリアに戻るのでは? なんて思ったのだが。
「分かりました。見ていてください」
リアの調子は戻ることなく、彼女は素早く短剣を抜き放ち、構える。
その姿は、確かに形になっていた。
「行きます」
一言、静かにそう言っただけで、彼女は戦技『追牙』を発動。
短剣が素早く二回、軌道を描く。速く、鋭く洗練された二連撃。
前回とは違い、しっかりと自主練をしたからか、彼女に適した戦技に近づいていた。
(……おお、マジで自主練してるじゃん。それどころか結構やってる感じじゃね?)
最初は疑いつつあったものの、実際に見せてもらうと、彼女の『追牙』には使い込んだ形跡が見られた。
無論、まだ粗はある。けれど頑張って自主練をしているのがよく分かった。
「驚いたな。前回は全然やってこなくて強く注意しちまったが、それが良い方向に転んでくれて安心したぜ。ちゃんと立派に形になってるし、自主練した形跡も見られる。……頑張ったんだな、リア」
「…………」
俺の言葉に、ほんの少しだけ固まったリア。
彼女はゆっくりと振り返るものの、変わらず無表情だった。
「ありがとうございます。ですがまだ、完成にはほど遠いと思います。引き続き、取り組んでいく予定です」
「……以前はあまりやる気がなかった短剣だが、良いのか?」
「申し訳ありませんでした。ですが先生のおっしゃる通り、将来を考えるなら魔法も短剣もできた方が良いと思っています」
「おお……そいつはそうだ。……つーか、リア。真面目にやってくれるなら、以前の口調に戻してもいいぞ。ちょっとやりにくいっつーかなぁ」
彼女の気持ちは伝わったので、言動を戻しても良いと伝えたのだが、リアは首を横に振った。
「いえ、これは戒めのようなものです。また不真面目にならないように」
「うーん……それはそれでちょっと寂しい気もするがな」
正直に気持ちを打ち明ける。
個人的には前のリアはクソガキではあったが、あれはあれで味があった。
別に今のリアがダメというわけではないが、無理をしているなら戻して欲しいところなのだが。
「では……卒業後に元に戻す、というのでどうでしょうか? それまでは、真面目に先生との授業をしたいんです」
ふわりと、リアが微笑んだ気がした。
正確には微笑んではいないけれど、少し口角が上がったように思えた。
「そういうことなら……良いか。真面目にやってくれるってことなら、さらに成長できるだろうし。ただ、無理してるなって思ったらすぐに戻せよ? 精神的なものだって成長に影響を与えるんだからな」
むしろ精神的なものはかなり大きな影響を与えると言って良い。
だから無理をするな、と遠回しに伝えたのだが、リアはすぐに首を縦に振った。
「はい、大丈夫です」
「…………」
その姿を、じっと観察する。
彼女の言う通り、無理をしているという様子は一切なかった。
「そう、そうだ。いいぞ、前の再現の時も形になってたが、今はそれよりもさらに良くなってる。マジでいい感じじゃねえか」
「はぁ……はぁ……ありがとうございますっ!」
今日の授業は、魔法から予定を変更して短剣の戦技を中心に行った。
本来なら新たな戦技の再現を行うつもりだったが、リアの強い要望でこちらの予定も変更。
Fランクから順に、もう一度戦技の再現を見直すことにした。
今リアが重点的にやっていたのは、Fランクの戦技『破牙』。
鋭い突きを放つ短剣の基本戦技である。
リアが言ったように彼女がやる気を出したということは本当らしく、今日はこれまで一切文句を言わずに、ひたすらに『破牙』の再現を試している。
彼女は今、息も荒く汗もかいているが、それを気にする様子はない。
この授業期間はおしゃれを封印する、とまで言っていたが、どうやらそれは本当のようだ。
(……正直、急に変わったのは驚いたが、良い変化には違いねえ。これまでとはやる気が段違いだ。当然そうなれば成長速度だって変わってくる)
息を整えるリアを見ながら、俺は頭の中にある授業計画に修正を加える。
これまではリアのやる気の問題から、俺は短剣の指導を必要最低限にしようと考えていた。
力を入れてCランクのような上位の戦技の再現を無理に指導しても、彼女のモチベーションを下げてしまう、と考えていたからだ。
けれど今のリアは、それが当てはまらない。
「……リア、流石にそろそろ終わりにするぞ。時間的にも暗くなってきたしな」
「はぁ……はぁ……ありがとうございました」
すぐに頭をさげるリア。これまで輝いていた髪は、訪れた淡い闇に溶けているようだ。
すでに授業時間は過ぎているが、リアは止めるそぶりを一切見せなかった。
逆に俺から彼女に授業終了時間を伝えた時には、『もう少しお願いします』と言われたくらいだ。
完全に覚醒した、という言葉がピッタリな、やる気の満ち溢れようだった。
「ところでよ、これなら短剣の戦技にも授業で力を入れていいんじゃねえか、と思うんだが。これまでは魔法の方が比率高めだったが、魔法と短剣で比率を半々にするのはどうだ?」
「ぜひ……お願いします。これまで以上に……厳しく、やって……頂けると……」
「おうおう。いいじゃねえか。やる気がある生徒は好きだぜ」
好ましいのでそう声をかけると、膝に手のひらをついて息を整えていたリアと目が合う。
苦しそうにしながらも、少しだけ口角を上げてくれた。
(にしても、やる気になってくれたのは嬉しいが、流石にハードで体力が持ってかれてんな)
長い授業時間を、一切の休みなくフルスピードで駆け抜けたのだ。
これまで魔法の授業を中心にやっていたリアからすると、流石に疲れただろう。
それでもまだ立っていられる辺り、流石は才能があるリア、という感じだが。
「ふぅー……先生、お願いがあるのですが、授業の頻度を毎日にして頂けないでしょうか?」
「お? マジか……いいのか?」
思っても見ない提案。思わず聞き返すと、リアは息を整え終わったのか、姿勢を正した。
「はい。もっと授業に集中したいんです。依頼やおしゃれは、後からでもできますから」
「お前……分かった。じゃあそうしよう」
「あ、お金はもちろんお支払いします」
「じゃあそっちはイヴに伝えておくわ」
やる気全開のリアに嬉しくなって二つ返事。さらには金について忘れてしまっていた。
危ない危ない、リアに言われなかったら、これまでの料金で二倍教えているところだった。
ただそのくらい、個人的にはリアがやる気を出してくれたのが嬉しい。
これまでだって、その才能を育てられるのが嬉しかった。
だが、リアが本気になった時に、こいつはどこまでいくのか。
天才の本気というのが俺の予想のつかないところにあることを、よく知っている。
そしてそれが、とてもワクワクすることを。
「先生、宿題ですが、今回の『破牙』を完全に形にする、ということでいいですか? 他にもできるとは思いますが」
「おー、いいねえ。いや、一つ一つ仕上げていく。授業の頻度が上がるなら、それでも問題はねえはずだ」
「分かりました。では並行して魔法式の詠唱についても忘れないように練習しておきますね」
「ああ、頼んだぜ」
こっちが宿題を提示するまでもなく、自分でやることを決める。
リアが本気になったことが、よく分かる。
「俺も一応、今回の『破牙』を見直してみる。かなり形になりつつあるが、ひょっとしたら何かもっと良いのが見つかるかもしれねえからな」
こいつは忙しくなるぞ、と感じつつリアに声をかけた。
胸の火種は、これまで以上に燃え上がっていた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします、先生」
「おうよ。んじゃ俺はちょっと仕事が残ってるから戻るな。いつも通り先に帰っててくれや」
「はい、お仕事、頑張ってください」
「ああ、ありがとよ」
お辞儀するリアから踵を返し、俺は校舎の方へと歩き出す。
その途中で、今日の授業について思い返した。
驚きはしたものの、色々と良い変化の多い一日だった。
「…………」
校庭を後にする寸前で振り返れば、そこには闇夜で短剣を構えるリアの姿。
どうやら彼女はもう少し自主練をするようだった。
(こんなこと、あるんだな)
地球では、あまりにも宿題をやってこない生徒にかなり強めに注意した結果、その子が改心して次からは欠かさず宿題をやってきたり、授業を真面目に受けるようになった、ということは珍しいものの、ごく稀にある。
リアもその性質だった、ということだろう。その改心、というか真面目な方向性が結構強いような気もするが、よくよく考えてみるとイヴやサナのように真面目になったということ。
これまでがムゥのように不真面目だったから、その落差に驚いているだけだろう。
あとはこの真面目さがいつまで続くのか、ではあるが、今日のリアを見ていると彼女は『覚醒』したように思える。
「……?」
視線の先、リアが短剣を振るう。その姿を見て、どこか違和感を覚えた。
その違和感がなんなのかは上手く言葉にできないけれど、何かが、すごく細かい何かがおかしいというか、いやおかしくはないけれど、なんというか。
そんな、変な感じがした。




