第467話 リアは心を入れ替えた
前回の短剣の戦技の授業から数日後、校庭でリアを待っていると、背後から慌ただしい足音を聞いた。
振り返ると、そこには小走りで駆けてきたリア。
「……おい、また遅刻だぞ」
「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃった」
「ったく……本当、短剣の戦技にもう少し力入れてくれねえかな」
あはは、と笑うリアを見て、嫌な予感を覚える。こいつ、まさか。
「……早速だが、前回の『追牙』の確認からだ」
「うっ……は、はーい」
俺の言葉に、意図的に目線を逸らし、マズい、という顔をするリア。
じっと見つめていると彼女は観念したように息を吐いて短剣を抜き放ち、構える。
「はっ!」
短剣の戦技『追牙』を再現。二連撃の突きは綺麗に決まるものの、それでもまだ粗があった。
いやそれ以上に、数日前に確認した時から一切変わっていなかった。
「……おい、てめえまた自主練サボりやがったな?」
「うぅ……ごめん。ちょっと時間がなくて……」
謝りつつも言い訳をするリアに、ちょっと強く言う必要があるな、と感じた。
「そうは言うが、服も髪もバッチリ決まってるじゃねえか。魔法の授業が合間にあったんだから、時間だってそれなりにあっただろ」
「そ、それは……」
意図的に俺に目を合わせようとしないリアに、声のトーンを少し落として口を開いた。
「リア。こっちはどんな風にお前を育てるのかを色々考えてんだよ。それはお前が自主練をやってくることも含めてだ。やる気にならないかもしれねえ、気持ちも上がらねえかもしれねえ。……だがそれでも、俺とお前は相談をして短剣の戦技を授業でやると決めたはずだ。なら、やってきてもらわねえと困るな」
「……はい」
怒鳴るのではなく、なるべく冷静に、けれど思うところはあると伝えるために低い声で。
生徒に伝える時の俺なりの叱り方を徹底したからか、リアもリアで項垂れてはいるものの、理解はしてくれたようだ。
「……ふぅ。なら、次からは絶対にやってこいよ?」
「うぅ……頑張る……」
「ほぉ? なら予定変更して次回の授業は魔法じゃなくて短剣でいいな?」
「えぇ!?」
それは聞いてない、とばかりに顔を上げて目を見開くリアの頭を、強引に押さえつけてやる。
「全然反省してねえじゃねえかクソガキ。宿題やってくるんだろ、なら、次回が短剣でも、いいじゃねえか」
「わっ、ちょっと、やめて! 髪が崩れるってばー!」
ある程度髪型を意図的に崩してやったところで、恨めしそうに俺を見るリアに、警告する。
「次、やってこなかったらぶっ飛ばすからな」
「えぇ……暴力はんたーい」
「あ? なんだよ、やってこないのか? なら今ぶっ飛ばすしかねえな」
「い、いや……やってくるって……あはは……」
苦笑いするリアに、ったく、とため息を吐く。
一応強くは言ったが、これでダメならいよいよ短剣は諦めるフェーズに入る。
そうならないことを、強く祈った。
ちなみにこの日、リアは『追牙』の再現の宿題を授業時間で取り戻し、残りの時間で『風爪』の再現にも取り組んだ。
『風爪』の再現の自主練を宿題として、その日は解散する流れとなった。
これでリアは次の授業で、すでに出されている魔法式の宿題と『風爪』の宿題の二つをやってくるのが義務付けられたわけである。
「……あ? リアは?」
その日の夕食時、テーブルに並べられた夕食を見つつ、俺はイヴに尋ねた。
椅子には、リアの姿がない。
「部屋に声をかけに行ったんですが、いなかったんです」
「そうなのか? あいつのことを今日この家で見たことあるやつはいるか?」
俺は俺で学園で仕事を終えて家に戻ってからは部屋に篭っていたので、リアを見ていない。
他の連中にも尋ねたが、誰も何も言わなかった。
ということは、帰ってきていないということか。
「ちっ、クソガキが……拗ねてんのかよ」
「エンディ、なんかあったの?」
「授業でちょっとな……まあ、そのうち帰ってくるだろ」
シエラの質問に、そう答えた。
あのくらいの年頃のやつの気持ちは難しい。特にリアはそういったタイプだろう。
「心配ですね」
「じゃがリアは三級冒険者。エステル付近ならば問題ないじゃろ」
「ん。リア、強い」
サナ、ロード、ムゥの話を聞きつつ、夕食に手をつける。
リアの話は、このときはそれだけで終わった。
結局、リアは夕食後も家に帰ってくることはなかったものの、深夜に自室で作業していると玄関が開く音や階段を上る音を聞いたので、夜遅くに帰ってきたらしい。
また翌日、サナに話を聞くと、早朝に家から出かけるリアを目にしたらしい。
リア本人は『行ってきます』と言っていたそうなので、ギルドの依頼を受けに行ったのだろう。
けれどその日は、リアは家に帰って来なかった。
「……家に帰ってきてねえようだが、授業にも来ねえつもりか? つーかそうなったらいよいよイヴ達にも協力してもらって探しに行くが」
呟きつつ、俺は校舎の階段を降りる。リアの動向が、不安だった。
一昨日は夜中に帰ってきて、翌日早朝に出発。そして昨日は家に帰っていない。
時代が時代なら行方不明者のような動向だ。あいつに限って大丈夫だとは思うが。
「いずれにせよ、拗ねてんのかねえ……つーか、宿題やって来ない方が悪いだろうが」
ため息を吐きつつ校舎から外に出て、校庭へと向かう。
この時間帯は他に授業をしているクラスがないので、俺とリアが独占して使える。
「もしまた遅刻してきたら、たるんでるぞって……あ?」
校庭の校舎近くに備え付けられたテーブル付きのベンチに人影が見える。
一人で、大きさ的には少女か。
(あいつ、前回で心を入れ替えてくれたか。ちゃんと時間通りに来てるじゃねえか)
良きかな良きかな、と思い、歩みを進める。
人影が段々と大きくなり、そして姿がより鮮明になる。
その後ろ姿を見て、俺は思わず立ち止まった。
「……リ……ア?」
俺の声に人影は反応し、振り返る。
それは間違いなくリアだった。別の人だった、というわけじゃない。
「……先生」
けれど、別人のようだった。
赤く長い髪はバッサリと切られて短髪になり、あれだけ手入れしていた髪色も暗い。意図的に目立たないようにしているのか。
さらにおしゃれに着こなしていた服は一新され、機動性を重視し、輝いているというよりも闇に溶けていそうな暗色となっていた。
肌の露出なんて一切なく、一般的な冒険者の短剣使いのよう。
「今日もご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」
そして笑顔を見せることなく真顔で、キラキラしていた瞳には、光がなかった。




