第465話 一方で短剣の授業は停滞気味で
「先生、イヴです。お手紙が届いています」
スカイグラス学園三階の校長室。
扉越しにそんな声が聞こえたのは、リアが家や学園にだいぶ慣れてきた頃だった。
「おう、いいぞ」
扉に声をかけると、音を立ててゆっくりと開き、白い髪の女性が入ってくる。
イヴはそのまま俺の元まで歩いてきて、二つの封筒を差し出してきた。
受け取り、緊急なものはないので後で確認をすればいいと思い、机の上の箱に収める。
「……リースから手紙、来ませんね」
「ああ、やっぱ忙しいんだろうな。なんたって国で四人しかいない四聖なわけだし」
リースから、手紙を返せなくなる、という通達があったことはイヴに共有している。
そのうちまた来るだろ、と返すと、イヴがじっと机を覗き込んでいるのを感じた。
「リアについてですか?」
「ん? ああ、そうだぞ。闇魔法の魔法式をちょっとな……そういや、リアの家事に関してはどうよ?」
ついでというか世間話的な感じで話を振って彼女の方を見ると、イヴと目が合った。
「あ、そちらの件に関しましては、先生が以前おっしゃったように、引き続き注意する形に変更した結果、少しずつですが改善しています。依然として少し雑だったり、怠けて時間がかかることはありますが」
「そうか。だから言っただろ? リアみたいなタイプはじっくりと、ってな」
以前の話を思い出して小さく笑みを浮かべながら言うと、イヴは苦笑いをして頷く。
「はい……それにしても、やはり人を教えるという観点では先生には敵いませんね」
「んー、今まで真面目なやつばっかりだったってのもあるし、俺は俺でムゥっていう最強のクソガキを相手にしてきた経験があるからな。経験値はすげえぞ。なんたってあいつ以上のやつはいねえからな」
「最強のクソガキって……確かに色々な意味で最強ではありますが」
くすくすと笑っていたイヴは小さく息を吐き、話題を変えることを態度で示した。
「リアの指導についてですが、魔法は上手くいっているものの、短剣はあまり……といったところでしょうか?」
「まあなぁ」
俺の作業机にはリアに関する情報や彼女のための授業計画を書いた紙。
けれどそれはほとんどが魔法に関するもので、短剣に関するものは少ない。
「魔法は全く問題なく伸びてるが、短剣に関してはさっぱりやる気を出してくれねえ」
「彼女は短剣にも才能があるんですよね?」
「と、俺は踏んでる。だからなるべく短剣もやってやりてえ。必要最低限でいいからよ」
「ひょっとしたら授業をしている内に、リアもリアで短剣に興味が湧くかもしれませんしね」
「ああいや、それは当初から思っているんだが……これが中々って感じでなぁ」
小さくため息を吐いて、俺は背もたれに身を預ける。
「これが短剣しか得意なやつがなくてかつ熟練度が低い、ってことなら強く言う。だがリアには魔法もあるし、そもそも短剣もそれなりに扱える。……で、あいつの場合は強く言うと逆に反発するタイプだ。それで才能の芽を潰すのは絶対に避けてえ」
「今までにはいなかったタイプで、少し難しいですね。ですが私も先生のおっしゃる通り、無理強いするのではなく、待つべきだとは思います。……というより」
「あん?」
視線を感じてイヴを見てみると、彼女はなぜか満面の笑みだった。
「……なんだよ」
「いえ、久しぶりに見たなと思いまして。先生の生徒を思って深く悩み考える姿」
「なんかそれ、普段はなんも考えてねえみたいじゃね?」
ちょっとふざけて揶揄ってみれば、イヴは口元を緩ませたままで首を横にふる。
「とんでもありません。ですが普段よりも一段階深く考えていると、私は見ていますよ」
「よく見ていることで」
「それはもう、先生から教わりましたから。剣についても魔法についても、そして指導についてもよく見るように、と」
「なるほど、流石は俺の第一生徒。誇らしいぜ」
「…………」
ニヤリと不敵に笑って返すと、イヴは動きを少しだけ止めた後で、そっぽを向いた。
そして少ししてから咳払いをして、俺に視線を戻す。
髪が白いからかもしれないが、耳が少し赤くなっているのが分かりやすかった。
揶揄い合戦は俺の勝ち。まだまだ教え子には負けられねえ。
「……では私はこれで。リアの授業、引き続き頑張ってください。といっても、先生なら問題ないと思いますが」
「おう、お前も授業、頑張れよ」
「ありがとうございます」
お辞儀をして校長室を出ていくイヴの背中を、見送った。
その日のリアの授業内容は、短剣の戦技の再現だった。
もっともリアのやる気が起きにくい授業なので、なんとかやる気を出してくれねえかな、と思っていたのだが、今回もテンションの上がらない様子の彼女は校庭にやってきた。
「おう、一昨日ぶりの授業だな。つーかちょっと遅刻だぞ」
「えへへ、ごめんごめん」
「はぁ……今回は短剣の戦技だぞ」
「うへー……うーん」
「気持ちは乗らねえかもだが、低ランクの戦技は再現できてる。良い調子じゃねえか」
「そうだけどさぁ……」
俺はできるようになるとそれが好きになるタイプなのだが、リアは違うらしい。
あるいは最初からできたからこそ、なのかもしれない。
考えるほどにリアとの性格の違いや才能の違いを実感するが、そこをどう越えるか、を意識する毎日だ。
これはこれで楽しいので、苦ではないのだが。
「そういえばなんだけどさー」
「んあ? どうした?」
さて、この怠惰な赤髪をどうするか、と思っていたところで、リアが声をかけてきた。
「昨日、魔物狩ってたんだけどさ、まあちょっと……ちょーっとだよ? 危ないことがあってさ」
「お? マジかよ。様子を見るに大丈夫だったんだろうが……」
「いやいや、本当にちょっとだって。怪我もしてないよ……で、その時に『牙城』で防いだんだけどさ、なんか感触? がよくわかんなくて、弾く仕組みは分かるんだけど、そのやり方とかなのかな? なんか変な感じなんだよね」
「あー、それは多分、当たる場所や角度の問題だな」
「角度?」
「おう、ちょっと来いや」
リアを連れて、校庭近くのテーブル付きベンチへ。
そこに腰を下ろし、紙を広げて、図を書きながら説明する。
「剣の戦技である『玉剣』とかもそうだが、防御系統の戦技は防ぐんじゃなくて弾くに重きを置いてるだろ? だからこそ、攻撃をどの場所、どの角度で当てて弾くのかが大事なんだよ。例えば、ここ」
すっと、描いた円に対して、真ん中に当たるように線を引く。
「こうなると、真正面だから弾くのが難しいだろ? 弾けはするが、そのために力も入れないといけねえ……だがこうなら?」
次に、円の端に当たるように線を引く。
「……同じ受け流すでも、端の方が受け流しやすいし、力も少なくて済む」
「そういうこった。ただ『牙城』を出すってことは結構切迫している状態だから、それで端っこを意識して自分の体の向きやらなんやらを変えるのは大変だがなぁ……」
上を見上げて、そう呟く。
こういった高等テクニックをイヴやシエラ、サナは平然とやっているのだから素直にすげえと思う。
しかもイヴとシエラに関しては、勇者クラスを相手にして『玉剣』で防ぐわけだし。
君ら、マジでどこに向かってるの?
「なるほど……流石先輩、すごく分かりやすいよー」
「これでも一応教師だからな。だがそう言ってくれるのは嬉しいじゃねえか」
「ねえねえ、どうせなら実際に『牙城』で防いで見せてよ。アタシが攻撃するからさ。その方が色々体験できるし見れるから、覚えやすいと思うんだよね」
「あー……前も話したと思うんだが、俺は短剣の戦技がCランクまでしか使えねえんだ。だから『牙城』も使えねえ」
「……え」
答えると、リアは一瞬動きが止まる。
その後に、思い出したかのように彼女は苦笑いした。
「そ、そうだったね。ごめん忘れてたよー」
「ただ長いこと研究してきたし、他のやつが使うのを見たこともある。他の戦技と同じように記録水晶でお前の動きを記録して、改善案を考えてやるよ」
「あ、そうなんだ。えっと、ならそうしようかなー。あー、でも先輩にそこまでしてもらうのは悪い気も?」
俺の提案に、すぐにリアは笑顔になった。
けれど忘れていたのが恥ずかしいのか、言葉がたどたどしい。
そんな彼女の申し訳ない、という言葉を俺は笑い飛ばす。
「何言ってんだよ。ようやくリアがやる気になってくれたんだろ? なら悪いわけねえだろうが」
「うわ出た、熱血な先輩だ。よよよっ、ギルドでの不真面目な先輩はどこに行ったの……リアちゃん、悲しいよー」
「安心しろ。何度も見返して、お前に完璧な『牙城』を習得させてやる」
「うわー……言うんじゃなかったー」
相変わらず好き嫌いの激しいリアを見て、俺は小さく笑う。
リアの授業はまだまだ改善点があるものの、俺からすると楽しい時間でもあった。




