第460話 スカイグラスの絶対の掟
「あ、授業なんだけどさ、二日に一回とかでもいい?」
リアがそう発言したのは、俺達が握手を終えてすぐ後のことだった。
「別に構わねえが、理由を聞いても?」
「いや、冒険者活動したいし」
「ん? 金に問題はないって言ってなかったか?」
ここに来るまでに授業料については一応共有してある。
三級冒険者であるリアはそれなりに余裕があるようで、問題ない、という話だったはずだ。
それを指摘すると、彼女は脱力して肩を落とした。
「いや、先立つものはあったほうがいいかなって。あと毎日授業なんて真面目すぎて死んじゃうよー」
「なんじゃそりゃ」
変わった提案にそう返したが、リアは、いやいや、と首を横に振る。
「先輩みたいに適当で気が合う人が相手だからいいけど、これが真面目でお堅い人だったらそもそも断ってるよ。アタシはアタシのペースでいいかなぁって」
「なるほど。それなら二日に一回でもいいかもな。間の休日にお前は依頼をして成長を実感できるだろうし、俺は俺でお前に関する情報の整理ができるだろうから」
今まで真面目なやつが多かったが、世の中には自分のペースが大事なやつだっている。
リアの場合はそうだということだろう。
別に急いで強くなる必要もないし、無理に彼女のペースを崩す必要もない。
色々考えた結果賛同すると、リアは目を輝かせた。
「えへへ、やっぱり先輩は話が分かるなー。そういうところ好きだよー」
「はいはい。なるべくお前の要望は汲んでやるから……で、他にはなんかあるか?」
「んー、特にはって感じかなぁ」
今の所、リアとの相性は悪くないように思える。
天才ゆえに気分屋タイプであるリアだが、これならやっていけそうだ、と俺は考えていた。
「そうなると、あとは住む場所か」
「……んん? どういうこと?」
「エステルの街にはスカイグラス学園が所有する寮があんだよ」
「へえー」
そうなんだ、という感じであまり興味はなさそうなリア。
そんな彼女に、二つの選択肢を提示する。
「ただ一方で、俺の教え子の場合は俺の家に住まわせるってのもある。実際、今までの生徒は……大体そうだった」
ライアスという例外はあるものの、それ以外は全員家に住んでいた。
そんな俺の言葉に、リアは、え、とドン引きした様子で俺を見た。
「自分の担当生徒を……家に住まわせる?」
「……言葉が足りなかったが、俺の家にはイヴ、ムゥ、サナ、シエラ、ロードっていう教師陣も住んでる」
「ええ……これまでの教え子を住まわせてるってこと?」
「あいつらが勝手に住み着いているだけだ。別に強制はしてねえし、住んでくれって俺が言ったわけでもねえ」
結果としてイヴやサナなしでは生活できない感じになっている自覚はあるものの、それでも最初に住むと言ったのはあいつらからだ。
またしても勘違いされそうになったので言葉を尽くして説明する。
「ふーん。まあ先輩、結構好かれてるからね」
「……おう」
分かってくれたようで何よりである。
こういう察しが良いところは素晴らしいと思うよ。伸ばしていこうな。
「で、どっちにする?」
「うーん、なら先輩の家にしようかな。今って他の子達はもう友達になってる、みたいな感じでしょ? そこに入っていくのも微妙な感じだし」
「だな、じゃあそういう感じで」
リアの心配も的を射ているが、それ以上に実力の差がありすぎると俺は考えている。
今の時点でも、リアは生徒と比べて戦技も魔法も強すぎるのだ。それこそ卒業生よりも強いだろう。
こういった例外はシエラのときと同じで家に住まわせたほうが他の生徒を刺激しなくて済む。
……つーか、こんだけ強いなら短剣でも魔法でもどっちでもいいから将来的にうちの教師になってくれねえかな。
卒業時に打診はしてみるとしよう。
室内訓練室にて、魔法式の改良や改造についての説明をしたり、実際にリアに魔法式を弄ってもらったりした。
最初は戸惑っていたものの、慣れてくると勝手が分かってきたようで、授業の終わりにはFランクの闇魔法『シャドウショット』の改良が一部成功していた。
まだ完全にリア専用になったわけではないものの、それでもちょっとでも形になっているのは流石に才能を感じさせる。
うまい具合に成長していけば、それこそ第二のイヴやシエラになれるのでは? なんて思った。
流石にそれは気が早いと思うが、彼女の成長が楽しみなことに違いはない。
胸の熱もずっと熱いままだし、全体的に悪くない、という感じである。
「はえー、こっちもこっちでおっきい……」
そんな感じで初回の授業を終えた後、俺はリアを引き連れて自宅に帰ってきていた。
イッテツさんお手製の二階建ての自宅を見ての第一声が、これである。
こいつ今日、デカいことに関して感心してばっかだな。
「俺含めて六人が住んでるわけだから、こんくらいにはなるわな」
「なるほどー。寮と比べてこっちを選んだけど、先輩に教わって良かったぁ」
「いやいや、住める家でそう判断されてもな」
苦笑いしつつ、鍵を使って家の扉を開ける。
イヴ達はまだ学園から帰ってきていないようだった。
そのままリアを連れて、まずは居間を案内することに。
「ここが居間だ。飯食ったり、ぼーっとしたりするところ」
「おー。広いねぇ。このソファーには寝転んでも?」
「あ? 別に構わねえが」
「それじゃ、遠慮なく」
素早い動きで、リアは次の瞬間にはソファーに横になっていた。
感触が心地よいのか、気持ちよさそうな表情を浮かべている。
「おぉ……これは極楽だぁ……」
「そいつもイッテツさんが作ったやつだからな。ムゥ辺りも気に入っていたし」
「きっと……ムゥ先生とは気が合うだろうねぇ……」
「だろうな」
個人的にはクソガキが×2になりそうで面倒だが、家の中で仲の良い教師が俺以外にもいるのは良いことだろう。
「別にいつでもゆっくりできるんだから、くつろぐのは後にして、他の部屋やお前の部屋を説明したいんだが?」
「はーい」
上体を起こし、名残惜しそうにソファーを離れ、俺の下に戻ってくるリア。
彼女を連れて、この家に住む連中の部屋を順に紹介する。
もちろん部屋の中には入れないで、扉を指差して『ここは誰の部屋』って伝える形だ。
一階のイヴ、サナ、俺の部屋を紹介した後で、二階へ。
シエラ、ムゥ、ロードの部屋を紹介した後で、最後に二階最奥の客室を案内する。
今までとは違い今回は扉を開けて、リアを中へ入れた。
「おー……すっごくおっきい」
「お前、今日そればっかだな。……客室だからそれなりにでけえんだよ。前に使われた時からそれなりに時間は経ってるし、綺麗だから使う分には問題はねえだろ。だが雑に使ったり汚したりすんなよ?」
「分かってるって。せっかく住まわせてもらうんだから、そんな恩知らずなことはしないよ」
「いや、それもあるが、もしそうした場合、イッテツ様が降臨する」
「……は?」
真顔で返事をした俺にいつもとは違うと感じたのか、目を丸くするリア。
そんな彼女に、この家と学園での絶対のルールを説明した。
どんな決まり事よりも絶対の掟。家も学園も汚さない、壊さない。
もしも破れば恐ろしいイッテツ様が降臨なされて、鉄拳制裁という天罰が頭に落ちる、と言い聞かせた。
「…………」
最初は、まさかぁ、という顔をしていたリアも、俺の真剣な表情に次第に真実だと気づき始める。
さらにイヴを始めとする教員達や、あのムゥですら恐れているという言葉に、神妙な顔をし始めた。
「……え、えっと、分かったよ。ものすごく気をつける……ね」
「ああ、ぜひそうしてくれ。これはお前のためでもあり、俺達のためでもあるんだ」
「う、うん……イッテツ様、よく覚えておく」
何度も頷くリア。
良かった。これでまた、俺はイッテツ様の逆鱗から遠ざかることができた。
これからも油断せず、毎回、全員に伝えることを徹底しよう。
俺がリアに絶対に怒らせてはいけない対象としてイッテツさんを伝え終わったとき。
ちょうど玄関の扉が開き、イヴ達が帰ってきたようだった。




