第103話 マルク・マギカへ
太陽も登りきっていない午前。俺、イヴ、ムゥの三人は家の庭に居た。
イッテツさんが校舎を完成させてくれた後、すぐにもう一つも完成したからだ。
「新魔法、できた。ぶい」
いえーい、とばかりに俺が前に教えたピースを披露するムゥ。
気持ちは分かるが、はしゃぎすぎだろう。
「ぶ、ぶい?」
「イヴも乗らなくていい……で、最終確認だが、ここから一気にマルク・マギカに行けるんだな?」
控えめなピースを披露するイヴを止めた後で、ムゥに尋ねる。
すっと手を下ろしたムゥは、こくりと頷いた。
「魔塔、私、研究室、繋げる」
「レヴィさんに言って、ムゥの研究室をそのままにしてもらったからなぁ……まさか元々手つかずだったとは思わなかったが……やっぱお前、魔塔から手放したくないって思われてたんだな」
「?? まあ、そう」
一応褒めたつもりだったが、ムゥ本人はなんとも思って無いようでそっけない返事だ。
魔塔に残った方が良かったんじゃねえか、とは今でも思う。
「にしても、二地点を繋ぐ魔法……ねえ」
ムゥ曰く、この魔法はかなり繊細で、彼女の魔力の痕跡が多く残る場所しか繋げないらしい。
つまりムゥがこれまで長く居た場所であるこの家、校舎、そして魔塔の3つだけだ。
これだけでもすごいのだが、当然他にも制約はあるわけで。
まず、使えるのはムゥだけだ。俺はもちろん無理だし、イヴも魔力量や操作能力?が足りないらしい
「……やっぱり納得いきません。ムゥと先生の二人で向かうなんて」
「魔法式、見た。守れるの、一人。イヴ、来る。エンデー、痛い思い、する?」
「うー……分かってはいるんだけど……いるんだけどぉ……」
次に、移動をするときに連れて行けるのはムゥともう一人だけらしい。
ムゥ曰く、次元の裂け目を通り抜けさせるときに色々あって危険らしく、身を守る必要性があるとのこと。
そしてそれを一番やりやすいのが俺らしい。
つまり強制的にマルク・マギカに向かうのは俺とムゥに決まるわけで。
「そもそも、お前には教室を任せるんだから来れないだろ」
「いや、分かっているのですが、ちょっと悔しいというか……はぁ、魔法だとやっぱりムゥには敵いませんね……でも、その代わり先生不在の間はしっかりと管理してみせます!」
「おう。イヴなら大丈夫だろ。俺不在の間、副校長として頑張ってくれ」
正直、イヴに関しては全く心配していない。
滅茶苦茶優秀な彼女のことだ。それこそ俺以上によくやってくれるだろう。
「ふふ……副校長……先生を支えられる唯一の人……いい響きです……」
「あと、ルイ達の教育実習も適当に進めといてくれ」
「はいっ! お任せください!」
校舎ができたことで、ルイ達も早速教師に……というわけにはいかない。
まずは指導の仕方を教えるところからだ。
そのため、最初はイヴやムゥの授業を見学させるなどして、指導の訓練をしていた。
いわゆる教育実習だが、ある程度進めたら試しに授業をさせてみるのも良いだろう。
「……先生、今回は二日間の滞在でしたね?」
「あ? ああ、そうだが」
そう答えると、イヴは俺に近づいてきて、耳打ちをしてくる。
「夜は絶対ムゥと部屋を分けてください」
「あ? いや、でも金かかる――」
「分けてください」
「あ、はい」
なんでだよ。以前宿に泊まった時は金の重大さを語ってたじゃん。
金もったいないからって同室にしてたじゃん。
「先生にはいつもお世話になってますから、どうせなら良い部屋を取ってください。一人一部屋……まあムゥも仕方ないので、良い部屋にしてあげてください。――お金は、私の方で出しますから」
「おぉ?」
「私の感謝の気持ち、お金で受け取ってください」
「おぉ……まあイヴがそこまで言うならありがたく頂くぜ」
流石俺の一番弟子、よく分かってるじゃねえか。
イヴの金……いや、思いに報いるのも教師の役目だ。ムゥにはそれを少し分けてやろう。
「……エンデー、行く」
「おう」
ムゥに言われ、彼女に近づく。
やや不機嫌だが、きっと早く故郷のマルク・マギカに行きたいんだろう。
隣に立つと、手を握られた。
「おん?」
「こうした、方が、やりやすい」
「へえ」
まあ色々あるんだろう。
「……ムゥ? それは必要なの?」
「ん。あー、こっち、もっと、いい」
「おい?」
と思ったら、棒読みをしたムゥが腰に抱きついてきた。
「ムゥ!」
「べー」
地面から光が湧き上がり、視界を黄色く染めていく。
なるほど、手のひらよりも触れる面積を増やすことでさらに安定させているのか、と感心した。
「先生っ! いってらっしゃい!」
「おう、行ってくる」
左手を上げてイヴの言葉に返したとき。地面が、割れた。落ちるような感覚を感じ、視界が真っ黒になる。何も見えず、ただ腰回りのムゥの体温だけを感じる。
そのまま数秒たち。
「うおっ!?」
急に、浮遊感が消え、気づけば床に立っていた。目の前には別の景色。
今まで来たことのない部屋なので、ここがきっとムゥの研究室なんだろう。
「ほ、本当に一瞬なんだな。すげえ」
「エンデー、大丈夫?」
「おう、別にどこもケガしてねえぞ」
「ん……驚いた。研究室、変わってない」
「ずっと残してくれてたんだな……へぇ、やっぱ魔塔の教授の部屋だけあって色々あるな……おい、ムゥ、離れろ」
部屋を見て回ろうとしたところで、腰にしがみつくムゥを邪魔に感じてそう告げた。
「……むぅ」
唇を尖らせて手を離すムゥ。
解放されたので、部屋の気になる部分を見て回る。
流石魔塔。色々な本や機器が置いてあるようだ。
「エンデー、仕事、する」
「ああ、そうだったな。まずは城にでも向かうか」
レヴィさんとは顔見知りだから、城に行って名前を言えば会ってくれるだろう。
ライアスという子がどこに居るかも知らないといけないし、まずは城か。
「ん」
「あ?」
急にムゥが手を差し出してきた。
何かと思ってみていると、再度手を動かされる。
「ん」
「???」
とりあえず、握ってみる。
体を、膜のような何かが包むのが分かった。
「おぉ? これあれか? サナに使ってた見えなくするやつか?」
「そう。ここ、魔塔。エンデー、居る、おかしい」
「おかしくはねえだろ……いや、なんで居るって聞かれたら確かに困るか」
「ここ、あくまでも、通り道。魔塔の人、バレる、ダメ」
「かつてムゥが世話になった場所だから挨拶でもと思ってたが……」
「不要。私、挨拶、しとく。エンデー、仕事、集中」
「まあ、お前がそう言うなら……」
ムゥにとっても久しぶりの魔塔の筈だ。
俺がいると話したいことも話せないか、と気づいた。
「私、最初、ここ居る。後で、ミストリア、行く。合流」
「おう。じゃあ俺は一足先にミストリアに行くわ」
「魔馬車、適当、借りる」
「だな」
魔塔とミストリアはそこまで距離がなく、魔馬車を使えばすぐに到着できる。
ここら辺を訪れたことも昔あるから、魔馬車の借りられる場所は大体思い至っていた。
ムゥの研究室を出て、彼女の後についていく。
魔塔の階段を下りて一階へと至ったが、その途中人とすれ違っても気づいていない様子だった。
「じゃあ、後で」
「ああ、じゃあな」
魔塔の入口でムゥと別れて、俺は外に出る。
太陽はまだ登り切ったところ。ミストリアに向かうために、魔馬車の借場へと歩き出した。




