第102話 校舎の完成
「それじゃあ、ここをこうすればいい感じにならねえか?」
「ん、悪くない。いけ……そう?」
自室の居間に俺たち三人は集まってムゥの新魔法の開発に勤しんでいた。
机の上には多数の紙が置いてあって、俺、イヴ、ムゥの三人がかりでも苦戦している様子がよく分かる。
とはいえ、もうほぼ完成していて、残りの1ピースが埋まれば一気に完成、という状態らしい。
こうしていると俺とムゥが共同で魔法を開発した時を思い出すが、今はそこにイヴも加わっている。
加わっているのだが。
「ムゥ、こっちはどう? ここをこうすれば、いい感じに繋がらないかしら?」
「ダメダメ。本当、イヴ、ダメダメ」
「……本当にダメなのよね? 私で遊んでいるのではなく?」
無表情でばっさりと切り捨てるムゥと、ジト目で見つめるイヴ。
普段のムゥの様子を見ていると悪ふざけをすることもあるが、こと魔法に関しては誰よりも真面目な彼女。
イヴもそのことを思い出したらしく、ため息を吐いた。
「うーん……どうして先生だと上手く行くのでしょうか」
イヴの意見が却下されたのはこれが初めてではない。
むしろ通る方が稀なくらいで、結構な回数イヴはムゥに挑んでは、打ち下されてきた。
イヴは、魔法に関しては俺の考案した改良魔法式を使っている。
一方でムゥの扱うものは、俺のものとはまるで違う彼女オリジナルのものだ。
いくら天才のイヴであっても、魔法に関してはそれ以上の鬼才であるムゥの思考を読むのは中々に難しいらしい。
「先生は凄いです。ムゥが納得する式ばかり……流石ですが、ちょっと複雑な気持ちです」
「エンデー、私、相棒。当然」
「……そういうところよ」
「慣れみたいなもんだからな。魔法式を改造するっていうことを元々やっていたってのもあるだろうし」
唇を尖らせるイヴにフォローのように告げる。
現状、俺の改良案が受け入れられる確率はイヴが却下される確率とほぼ等しい。
つまり、ほぼほぼ受け入れられているわけで。
「本当……指導という一点と言いますか、生徒をよく見ることに関しては絶対に敵わない気がします」
「言いすぎだけどな。お前だって生徒からの人気はずっと高いじゃねえか」
イヴの人気は高く、教室での教えはよく出来ていると思える。
卒業生も活躍しているという話を手紙で聞いたりするし、俺からすれば教え子というよりも同僚に近い感覚だ。
彼女たちは認めようとはしないものの、もう俺と同レベルと思って良いだろう。
(……つーか、そんなに生徒の事見てるか、俺?)
個人的にはイヴの時も、ムゥの時も、ルイの時も、サナの時だってまだまだ出来たことがあるんじゃないかと思ってしまう。
もちろん生徒を見ようとは思っているが……。
余計なことを考えるのをやめて紙にペンで案を書き記そうとしたとき、イヴの腕とぶつかった。
「……なあ、近くねえか?」
居間のテーブルはそれなりに大きいのに、向かいには誰も座っていない。
それどころか椅子を一つこっちへもってきて、ムゥ、俺、イヴの順番で座ってるくらいだ。
そして近い。少しでも動けばぶつかるほどの距離にムゥもイヴも居る。
「? ですが同じ方向から取り組んだ方が効率的では?」
「外、寒い。近い、温かい」
「なる……ほど?」
確かに言われてみればそれなりに肌寒くなりつつある気はする。
それにイヴの言う効率という観点も、正論だった。
考えすぎか。と思って、再び魔法式に集中した。
ノックの音が響いたのは、まさにそのときだった。
イヴが真っ先に立ち上がって玄関へと向かっていく。
一応左を見たが、ムゥは一切立ち上がる気が無いようだった。このクソガキめ。
『おう、悪いな。エンディは居るか?』
『は、はい……いらっしゃいますが……』
声を聞いて、左隣のクソガキが飛び上がるように反応した。
お前、まだイッテツさんの事苦手なのかよ、と思いつつ、俺も席を立って今を出て玄関へ。
「ようイッテツさん、なんか校舎に問題でもあったか?」
イッテツさんは現在校舎の改築作業中の筈なので、なにか不明点でもあったかと思ったが。
「あ? ルイ?」
なぜかイッテツさんの向こうにはルイが居た。
彼だけでなく、『星の牙』が勢ぞろいしている。
「いや、そうじゃねえ。校舎できたから、その報告だ」
「……はぁ?」
思わず聞き返してしまった後に、それでも信じられずに念のために聞いてみる。
「出来たってのは……まさかと思うが……校舎か?」
「他に何があるんだよ」
「???」
意味が分からない。依頼してからまだ三日しか経ってない。
なのに、あの凄い図面の校舎が出来た?
「せ、先生……気持ちはわかりますが、どうやら事実らしいです」
「マジか……」
ルイの言葉を聞いて真実だと悟る。
頭を掻いて、ため息をついた。
「それでイッテツさん、全員で見に行けばいいのか?」
「おうよ。どうせなら全員で確認したいだろ?」
「そうだな。じゃあ行くか。……おいムゥ! 校舎見に行くぞ!」
ムゥを呼び、俺も玄関から出る。
そして大人数で、校舎に向けて歩き出した。
その途中で、俺の隣に並んだイヴは小さな声で尋ねる。
「わ、私は驚いて言葉が出なかったのですが……先生はよく冷静に返せましたね」
「あ? あー、まあもう吹っ切れたというか。そういうもんなんだよイッテツさんは」
深く考えない方が楽なこともある。俺はそれを知っただけだ。
しばらく歩き、校舎へとたどり着く。
目の前には、大きな二階建ての校舎が確かに聳えていた。
「す、すげえ……いや、図面見たときから思ってたけど……マジか。これが俺の教室……」
最初は小屋だったものの、それがこんなに大きくなって。
あまりの大きさに、少し感動すら覚えてしまった。
「簡単に案内するか。こっちは剣や槍とかを振るスペースだ」
案内された方へ向かえば、かなり広い空地が現れた。
奥には訓練用の案山子も置いてあって、剣や槍を振るにはのびのびとした空間だ。
「校舎裏手には倉庫を二つ付けといた。ちなみに校舎の反対側も同じように広い空間を取ってある。そっちはそっちで魔法の訓練にでも使うんだな」
「お、おお……す、すげえ……」
これと同じだけの空間が反対側にも。
それだけでかなり広い敷地を作ってくれたことが伺えた。
「よし、じゃあ中案内するぞ。さくっと行くからな」
イッテツさんの後について、俺たちは玄関口へ。
中へ入れば、以前よりもやや広い廊下が迎えてくれた。
「廊下は少し拡充したが……部屋はそこまで大きくなってねえ。一応元の校舎にあったものはぶち込んどいたぞ」
イッテツさんの言う通り、右手を見れば俺の教室が、左手を見ればイヴの使用する教室が見える。
この様子なら、俺の教室の奥には控室があるし、イヴの教室の奥にはムゥの教室だろう。
けれど廊下はさらに先まで伸びていて、左右にまだ扉が見える。
「図面の時も話したが、左右三部屋ずつで、奥は入れるもんが無かったから空き部屋にしてある。何を入れるかは後で相談だな……っと、ここを通り過ぎて、で、階段だ」
イッテツさんの後をついていって、がらんとした部屋を見送り最奥まで廊下を歩けば、行き止まり右手に階段が見える。
まさか校舎が二階建てになるなんて昔は思っていなかった。
わくわくした気持ちで階段を踏みしめる。
隣を歩くイヴやムゥも、興奮が抑えられないようであちらこちらを見渡していた。
踊り場を越えて、二階へとたどり着く。
廊下へと出れば、同じ広さの廊下が出迎えてくれた。
「基本的には一階と同じだな。まあ当然玄関口はねえんだが。わりいな、特に遊びが無くてよ」
「い、いや……十分すぎるぜイッテツさん。マジですげえよ。本当にすげえ」
これだけのものを見せられて、すごい以外の感想が出てくる筈がない。
右を見ても左を見ても壮観で、さっきから気持ちが収まらない。
「とまあ、紹介はこんなところだ」
イッテツさんのその声を皮切りに。
「イヴ! 見に、行く!」
「わ、分かったから! 行くから!」
ムゥが側にいたイヴの手を取って駆けだす。
「ルイ、行きましょう!」
「う、うん……本当にすごいや……」
まだ心ここにあらずのルイを、アンナが引きずる。
「すごい! すごく広いわユウリィ!」
「大きさは私たちが学んでいた教室と変わらないと思いますよ。……でも、ここで将来授業ができると思うと、その日が楽しみですね」
気づけばすぐ傍の教室にはミルキーとユウリィが入って、興奮した様子で教室を見たり、窓から一階を見下ろしていた。
「……まったく、子供みたいにはしゃぎやがって……まあ、それはお前さんもか」
「え?」
イッテツさんの言葉に、俺は思わず彼を見る。
ため息を吐いて、首を横に振ったイッテツさん。
「さっきから口元緩みっぱなしだぞ……気持ちは分からなくもないがな」
そう言われたので、慌てて両手で頬を下げた。
けれどイッテツさんは今度はまっすぐに廊下を見て、小さく聞いてくる。
「まあ、聞くなら今か」
「……え?」
「なあお前さん……いや、エンディ・スカイグラス」
名前を呼ばれたのでイッテツさんの方を見るも、彼は視線を廊下の先から動かそうとしない。
「どうだ? これだけデカい自分の城を手に入れた気持ちは。一人の人として、中々に心に来るもんがあるんじゃねえか? なあ? 城主さんよ」
「……イッテツさん」
彼と同じように俺も廊下の先を視て、小さく笑う。
「ああ、最高だ。最高の気分だよ、イッテツさん」
「……はっ。その顔と目と、その言葉が欲しかったぜ。むしろこのために仕事してるようなもんだ」
ああ、やっぱりイッテツさんは職人だ。
日差しの入る廊下で、俺とイッテツさんは顔を見合わせて笑いあった。
国立スカイグラス学園 完成




