第104話 ライアス・ミストルティンという少女
マルク・マギカの首都ミストリアにて、レヴィさんからライアスという子の屋敷の場所を教えてもらった俺は、伝えられた場所に魔馬車で訪れていた。
ライアスとは初対面ということでレヴィさんは同席を申し出てくれたが、彼女が居ない方が人となりが把握しやすいか、と思い、辞退した。
その代わり、毎回の授業後の報告に城を訪れることになったが、そっちは別に構わない。
馬車を降りてすぐ、やってきた執事にレヴィさんから受け取った手紙を渡す。
それに目を通すと彼はやりすぎなくらいに礼儀正しく、懇切丁寧に案内をしてくれた。
屋敷は二階建てで、魔法王の孫娘の住居だけあってかなり豪華だ。
見たところ二階にテラスもある。
窓の向こうにかかっているカーテンでさえ高価そうだった。
屋敷の中に入れば、入口からこれまた壮観な景色が出迎えてくれる。
正面に階段。そして踊り場でそれぞれ左右に分かれ、二階へと繋がっている。
赤い絨毯が印象的で、まさに貴族の屋敷といったところ。
「どちら様?」
二階から声が響き、白いドレスに身を包んだ女性が階段を下りてくる。
淡い灰色の長い髪を揺らすのは色素の薄い女性だった。
彼女が目の前に来るタイミングを見計らって、執事が口を開く。
「奥様、こちらの方が大奥様のおっしゃっていた先生にございます」
「まあ、ということはライアスの……初めまして先生……エンディさん、でしたか?」
「あー、そう……です」
慣れない丁寧語で返すと、女性はクスクスと笑う。
「お母様から話は聞いていますわ。どうか敬語はおやめになって。
私はライアスの母、アイリスです。よろしくお願いします、エンディさん」
「そ、そうか……」
かと思ったら、今度は目を伏せた。
「ライアスのこと、よろしくお願いします。もしも必要なものがあればなんでもおっしゃってください。どうか……どうか……」
「……全力を尽くすよ」
「ありがとうございます……」
そう言ってアイリスは深く一礼し、寂しげな笑顔を見せた後で二階右手を手のひらで指し示した。
「あちらの扉を通って、廊下突き当りの部屋がライアスの部屋です。……エンディさん、よろしくお願いします」
「ああ、ありがとう」
アイリスさんの横を通り抜ける時、彼女は再度頭を下げた。
レヴィさんといいアイリスさんといい、心からライアスという子を心配しているのが痛いほどよく分かった。
言われた通り、階段を上って二階の廊下へ。
玄関口と同じく飾られた廊下を歩き、突き当りの角を曲がってすぐ、扉を見つけた。
ここがライアスという子の部屋らしく、扉の横にメイドさんが立っている。
「あの……」
「もしかして……エンディ様……ですか?」
「ああ」
「大奥様から話は聞いています。少々お待ちください」
メイドさんは一礼して扉をノックする。
すぐに部屋から声が響いた。
『なに?』
「お嬢様……大奥様が以前話していたエンディ先生がお越しになられました」
『……そう。入ってもらって』
「かしこまりました」
扉を手のひらで指し示したメイドさんに、入る前に尋ねる。
「聞いてはいたが、会う分には問題ないのは本当なんだな」
「はい、出ることはなさいませんが人と会うのは……ただ、お嬢様は警戒心が強いので、慎重にお願いします」
「……ああ」
小声で会話を交わした後、扉に触れてゆっくりと開く。
部屋はカーテンがある程度閉められ、かつ明かりもついていないようで、昼にも関わらずやや薄暗い。
入ると扉は静かに閉まる。
「…………」
思ったよりも部屋は広く、そこまで散らかってはいないようだ。
絨毯の感触を踏みしめながら、進む。
「……こっちですよ」
声の方を向くと、カーテンが空いている窓から射しこむ光がそこを照らしていた。
大きなテーブルに備え付けられた椅子。そこに座る、アイリスさんと同じ髪色の少女。
この少女が。
「初めまして先生。私はライアス・ミストルティン」
「ああ、俺はエンディ・スカイグラスだ」
「そうですか」
椅子に座る彼女の前にはいくつかの本。
そして俺を無機質な瞳で見て、表情一つ変えずに少女はそう言った。
俺をじっと見てはいる。けれどその瞳の奥に、確かに恐れを読み取った。
「……向かいに座っても良いか?」
「……どうぞ」
許可を得て、ライアスの向かいに腰を下ろす。
しばし見つめ合う俺たち。ただ何を話していいか思いつかずに、ふと窓の方を見た。
(……とはいえ俺が率先して動かねえとな)
開いたカーテンから視線を外し、目の前の少女に話しかけた。
「カーテン、もう少しだけ開けてもいいか?」
「……は、はい。大丈夫ですよ」
「そうか、悪いな」
頷き、席を立ち上がる。
窓に近づき、閉まっているカーテンに触れる。
途中手のひらの上質な手触りに驚いたものの、開けきって、紐で縛った。
日差しが差し込む範囲が広がったことで部屋は少し明るくなる。
少なくともライアスは日の光でよく見える。
「これでいいな……あ?」
テーブルに向き直ったとき、ライアスが俺を不思議なものを見る目で見ていた。
俺の言葉にライアスははっとして、目線を逸らす。
「そ、その……これまでの先生とはまるで違ったものですから……」
「……ああ、こんな乱暴な言葉遣いの先生はそういねえだろ。教室でもよく言われる」
正確には言われた、である。今はそういう人と生徒からも認識されている。
再び席に戻り、腰を下ろす。
「あーっとな。お前も別に敬語使わなくていいぞ。俺もこんなんだからな」
そう言ったのはあくまでも通過儀礼のようなつもりだった。
最初が敬語の生徒はそのまま敬語を継続することが多い。
イヴしかり、サナしかりだ。
「い、いえ……大丈夫です」
この子もそちらのパターンらしい。
あるいは、初対面で急に口調を崩すのもハードルが高いか。
焦ることはないと思うが、慎重に進めよう。そう思い、話題を選ぶ。話すべきは。
「一応レヴィさんから一通り話は聞いているんだが、魔法を教えるってことでいいんだな」
「は、はい……というより、レヴィさん……」
「本人からそう呼んで良いって言われたんだからな。怒るなよ」
念のために伝えておくと、それが嘘ではないと分かったのか、ライアスは感心したように俺を見た。
「お婆様から、エンディさんは凄い人と聞いていましたけど……本当なのですね」
「別にそうでもねえがな」
「勇者クラスの人材を育成するとんでもない人だと聞きましたが……」
「それは……うーん?」
事実ではあるが、事実ではない。
あいつらは勝手に育ったようなもんだし。
ちゃんと育てたと言えるのは、ルイくらいか。
「まあ、すげえと思ってくれるならそれでもいいがな。俺としては魔法を教えるだけだし。一応聞いてはいるが、お前の口からも今の魔法の実力について教えてもらっていいか?」
「はい。魔法は一通り使えますが、一番得意なのは氷です」
「ああ、そういえばアイリスさんもレヴィさんも氷が得意だったな」
思いついたようにそう言えば、ライアスの雰囲気が少しだけ柔らかくなった。
「はい、お母様とお婆様の影響もありまして、氷魔法の熟練度はEです」
「へぇ、わずか12歳にしてすげえじゃねえか」
正直に思ったことを伝えたものの、ライアスは目を伏せる。
「ですが、教われることはもうないみたいです。これ以上は外に出ないとダメ、とこれまでの先生からは言われています」
「Dランク以上の魔法は、ってことか?」
「はい。Eまでの魔法は……その、以前に修得したものでしたから」
つまり事件が起こる前ということだろう。
氷魔法だけとはいえ、幼くしてEランクに到達する辺り、かなり優秀な子のようだ。
一方で、やはり警戒心はかなり強い。
ステータスプレートは見せる素振りすらなく、会話の途中もチラチラと俺を見ている。
プレートに関しては初対面で見せるイヴやムゥが異常なだけだが、それ以外にも壁を感じる点が多かった。
とはいえ会話が出来ているだけでも十分と考えるべきか。
(……意外と俺の適当な性格が良い方向に働いたのかもな)
不真面目と言われる性格だが、裏を返して良い言い方をすれば親しみやすいということだ。
その部分が初対面ながらプラスに働いているのでは、と感じた。
「前の先生も、その前の先生も、これ以上教えられないと言っていました。だから、せっかく来てもらったのですが……」
「あー、でも俺が教えるのは流石に前までの先生はやってねえことじゃねえかな」
「……そうなんですか?」
やや期待するような目を向けるライアス。
過去の事件により閉じこもっているようだが、それでも魔法が好きなのは変わらないのだろう。
だから今からの提案は彼女の興味を引き出せると確信し、得意げに俺は答える。
「俺が教えるのは、魔法式の最適化だからな」
「さい……てきか?」
「まあ良く聞けよ。考えてみて欲しいんだがよ、レヴィさんとお前が氷魔法のアイスボールを打った場合、どうなる?」
「……それはお婆様のアイスボールの方が強くなるのでは」
「そうだよな? レヴィさんは魔法王だけあって魔法の腕もピカイチだ。魔力量だって多い。経験の差もある。これらで威力に差が出る」
「はぁ」
ここまでは一般的な話。だからここから、一歩踏み入れる。
「だったら、お前と同じくらいの実力の奴……例えばそこらへんの適当な生徒としよう。それなら同じか?」
「ほとんど同じ……ですよね?」
「確かにそうかもな。でもおかしいと思わないか? その生徒とお前は絶対に違うだろ?
魔力量だって厳密には違う筈だし、向き不向きだって細かく違う筈だ」
懐から紙を出して、魔法式をさらさらと書き込む。
どこにでも書いてあるアイスボールの魔法式。
それを机において、ライアスに差し出した。
「違う人間が、同じ魔法式を使って、同じような魔法を発動する。おかしな話じゃねえか? 統一感がねえよなぁ。全部が同じは無理だ。だから本来なら、違う人間が、違う魔法式を使って、違う魔法を発動するべきだ」
「……なる……ほど」
「そこで登場するのが魔法式の最適化だ。魔法式に、誰が使うのか、どこで使うのかの情報を入れる。そうすることで、そいつに合った魔法が出来上がる」
これまで何度もしてきた魔法式最適化の説明も慣れたものだ。
今までの先生が教えていないことを伝えることで、ライアスの目の色も少し変わりつつある。
「面白い考えです。それを覚えれば、もっと魔法を使いこなせる……と」
「現に俺の教室ではそれを教えているからな。効果は証明されてる。これなら、まだ学ぶこともあるだろ?」
「……そう……ですね」
掴みは上々。ライアスはレヴィさんの孫娘だけあって魔法に興味がある。
そこに魔法式の改良という餌を垂らすことで、食いついた。
(とはいえ、あくまでも掴みだけだ。これで何とかなるわけでもねえ。授業をしつつ、根本の問題をなんとかしねえとな)
ライアスの引きこもりと、原因である心の傷。それを何とかしない限りは先へ進めない。
もちろん理想的なゴールはライアスが外に出て魔法を使うことだろう。
けれどそのための壁はあまりにも厚く、高い。
彼女の引きこもり問題に触れるのもそれなりに信頼関係が必要だし、そのためには時間も必要だ。
慎重に物事を運ぶ必要がある。
「……少しずつ、ゆっくりだな」
小声でそう呟いて、俺はライアスへの授業へと戻った。




