土曜日の夜 4
爽は、視線を成哉に向けつつ、遠い目をしていた。
恭平は、この感じをよく知っている。
この時の爽は、この現実の世界をみていない。
焦点が、現実とはあっていない。
どこか違うところを見ている。
その、爽だけが見えているものについて、爽は、説明をはじめた。
「被害者とあなたは、友人関係です。すごく明るく暖かい場所で…。オーストラリア? 彼と出会ったのは、オーストラリアだと思います。」
「オーストラリア?」
恭平が思わず口をはさむ。
「お前、連絡つかないうちに、オーストラリアまで行ってたのか?」
恭平の質問に、成哉は答えることができない。
記憶がないからだ。
けれども、すごく明るく暖かい場所にいたイメージは何となく共感できるものがあった。
「あなたが、被害者宅に持って行ったアボリジニの大きな面の一つは、その被害者に渡すものだったようです。」
「面?」
「被害者の男性は、女性連れの旅行でしたが、あなたが、困っている彼等に通訳してあげたことが縁で、仲良くなったようです。もともと、あなたは、妙な人に好かれる性格ですね。」
「妙な人?」
成哉が眉を寄せる。
「いじめっ子やいじめられっ子、人から毛虫のように恐れられたり、嫌われたりするようなはみだし者にも、好かれたでしょう?」
「さあ…。」
その点は、成哉自身にはわからない。
「その通りだ。」
同調したのは、恭平の方だった。
「別に、友達がそいつらだけってわけじゃないけど、友達なんかいそうにないなという奴を友達だと言って紹介してくれたことが何度かある。」
ぐっと言葉につまる成哉。
答えることが出来ない成哉に爽は言葉を続けた。
「あなたは、人に対して、こうあるべきだという基準を持っていません。つまり、人の個性をそのまま受け止める度量の広さを持っています。」
「?」
「嫌われっ子は、表面では認めていなくても、内心、自分が嫌われていることは気づいています。だから、周囲にアンテナを張り巡らし、心の底の敏感で傷つきやすい部分を守るために、いろんなことで武装しています。けれども、あなたは、好き嫌いに条件はつけず、レッテルも貼りません。相手の個性をそのまま受け止め、否定もしません。武装する必要のない相手だと認識されると、それが、好意につながった。被害者もそんなタイプの一人です。」
「…。」
「彼は、あまり、人に自慢して紹介できるような品行方正な男ではありませんでした。けれども、そんな彼とも、あなたはうまく友人関係を築くことができていました。二人はいい関係だったと思います。だから、彼が、滞在中に、手に入れることができなかったアボリジニの面を、手にすることのできたあなたが、帰国した直後に届けてあげたのでしょう。」
「帰国した直後?」
「着替えとパスポートの入ったリュックを背負い、約束していた面を届けに、帰国した夜、被害者の家に行ったのだと思います。遅い時間だったから、連絡した時に、泊まれとでも言われていたのかもしれません。」
「…。」
「あなたは、彼に歓迎され、そのまま酒宴になりました。彼も泊めるつもりだし、あなたも、遠慮するタイプではないので、そのままつぶれてもいいと思い、酒をしこたま飲んでいたところに、深夜の訪問者が現れました。」
「訪問者?」
「彼は、相当酔っぱらっていて、若干、しっかりしていたあなたが、玄関に出ました。」
「俺?」
「そして、ドアを開けた瞬間に、ハンマーのようなもので、いきなり殴られました。」
「?!」
「あなたは、その場に倒れたのですが、その訪問者は、相手が、違うことを、殴ったあとに気が付きました。数分、気絶していたのが幸いでした。物音に、驚いて現れた被害者を見て、訪問者は、あなたをほおりっぱなしにして、その被害者を殴りつけました。そして、明確な殺意を持って、その被害者を殺しました。酔っていた為に、判断が遅れ、そのため抵抗らしい抵抗も出来ずに、被害者は殺されてしまいました。」
「…。」
「あなたは、すぐに目覚め、おそらく、助けを呼ぼうと外に出たのですが、その時、既に、記憶障害がおこっていました。あなたは、隣の住人や警察に助けを呼ぶこともなく、頭から血を流したまま、ふらふらと彷徨ってしまったのです。」
「…。」
「被害者を殺した犯人は、あなたが逃げたことに気づくと、被害者にとどめをさして、あなたを追いかけました。一瞬でも目が合ったあなたを、そのままにしてはおけなかったからです。」
「…。」
「犯人は、あなたを楽に追いかけることができました。あなたは、頭から出血し、そのあとが、点々と道路におちていたからです。そして、犯人は、あなたを見つけることができたんです。」
「それは…。」
成哉は、爽を睨んだ。
「犯人は、あなたに、声をかけました。けれども、その時、あなたは、記憶を失っていました。」
「そこは、人通りもなく、弱っていたあなたを殺すことは、簡単だと思われました。けれども、そこに、赤ちょうちんから出たばかりの酔っ払いが通りかかりました。いつ、店から人が出てくるかわからない。犯行を目撃される恐れを感じて、犯人は、そこであなたを殺すことを断念しました。」
「まさか…。」
「更に、犯人は、あなたを殺すために、殺す場所を探して歩き回りましたが、なかなかチャンスは訪れず、ついに外で殺すのをあきらめ、あなたを家に連れ帰りました。」
「何だって?」
「けれども、あんな夜遅くだというのに、そのマンションの住人に、成哉さんと一緒の所を見られてしまいました。だから、その日、家で殺すこともあきらめました。」
「あんた、自分が、何言っているのか、わかってるのか?」
さすがに、成哉の顔色が、変わっている。
「わかっています。犯人は、乙羽さんです。」
「見てきたように話しているが、見ていたわけじゃないだろ?」
「勿論、直接、見たわけじゃありません。けれども、僕には、その光景が、今、見えていました。」
「それを、聞いても、俺が、ああ、そうだったとは言えないんだぞ。」
「どう思われてもしょうがありません。けれども、恭平さんの友達であるあなたを救うためには、どうしても、これを話さなければならないと思いました。」
成哉は、途方にくれたようだった。
幽霊などに、縁のあるタイプとは思えなかったが、爽が言ったように、あからさまに、話にならないと、レッテルを貼るような男じゃないようだ。
記憶をなくしても、それは、変わりはなかった。
言葉で胡散臭いとは言っても、それを嘘くさいと、頭から拒絶するタイプではない。
拒絶はしないが…。
「事件の前の記憶がない以上、僕が言ったことを裏付けるものは、今は、何もありません。僕の言葉を証明する術はありません。頼みの綱は、成哉さんの感性だけです。たった一週間の記憶だけど、よく思い出してください。僕の言うことに、何か符号することはありませんか?」
爽が問いかけた。




