土曜日の夜 2
喫茶店は、マンションの裏手にあった。
茶色を基調とした、こじんまりした店だ。
他に喫茶店などないから、あとから来る美織が、迷うことはないだろう。
中は、オーナーとおぼしきママが一人。
恭平ともう一人の男は、ママと顔馴染みのようだった。
カウンターと扉を挟んで、右と左に4人掛けのテーブルが二つずつあった。
3人は、右の奥に進み、テーブルに腰掛けた。
恭平と、見知らぬ男が隣に座り、恭平の正面に、成哉が座った。
成哉は、昼間会った時とは違う空気の重さに気が付いていた。
「説明してくれるんだろう?」
成哉が恭平に説明を求める。
「どうして、俺がいる場所が分かったの?」
恭平は、隣に座る男をチラリと見て、ようやく重そうな口を開いた。
「偶然なんだが、さっき乗っていた車に、彼も一緒に乗っていたんだ。」
「彼?」
成哉は、その男を見るが、当然といっていいのか、見覚えはない。
「彼は、志筑爽くん。今、お前がいるマンションの住人なんだ。一緒にいた乙羽美織さんを知っている。」
「ああ、それで。」
納得はしたけど、それは、この重い空気の理由にはならない。
「せっかく、呼び出されたんだから、話を聞くよ。言いにくいことらしいけど、さっさと話してくれないかな。」
成哉が促すと、恭平は、観念したように、重い口を開いた。
「お前に会って、仕事を終えたあと、実は、警察の訪問をうけた。」
「警察?」
「お前と、同居していたマンションの住所を、お前の実家から聞いて、尋ねてきたらしい。」
成哉は、顔を引き締めた。
警察が、自分を探していることに気が付いたからだ。
「警察が、俺を探す理由は?」
「殺人事件の現場に、お前の荷物があったからだ。」
恭平は、それを告げたあと、成哉の目をまっすぐに見据える。
成哉の心臓が、慌ただしく鳴り始めた。
「お前の何日か分の着替えと、パスポートが入ったリュック、そして、何故か、オーストラリアの先住民のつくった土産らしいアボリジニの面が二つ、現場に転がっていたと聞いた。更に言うと、お前のではないかと思われる血痕もだ。」
「?」
「お前は、ここで、頭に怪我をし、おそらく、そのショックで、記憶を失ったんだろう。」
成哉は、苦笑した。
「軽く言うもんだな。殺人現場で、記憶を失ったってか?」
「事実だから、しょうがない。」
恭平は、言いにくそうに答えた。
「それで?」
一瞬で、成哉は、覚悟を決めた。
「俺は、どうなるわけ?」
「どうなるって?」
「殺人現場に、俺の痕跡。どういう状況かは、さっぱりわからないけど、重要参考人って奴でしょ、俺。逮捕されるの?」
「そのことなんだが…。」
恭平は、言いにくそうに、口ごもって、ネクタイを少し緩めた。
「お前とは、大学2年から3年間、一緒のマンションで暮らしたんだ。そんなに、突っ込んだ話をしたわけでもなかったが、俺は、お前と知り合えて良かったと、今でも思っている。」
「だから?」
恭平が、何を言いたいのか、成哉にはわからない。
「お前は変わった奴だが、3年間、同居して、俺は、お前のことをよく知ってると思っている。」
「それは?」
どういう意味?と、成哉の目が訴えている。
恭平は、さらに言いにくそうに顔を歪めた。
「けれども、記憶を失っている今、一週間のお前の記憶の中では、俺は、わずか20分程度の接触しかない人間だ。その俺を、信頼してもらわなければならない。」
「は?」
成哉は、恭平の言いたいことをはかりかねる。
「俺が、あんたを信頼しないといけないわけ?」
「そうだ。俺を信じてくれ。」
成哉は、笑った。
「話が全然わからない。」
「そうだろな。」
恭平は、顔をしかめた。
「とりあえず、これから話すことを、黙って聞いてくれないか?」
「?」
「そのあと、問題を、一緒に解決しよう。」
「言っていることの意味がわからないが…。」
「とりあえず、聞いてくれ。頼む。」
恭平の態度は、おかしかったが、それでも真剣さは伝わった。
「わかった。」
どうやら、御堂成哉という男の肝は据わっているらしい。
成哉は、おそらく重要な話、そして、それは、自分にとって、あまり喜ばしくない話を聞く覚悟を決めた。




