恭平の土曜日
その日は、事情があって、一緒に暮らすことになった教え子が、合格した大学に旅立つ日だった。
クラスメイトとの簡単なお別れ会のあと、高校教師の榊恭平は、その教え子と縁のあった大学生、志筑爽と一緒に新幹線のプラットホームまで見送りに行った。
その帰り、その大学生、爽を家に送る途中のことだった。
爽を送った後は、学校での大事な会議がある。
元3年6組の副担任としては外せない、来年度のクラス編成をどうするかということについての会議だった。
急いで爽をマンションまで送る途中で、意外な人物を目撃してしまったのだ。
「爽君、悪い。」
爽に、断って、すぐさま車を路肩につけ、車から飛び降りた恭平は
「成哉!!」
と、叫んだ。
そこにいたのは、大学時代の元ルームメイト、外国に語学留学したまま、音信不通になっていた御堂成哉だった。
何故、連絡しなかったと怒る恭平に、成哉の反応は、薄いどころか
「あんたは?」
と聞き返してくる。
思わず、双子の兄弟でもいたのかと勘ぐったが、そうではなかった。
成哉は、記憶喪失になっていたのだ。
しかも
「あんたは、俺の何?」
と、呑気な口調で聞いてきた。
恭平は、言葉を失うが、すぐに時間のないことを思い出した。
大学時代のルームメイトで、マンションをシェアしていたこと。
同じ年で、去年、大学を卒業したあと、一緒に就職を決めたが、成哉の場合、その企業が倒産し、改めて就職活動をする前に、外国に行ってみたいと、単身、軽装で、旅立ってしまったこと。
行先は、カンボジアとマレーシアだと聞いていた。
そのあとは、金の工面がつけば、オーストラリアにも行きたいと言っていたが、マレーシアで、厨房のバイトをしながら、生活しているというメールを最後に、半年以上、成哉からは連絡が途絶えてしまっていたことを、急ぎ、簡単に説明する。
元々、無精な性格だったので、どこかで生きているだろうとは思っていたが…といいかけて、恭平は、もう一度、時計を見た。
時間がない。
成哉が携帯を持っていないことを聞くと、恭平は、車の中からメモをとりだして、成哉に押し付けた。
「絶対に電話しろ。」
色々、聞きたいことはあった。
いつ、海外から戻ってきたのか?
今、どこにいるのか?
何をしているのか?
山ほどの疑問を、時間のない今、全て、聞きだすことは不可能だった。
舌打しながら、車に乗り込んだ恭平は、急いで、爽のマンションに向かった。
しかし、助手席で待っていた爽は、恭平に驚く情報を伝えてくれたのだ。
「彼の隣にいた女性は、僕のマンションの住人ですよ。」
「え?」
「そう言えば、兄貴が、3階の女性が、怪我をした男を連れ込んでいたって言ってました。」
「いつ?」
「兄貴の夜勤の次の日に聞いたから、月曜の夜かな?」
「記憶が一週間しかないって言ってたから、そういうことか。昔っから、妙なのに好かれる奴だったけど、そういうのが、幸いしたかな?」
「それと、恭平さん…。」
居場所がわかってホッとした様子の恭平に、爽は、言いにくそうに言葉を続けた。
「こんなことは、普通は言わないんだけど、恭平さんの知り合いなら…。」
「何?」
爽が言いにくそうに言う内容は、想像がつく。
「何か、見えた?」
爽は、霊媒体質なのだ。
「男の人が、成哉さんに向かって、叫んでました。」




